第3話 大法
僕たちは、社殿の裏側に回ろうと、社殿脇を抜け始めた。
立ち並ぶ木々から、パラリと木の葉が落ちてくる。
僕は、何故か気になって木を見上げた。
「あ……」
思わず漏れた僕の声に、蓮と羽矢さんの目線も同じに上へと向いた。
「回向……お前……何処に登ってんだよ……」
蓮は、呆気にとられながら、木の枝に座る回向を見つめた。
羽矢さんも呆れた様子で回向に言う。
「何やってんだよ、回向。お前、験者の次は、忍者にでもなったのか」
羽矢さんに続いて蓮が言う。
「半俗庭師だろ。それならそこにいても納得してやる」
蓮と羽矢さんの言葉に回向は、苦笑を漏らすと口を開いた。
「お前ら馬鹿な事を言っているんじゃねえ。仕方ねえだろ、悟られずに見通しが効く場所、他にあるのか? お前ら以外にここを通るとすれば、後は総代だけだろ。総代なら察してくれるだろ」
「だからってお前ね……」
蓮は、困ったように長い溜息をついた。
「紫条。起きてからじゃ遅いんだよ。分かっているだろうが」
「それは……起きると想定しての事か? 違うだろ。確実に起きると知って、だな?」
そう答えた蓮の目が鋭くなる。
「ああ。勿論だ、紫条」
回向の真剣な目に、蓮は頷きを見せた。
「……分かった」
蓮は、歩を進めながら、回向に言葉を置いていく。
「見なかった事にしておく」
「そうしてくれると、俺の罪悪感が緩和される」
「持ってねえだろ、そんなもの」
「ない訳ないだろっ」
蓮は、足を止めると、肩越しに回向を振り向く。
「お前……それで失敗したら……分かってるな? 覚悟しとけよ」
蓮の口元がニヤリと笑みを見せる。
回向は、鼻で笑って蓮に答える。
「失敗などするかよ」
蓮は、止めた足を踏み出すと、背を向けたまま回向に手を振る。
「じゃあな、半俗庭師。しっかりやれよ」
「黙れ、紫条」
「はは。言ってるだろ。俺を黙らせたいなら、全力出せってな?」
「勿論だ」
回向を残して、僕たちは先を行く。
歩きながら蓮は、小さく呟いた。
「いずれ国をも……か」
蓮は、そう呟くと羽矢さんを振り向いた。
「お前の言っていた通りだな、羽矢」
「……まあな。お前だって気づいていた事だろ、蓮」
「その時が来たという訳だ」
「ああ。闇を闇だと呼ぶその理由が、目に見えて分かる時がな」
「……そうだな」
蓮は、ふうっと長く息をつくと、言葉を続ける。
「ふん……陽が昇った、こんな光が差す処で闇があるとはね……回向の素直じゃないところは、神祇伯譲りだな。怨念を叶える呪いの神社……だが、神祇伯が密かにも行っていた事は、調伏だ。人形に火を点けたのは勿論の事だが、住職が見抜いた調伏法、摧魔……それが証明だろ」
「ああ。摧魔にしたって、相当強力な調伏法だからな。普通じゃ使わねえよ」
「住職は、全て分かっているんだろ?」
「摧魔と気づいたのも、そういう事だ。蓮……お前だって、人形に火を点けさせたのは、分かっていたからだろ?」
「……まあな。だが正直、住職が見抜いた事で、確信出来たってところだよ」
蓮と羽矢さんの会話を、僕はその時の事を思い返しながら聞いていた。
「羽矢……」
「ああ、分かっている」
真っ直ぐに前を向き、歩を進めながら、羽矢さんは静かな口調で蓮に答えた。
それは、蓮があの時から考えていた事だっただろう。
「摧魔なら……火を点ける時は、結願のはずだからな……」