第2話 践祚
臨時祭。その名の通り、恒例祭祀以外で臨時に行われる祭祀だ。
臨時で行われるだけあって、この祭祀の重要性は高い。そしてそれは、行わなければならない状況になったという事だ。
社殿へと向かう中、羽矢さんが蓮に訊ねる。
「それにしても……臨時とは言え、随分と急だな?」
「本当にそう思って言っているか? 羽矢」
蓮の目線が、意味を含めて羽矢さんを見た。
「ふ……成程。臨時とは言葉の上だけって事か」
「とはいえ、臨時は臨時だ」
「ふん……それをここで行う訳なんだから、総代にとっては複雑なんじゃないのか」
「行えと言われれば、やるしかねえだろ」
「立場上って事か……」
「まあな。だが……」
蓮は、ふっと息をつくと、空を仰いだ。
羽矢さんは、蓮へと目線を向けながら、言葉を待つ。
「『聖王』の身体的状況……お前も気づいていた通り、亡くなっていたなら勿論の事だが、死期が近いとしても同じ事だ」
「行われるべくして行われるって訳ね……ただ単に、日取りを合わせていたって事か」
「……そうとも言えるな」
「なんだ? その表情では、全てに納得していない様子だな? まさか、総代に不満を持ってるとか言うなよ? お前が総代をジジイとか言うの、想像も出来ねえし、聞きたくねえからな?」
「お前と一緒にするな。そんな訳ねえだろ」
「じゃあ、なんだよ?」
「神祇伯が言っていただろ。次は陰陽師の排除だと。それなのに国の祭祀をここで行うなど……」
「それは俺も思っていた事だ。だから来たんだけどね」
「幣帛を執るのは誰だと思う?」
「その言い方では、総代ではないって事か」
「ああ。父上じゃない」
「じゃあ……それって……」
そんな会話をしている内に社殿へと辿り着いた。
祭祀の準備が整えられている社殿。そこに現した姿を見ながら、僕たちは足を止めた。
「神祇伯……だよな」
「神祇伯って言うんだから、当然と言えば当然だろうがな」
蓮と羽矢さんの目線が一点で止まる。
神祇伯……それは回向の父親、水景 瑜伽だ。
「なんにせよ、陰陽師である総代が今日と決めたなら、それは間違えようのない日取りって事だ」
「ああ」
「だったら、ここで行うのも間違えようのない処って訳だろ」
「ああ……そうだな」
蓮は、神祇伯へと向かって、止めた歩を踏み出した。並んで僕たちも歩を進める。
僕たちに気づいた神祇伯が、迎えるように正面を向いた。
声が届く距離まで近づくと、僕たちは頭を下げる。
そして、頭を上げると、神祇伯は蓮に視線を向けていた。
「子息……」
ゆっくりと口を開く神祇伯は、蓮に問う。
「ここに揃う者たちの境界……それを見抜けるか?」
神祇伯のその言葉に、蓮の表情が真顔に変わる。
「あんたは既に見抜いているんだろ」
「勿論だ」
「だったら……」
「出来るか出来ないかを訊いている。時がない。返答次第では配置を変える他ないからな」
「配置……?」
訝しがる蓮の目線が社殿の中へと向いた。
少しの間、蓮は中をじっと見つめていたが、納得したように静かに頷くと、神祇伯へと目線を戻した。
「問題ない。その為に……」
蓮の目線が羽矢さんに向く。
「『死神』と一緒なんでね」
蓮の言葉に羽矢さんはニヤリと笑う。
神祇伯の目線が羽矢さんに移ると、神祇伯はふっと笑みを見せる。
「回向から聞いている。『死神』の目は確かだと」
「それは光栄な事で」
神祇伯は、祭壇の方へと目線を変えると、意を決したようにはっきりとした口調で言った。
「今日の臨時祭。先ずは『践祚』……滞りなく行う。頼んだぞ」
践祚……国主の位を受け継ぐ為の儀式の事だ。
その言葉に蓮と羽矢さんは、声を揃えて答えた。
「「無論」」