第1話 臨時
「蓮っ……!」
翌々日。声と共に羽矢さんが部屋に飛び込んで来た。
僕の部屋で今日の予定を話していた僕と蓮は、穏やかならない羽矢さんを振り向く。
蓮は、顔を顰めながら羽矢さんに言う。
「まったく……朝から騒々しいんだよ、お前は毎回毎回……」
「そんな悠長な事、言っている場合じゃねえ」
蓮の言葉を遮って、強張った表情を見せながら、羽矢さんは答えた。
「おい……なんだよ……羽矢。あ……? なんでお前、黒衣……」
あまりに険しくも真剣な表情の羽矢さんに、蓮の表情も変わる。
「……蓮……」
羽矢さんは、僕たちの方へと歩を進めたが、数歩進んだところでバタッと倒れた。
「おい……! 羽矢っ!」
「羽矢さん……!」
僕たちは、羽矢さんに駆け寄った。
床に倒れた羽矢さんの呼吸が荒い。
「どうした? 何があった? おい、羽矢……! しっかりしろ!」
「……が……」
なんとか呼吸を整えようとしながら、羽矢さんは口を開く。
「……ジジイが……」
「住職……? 住職がどうかしたのか?」
「ジ……ジイが……」
途切れ途切れに伝えられる言葉に、大きな不安が襲い掛かり、先の言葉を急がせる。
「住職がどうした? おいっ ……! 羽矢!」
「……容赦ない……」
羽矢さんは、そう言うと寝息を立て始めた。
「……おい……羽矢……」
蓮が苛立ちを見せる。
呼んでも起きない羽矢さんに、蓮の苛立ちが増す。
羽矢さんの襟首を掴むと、強引に顔を上げさせた。
「蓮……少しでいいから寝かせてくれ……」
「まったく……住職の説法に耐え切れず、逃げ出して来たのか」
「逃げ出してねえっ!」
蓮の言葉に反論する羽矢さんは、苛立った顔を見せて起き上がる。
「元気じゃねえか」
「ちゃんと最後まで聞いてきたところだ」
「だったら俺のところに来る事ねえだろ」
「お前……今、朝なんだよ」
「だからなんだよ? その言葉、俺がお前に言いたいが、な?」
「朝ってさ……読誦から始まるんだよ」
「それがなんだ? お前にとってはそれが普通だろ」
「ジジイの説法の後に、自分でまた法を説くんだぞ。終わりがねえだろっ」
「知らねえよ」
蓮は、呆れた溜息をつく。
「あのクソジジイ……」
「あ。言ったな」
「だってそうだろっ」
「だが住職は、それを平然とこなしているんだろ?」
「あ?」
「夜通しお前に説法した後で、それもやってるって事だろ。状況はお前と同じじゃねえか。それとも住職、寝ていたのか?」
「……いや」
「お前だけに苦行を課している訳じゃねえ。お前と共に行っている事だ」
蓮は、笑みを羽矢さんに向ける。
羽矢さんは、少し決まり悪そうな顔を見せてはいたが、羽矢さんの事だ、それは初めから分かっている。
蓮は、ゆっくりと立ち上がると羽矢さんに言った。
「今日は、俺に付き合え、羽矢」
蓮のその言葉に、羽矢さんが笑みを見せる。
「なんだかんだ理由つけて、ここに来た目的はそれだろ? 羽矢」
「バレていたか」
「当然だ。読誦から始まる朝に、法衣ではなく、黒衣を着ているんだ。直ぐに分かる」
「流石だね、蓮」
羽矢さんは、ニヤリと笑みを見せる。
「ふん……何年、行動を共にしていると思っているんだ。さっさと立て」
「はいはい」
「依、行こう」
「はい」
蓮が先に歩を進め出す。
「今日の予定の始まり……」
部屋の扉を開けながら、蓮は言った。
「『臨時祭』だ」