第35話 呪縛
「あるべきものをあるべき処に……ですか。父上」
蓮の言葉に当主様は、クスリと笑みを漏らした。
意味を含めたその笑みは、蓮が漏らす笑みとそっくりだ。
「繋がるべくして繋がる……どのような手を尽くしても、離す事など出来はしない……」
「父上……?」
当主様は、蓮に目線を向けて笑みを見せると、深呼吸をするように大きく息をつき、また空を仰いだ。
「……絆……とでも言うのかな……?」
ポツリと呟いた当主様に、蓮は当主様をじっと見つめた。
「……父上」
当主様は、蓮へと目線を戻すと、クスリと小さく笑う。そして、ゆっくりと口を開いた。
「強く深い結び付きだと……互いに互いを繋ぐもの。その本来の意味は、縛り付け、自由を奪う束縛……言わば『呪縛』だ」
そう答えると当主様は、蓮と僕を交互に見た。
当主様を見つめる僕たちに、当主様は穏やかに微笑み、僕たちに問うように言った。
「その呪縛から……逃れる術は、あるのかな……?」
当主様のその言葉に、僕と蓮は顔を見合わせた。
蓮は、そっと目を伏せ、口を開く。
「父上、それは……」
蓮は、顔を上げると、笑みを見せながら当主様に答えた。
「その術を、父上があると言うのならば」
蓮が答えた言葉に当主様は、ふふっと笑った。
「柊」
当主様の呼び声に、柊が姿を現す。
「はい。流様。わたくしはここにおります。いつでも貴方様のお側に」
「お前はどうかな? 柊」
「わたくしは……」
柊の表情に、うっすらと笑みが浮かぶ。
サアッと緩やかな風が流れ、柊の長い髪がふわりと揺れる。
木々の葉がカサカサと小さく音を立てて、パラリと落ちゆく葉。柊は、その葉をそっと手に乗せた。
「願いというものそれ自体が、全てにおいての呪縛……この手に掴み、離れる事なく、繋がっていて欲しいと焦がれる事に、失う術はないと、わたくしはお答え致しましょう」
柊の言葉を聞くと当主様は、穏やかに微笑んだ。
「ふふ……柊。お前がないと言うのならば、ないのだろうな」
「ただそれでも……」
柊は、言いながらゆっくりと瞬きをすると、再び開けた目に当主様を映す。
「それでも……?」
当主様は、柊の言葉の先を促す。だが、当主様は、その言葉の先を知っていると僕は気づいていた。
にっこりと笑みを見せるその表情が、言葉を隠している。
柊は、言葉を止めたまま、ゆっくりと瞬きをすると、先へ、先に先にとまだ続いている社や堂へと目線を向けた。
鳥居から楼門を抜けてくる風が、柊の長い髪を揺らし、木の葉を纏って舞うように流れていく。
柊の目は、風に流れていく木の葉を追っている。僕たちもその様を目で追った。
その様はまるで……。
続けられた柊の言葉に、僕たちは柊へと目線を変えた。
「願いの善悪は、この界に於いての善悪……」
更に続いた柊の言葉を聞く当主様は、ふっと笑みを漏らす。
僕たちの目線は、再度、風に乗り、流れゆく木の葉へと向いた。
……その様はまるで。
願いを乞う者たちの思いを運んでいるように思えた。
柊の言葉は、高宮が口にしていた言葉と同様のものだった。
分かっていたはずなのに、分かったと気づいた事で、その奥底にあるものが見えなくなってしまっていた。
光が差せば闇は消える。ないものをあるとは言えない。闇には実体はない……ただそこに光がないだけ……。
『己が募らせた思いを叶える術を持っているのなら、己がその術を使う事は公平であると言えますか? そして、その術がどのように作用しようとも、力ある者がその力を封じる事は公平でしょうか』
……高宮 右京……あなたは……。
光と闇……それは答えへと道を繋ぐもの……それを突きつけられたようだった。
『私をそうさせたのは……誰ですか?』