第34話 共同
「つまりはそれが祖神だ」
回向は、空を仰いだまま、蓮に言う。
「紫条……家柄を重視されているお前だって同じようなもんだろ。氏族には元より祭祀を司るもの、葬送を司るもの、そういったものがそれぞれのその位置を決めているだろう」
「……回向……」
蓮の声が少し低くなった。
その声色に、回向の目線が蓮へと向く。
互いの目線が重なり、その状態が少しの間、無言をもって続いた。
蓮が先に目線を外し、顔を軽く伏せた。
蓮は、ふっと笑みを漏らすと、直ぐに顔を上げる。
「水景 回向」
その呼び声に、回向の目がピクリと動いた。
「水景」
蓮は、意味を深めるようにも、再度、回向を呼んだ。
また少しの間、互いの目線が重なっていた。
あまりにも真剣な蓮の目線に、回向は困ったようにもふっと笑みを漏らした。
「相即だと……言いたいんだろ、紫条。例え関わりを断とうとも、過去を辿れば結び付く事も容易な話だからな」
……相即……あ……そうか……だからあの時、羽矢さんは……。
『生死即涅槃は空を説く。生死は迷いを指し、涅槃は生死を繰り返す輪廻からの解放だが、生死がなければ涅槃はない。涅槃がなければ生死もないという事だ』
『私には……無縁の話ですね』
『……どうかな。相即だと言ったら、理解出来るか?』
『相即……ですか。関わり合い、対とする……と?』
「お前だって……同じだろ。水景 回向」
「……」
「だから『回向』なんじゃないのか」
「……」
「だから『回向』なんだろ」
言葉を返さない回向に、蓮は名を重ねていく。
「回向……!」
声を張った蓮に、回向の表情が変わる。きっと答えは決まっている事だろう、だがそれを素直に吐き出せない。その苦しさが表情に表れていた。
「紫条……俺は」
「だから行けよ」
「紫条……」
「俺に伝える言葉など、時を無駄にするだけだ。羽矢がここにいたなら、同じに言うぞ」
「は……そうだな」
蓮は、回向の背中を押した。
回向の足が、一歩を踏み締める。
そして、二歩、三歩と、回向は歩を進めながら、蓮に答えた。
「事は簡潔に……だろ」
蓮は、回向の背中を見送りながら、クスリと笑って呟く。
「本当に……素直じゃねえな」
『本当に素直じゃねえな』
『そんなに簡単な事じゃない。そんな簡単に感情が割り切れるなら、ただ一つの答えだけが動く事なく決まっているなら、そこに絡む苦悩など気にする事もなく……それだけでいいはずだろう?』
柔らかな日差しの中で、柔らかな風がそっと流れていく。
「お前は託されているんだよ……回向」
風が蓮の声を乗せて、回向へと運んでいくようだった。
回向の足取りが速くなり、その姿が目に捉えられなくなるまで、僕たちは見送っていた。
「……向かったか」
背後から聞こえる声に振り向く。
「父上」
「……当主様」
当主様は、回向が去った門の方を、穏やかな表情で見つめていた。
「父上……それは……こうなる事を望んでいたからですよね」
「蓮」
「はい」
当主様は、空を見上げると、言葉を続けた。
その言葉を聞く僕は、閻王の言葉を重ね合わせていた。
『お前が話す事が反目となるに至るなら、それぞれの身の置き場所を見直すといい』
それは蓮も同じだっただろう。
にっこりと笑みを見せて言った当主様の言葉は、全ての事象に対しての答えに繋がるものでもあった。
「そこにあるべきものがない事に、あるべきものを置く事は、いくら私でも手を出してはならないだろう?」
「……そうですね。それは……」
意味ありげに言った当主様の言葉に、蓮は困ったようにもクスリと笑って答えた。
「父上には容易な事でしょうから」
蓮の言葉に笑みを返す当主様。その二人の姿には、互いの信頼の大きさが表れていた。