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処の境界  作者: 成橋 阿樹
第四章 法と呪
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第34話 共同

「つまりはそれが祖神(おやがみ)だ」


 回向は、空を仰いだまま、蓮に言う。

「紫条……家柄を重視されているお前だって同じようなもんだろ。氏族には元より祭祀を司るもの、葬送を司るもの、そういったものがそれぞれのその位置を決めているだろう」


「……回向……」

 蓮の声が少し低くなった。

 その声色に、回向の目線が蓮へと向く。

 互いの目線が重なり、その状態が少しの間、無言をもって続いた。

 蓮が先に目線を外し、顔を軽く伏せた。

 蓮は、ふっと笑みを漏らすと、直ぐに顔を上げる。


「水景 回向」


 その呼び声に、回向の目がピクリと動いた。

「水景」

 蓮は、意味を深めるようにも、再度、回向を呼んだ。


 また少しの間、互いの目線が重なっていた。

 あまりにも真剣な蓮の目線に、回向は困ったようにもふっと笑みを漏らした。

「相即だと……言いたいんだろ、紫条。例え関わりを断とうとも、過去を辿れば結び付く事も容易な話だからな」

 ……相即……あ……そうか……だからあの時、羽矢さんは……。


生死即涅槃(しょうじそくねはん)(くう)を説く。生死は迷いを指し、涅槃は生死を繰り返す輪廻からの解放だが、生死がなければ涅槃はない。涅槃がなければ生死もないという事だ』

『私には……無縁の話ですね』

『……どうかな。相即だと言ったら、理解出来るか?』

『相即……ですか。関わり合い、対とする……と?』



「お前だって……同じだろ。水景 回向」

「……」

「だから『回向』なんじゃないのか」

「……」

「だから『回向』なんだろ」

 言葉を返さない回向に、蓮は名を重ねていく。

「回向……!」

 声を張った蓮に、回向の表情が変わる。きっと答えは決まっている事だろう、だがそれを素直に吐き出せない。その苦しさが表情に表れていた。

「紫条……俺は」

「だから行けよ」

「紫条……」

「俺に伝える言葉など、時を無駄にするだけだ。羽矢がここにいたなら、同じに言うぞ」

「は……そうだな」

 蓮は、回向の背中を押した。

 回向の足が、一歩を踏み締める。

 そして、二歩、三歩と、回向は歩を進めながら、蓮に答えた。


「事は簡潔に……だろ」


 蓮は、回向の背中を見送りながら、クスリと笑って呟く。

「本当に……素直じゃねえな」



『本当に素直じゃねえな』

『そんなに簡単な事じゃない。そんな簡単に感情が割り切れるなら、ただ一つの答えだけが動く事なく決まっているなら、そこに絡む苦悩など気にする事もなく……それだけでいいはずだろう?』



 柔らかな日差しの中で、柔らかな風がそっと流れていく。

「お前は託されているんだよ……回向」

 風が蓮の声を乗せて、回向へと運んでいくようだった。

 回向の足取りが速くなり、その姿が目に捉えられなくなるまで、僕たちは見送っていた。



「……向かったか」

 背後から聞こえる声に振り向く。

「父上」

「……当主様」

 当主様は、回向が去った門の方を、穏やかな表情で見つめていた。

「父上……それは……こうなる事を望んでいたからですよね」

「蓮」

「はい」

 当主様は、空を見上げると、言葉を続けた。

 その言葉を聞く僕は、閻王の言葉を重ね合わせていた。


『お前が話す事が反目となるに至るなら、それぞれの身の置き場所を見直すといい』


 それは蓮も同じだっただろう。


 にっこりと笑みを見せて言った当主様の言葉は、全ての事象に対しての答えに繋がるものでもあった。


「そこにあるべきものがない事に、あるべきものを置く事は、いくら私でも手を出してはならないだろう?」

「……そうですね。それは……」

 意味ありげに言った当主様の言葉に、蓮は困ったようにもクスリと笑って答えた。


「父上には容易な事でしょうから」


 蓮の言葉に笑みを返す当主様。その二人の姿には、互いの信頼の大きさが表れていた。

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