第33話 祖神
回向の反応に蓮は、クスリと笑みを漏らすと、更に先へと向かった。
蓮は、三つ目の堂へと案内し、回向に言う。
「薬師如来だ」
「……そうか。成程」
「そして……この先には地蔵菩薩が置かれていた。まあ今は、羽矢の寺院に移してあるけどな……」
「……」
蓮のその言葉に、回向は無言になり、そっと目を伏せた。
「なあ……回向」
蓮の呼び声が、回向の顔を上げさせる。
「更にその先には不動明王が置かれている」
「紫条……ここには一体どれ程の……」
「どれ程と言われてもなあ……権現は神号な訳だから、特定の神の名とは言えないだろ。そもそもが仏教神号なんだから、本地垂迹で付会された神は」
「天津神や国津神……だから天神地祇を祭神とする……か」
蓮の言葉の先を遮って、そう回向は答えた。
「ああ。神は仏の化身……。権現は社殿であり、その社殿によって神の姿を現す事が出来るという訳だ」
「……分かっている」
「だろうな」
蓮は空を仰ぎ、回向はまた目を伏せる。
少しの間、沈黙が流れた。
「『神社の数を減らす神社整理が行われて、複数の祭神も一つに合祀……合祀された結果、廃された神は祟る……そうは言っても、その姿も現せるものもなく、宿る依代さえない』」
「……紫条……お前……」
回向は、少し驚いた顔を見せていた。そんな表情を見せる回向に、蓮はふっと笑みを漏らす。
「分かっていたのか、なんて言うなよな? 高宮がずっと言っていた事じゃねえか。そもそもがそういう事だろう、分からないはずがない。高宮もまた…… 一つの道に進んでいたというのも、それで納得が出来る。それが奴の宿命でもあり……覚悟でもあったんだろ」
「……ああ、まあ……な」
回向は、溜息混じりにそう答えた。
そして、一呼吸置くと、話を始める。
「廃仏毀釈に神社合祀。廃されたのは、仏だけではなく、神も同じだ。それは人神であっても同じ事……人神であるなら尚更なのかもな。呪いだ祟りだと、それを鎮める為に神と祀り上げ、調伏する為の神と結び付ける……祟りが治まれば、鎮護の神と崇められる存在となり、確固たる住処が作り上げられるだろうが、そもそもが調伏だ。祟りを起こせる程に強い怨念がそこにはあり、神力を重ねて怨念を鎮める……それが人神同士であっても……だ」
「ふん……最後に残った神が最強……ね」
そう小さく呟いた蓮をちらりと見て、笑みを見せる回向だったが、それは苦笑だった。
「全ての目的は高位に立つ事…… 一度手に入れたその地位には、後継を生み、背負う……『姓』だ」
「成程ね……氏族という訳か」
回向の話に、蓮は納得を示す。
「ああ。それは共通の祖先を持つというもの……その祖霊は勿論、神だ」
「お前が言っていたように『神の由来までもをはっきりとさせなければならなかった』……か」
「……ああ。明確か不明確かで分別がつくからな……」
「そうか……なあ、回向……ここで明確にしたいんだが」
「なんだ?」
「天津神、国津神の子孫を指す、『神別』は、その中でも『天孫』……それが高宮だろ」
「……ああ、その通りだよ。祖霊崇拝、氏神信仰……祖先を祀って神とする……」
回向の目線が空を仰ぐ。そして、呟くような静かな声でこう答えた。
「つまりはそれが……祖神だ」