第32話 巡拝
「御子息。後の事はお任せ致します」
「分かりました」
「じゃあ、蓮……後はよろしくな」
「ああ。羽矢、安心して禅に励んでくれ」
「はは。お前に言われるまでもない」
「それなら俺も安心してこの場を後に出来るよ、じゃあまたな、羽矢」
「ああ」
僕たちは本堂を後にした。
寺院を出ると、蓮は回向に言う。
「戻るんだろ? 神社に」
「まあ……な」
「なんだよ? 歯切れの悪い返事だな」
「そう……だな」
「待ってるだろ。行ってやれよ」
「……分かっている」
回向は、思い悩むものがまだ残っているようだった。
蓮の言葉に答えながらも、どうするかを考えているのが分かる。
その思いは、なんとなく気づいていた。住職も羽矢さんも、回向の事が気掛かりだったのだろう、だから蓮に託したんだ。
それは、蓮ならば……蓮だから出来る事だ。
「回向……お前、今更ながら道が違うとか言うなよな」
蓮のその言葉に、回向は苦笑した。図星だったのだろう。
「……分からないんだ」
苦笑を漏らした後、回向は俯き、そう小さく呟いた。
そして、顔を上げ、空を仰ぐと言葉を続けた。
「どう残したらいいのか……分からない」
「お前らしくないな。それは、はっきりしていた事じゃなかったのか」
「親父は……それでも神職者でいる事だろう。俺とは違う」
「それが?」
あっさりと答える蓮。
「……紫条……」
回向は、蓮を振り向く。
「それがなんだ?」
「なんだって……なんだよ……」
回向は戸惑っているようだった。そんな回向に蓮は、言葉を重ねる。
「お前が分離させてどうするんだよ?」
「……明らかな事だろ……そう道を選んだと言うなら……そうなるだろ……」
「明らか、ねえ……? じゃあ、着いて来いよ」
「おい……紫条」
蓮は、回向を追い越して先を行く。
「依、行こう」
「はい」
「待てよ…… 一体、何処に……」
「着いて来いって言っているんだ、いいから黙って着いて来い」
歩く速度を速める蓮。
回向は、困惑した表情を見せていたが、蓮の後を追った。
「……紫条」
回向の呼び声と同時に、鳥居の前で立ち止まった蓮は、回向を振り向く。
「『神社』だ」
「そんな事……見て分かる」
「ふうん……?」
「なんだよ?」
不満そうな顔を見せる回向に構わず、蓮は鳥居をくぐり、先を行く。
鳥居を抜けると神木があり、そして前方には楼門がある。それは仁王像が置かれている仁王門と呼ばれるものだ。
「ここって……」
ハッとしたような回向の声に、蓮は笑みを僕へと向けた。僕は、笑みを返すと頷いた。そして、僕と蓮は、回向を導くように先へと進んだ。
楼門を抜けると、神社があり、神社を抜けると堂がある。先ずは一つ目の神社に一つ目の堂だ。
堂の中を見る回向の声が流れる。
「……大日如来……」
「ああ、そうだ」
蓮は返事をしながら、更に先へと行く。
「おい……紫条」
「いいからそのまま着いて来い」
蓮が回向を案内する先には、二つ目の神社がある。そして、二つ目の堂で足を止める。
そして堂を見る回向は、また言葉を漏らした。
「……阿弥陀如来……か。紫条……」
「そういう事だ」
蓮は、そう答えてニヤリと笑った。
ここは……神仏混淆を残す、当主様と蓮が守っている『神社』だ。
「 俺のところが神仏混淆を残しているとは言っても、回向、お前、その目で見た事はなかっただろ?」
「……ああ、まあな……」
「だが、理解するのは、お前なら簡単じゃないのか」
回向は、目に焼き付けるようにも、じっと見つめていた。
回向が蓮の言葉に答えるまで間があいたが、蓮は回向が口を開くのを待っていた。
真剣な表情で神社と堂を見続ける回向だったが、ふっと笑みを漏らすと、蓮を振り向いて答えた。
「そうだよな……権現は神号。神って訳だ」
「ああ、そうだ。だから神の迹を垂れるものが、目に見えていたっていいだろう?」
笑みを見せながら言った蓮の言葉に、回向の表情が和らぐ。
「ああ……そうだな。権現にも本地仏があるんだからな」