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処の境界  作者: 成橋 阿樹
第四章 法と呪
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第31話 広開

 ふと、こんな思いが脳裏を過ぎった。

 ……もしも。

 そこに魂が残ったままだったとしたら、その責め苦に耐える事は出来たのだろうか……と。

 そう思いが浮かんだら、高宮の言葉が蘇った。


『責め苦を受ける前の魂が救済を求めるとは思えません。苦があるからこそ救いを求める訳ですからね』


 ……苦……。


 あの時、幾つかの堂も社も壊され、それでも残った堂と社は空っぽになった。

 投げ出された仏の像には矢を射られて、更には火を放たれ、その光景は地獄となんら変わりはしなかっただろう。



 僕が側に居させて貰っているんだと、心の何処かで感じていたかと問われたら、それはなかったとは言えなくて。

 いつか離れなければならない日が来るのではないかと思っていた。


「お力に添えます事、お間違えないかと存じておりますが……如何でしょうか」


 住職のその言葉に、蓮と羽矢さんが僕を振り向いた。

 

 二人の表情は、誇らしげにも、堂々とした笑みを僕に向けている。

 僕は、少し照れ臭くもあって、微笑みながらも俯いた。


 住職の問いが、体全体に染み渡る。

 確かに僕は、ずっと二人に助けられている。

 助けられている事に心苦しくあったが、それでいいと伝えられたのだと思えた事が、僕の迷いを払拭するようだった。


 僕は、顔を上げて住職へと目線を向けた。住職は、真っ直ぐに向けた僕の目線を受け止めると、それが返答であると受け止め、静かに頷きを見せた。

 穏やかで、ゆっくりとした所作。瞬きをするその仕草でさえ、関心なくはいられない。

 僅かな動きにも、目を追わずにはいられなかった。

 大きく、広く、何事に対しても受け止められるその許容は、安心感を与える。


 住職は、本尊を前に偈頌を説く。それは先ず自らが請願し、実現に至る事に向けての意図の証明だ。

道俗時衆等(どうぞくじしゅとう) 各発無上心(かくほつむじょうしん) 生死甚難厭(しょうじじんなんねん) 仏法復難欣(ぶっぽうぶなんごん) 共発金剛志(ぐほつこんごうし) 願入弥陀界(がんにゅうみだかい) 帰依合掌礼(きえがっしょうらい)……」


 更に偈頌は続いたが、住職の声に重ねるように羽矢さんは、その後に続けられた住職の言葉を共にした。


「「広開(こうかい)浄土門」」


 偈頌が重ねられた事に、住職の目線が羽矢さんへと向いた。

 羽矢さんは、住職の目線を受け、ニヤリと笑みを向ける。

 得意げにも見える羽矢さんの表情に、住職は少し呆れたような顔を見せたが、羽矢さんの返答を待っているようだった。

 羽矢さんの得意げな表情は変わらず、住職へと答えを返す。


「願わくは功徳を以て、一切平等に施し、境地を目指す」


 そう答えた羽矢さんを、住職はじっと見つめていたが、羽矢さんは目線を動かす事はなかった。

 それは、間違いはないと、自信を持って答えた事だからだろう。

 羽矢さんの思いが揺れ動くかどうかを見極めているようだった。

 その様は、冥府での閻王と羽矢さんを重ねさせる。

 この処では、住職がまるで閻王のようだ。



「よろしい」


 少しの間が開いた後、住職はそう答えた。

 羽矢さんは、当然だというような、自信に溢れた表情を見せていた。

 穏やかな空気感の中で、心落ち着く静かな時を過ごせている。

 それは皆、僕がそう思うと同じように感じていた事だろう。


 住職の説法が終わりを迎える。

 ゆっくりと立ち上がる僕たちだったが、向けられる声に動きを止めた。


「……ところで羽矢……」


 住職のその声に、立ちあがろうと片膝を立てたところで、羽矢さんの動きが止まる。

 羽矢さんは、その姿勢から少しも動きを見せず、住職の方にも目線を向けない。

 そんな羽矢さんの様子を見て、蓮はクスクスと笑っている。回向は呆れた顔を見せていた。

 羽矢さんは、肩を落とし、小さくも溜息をつくと、住職に答える。

「これよりの説示、一人、聴聞する事、願い……求めます……」


 住職を向かいに座す羽矢さんに、住職はにっこりと笑みを見せて頷いた。


「よろしい」

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