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処の境界  作者: 成橋 阿樹
第四章 法と呪
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第29話 実相

 蓮と共に登ったこの山。

 頂上に辿り着く前に分かれた道。

 僕は、二つある道を選べず、滑落した。



『もう……登らないのですか?』

 そう訊いた僕に。

『必要か?』

 蓮はそう言った。


 蓮は既に決めていたから、迷う事などなかった。


『帰ろう、依。併存しているんだろう? それなら、ここには境界はないと伝えればいい』


 蓮は……初めから気づいていた。



「帰ろう、依」

 いつもなら、僕がその手を掴むのを待っているように、蓮は手を差し伸べる。

 だけど今は。

 言って直ぐに僕の手を掴んだ。

「はい」

 僕は、繋がれた手をギュッと握る。

 陽が昇り、光が降り注いだ。

 蓮が眩しく見えるのは、陽の光だけの力ではないと気づいている。


『帰ろう、依』


 僕には、共に戻る事の出来る……帰るべき処があるんだという事が、安心を与えてくれていた。



 滝から上がる水飛沫が、キラキラと光を放って辺りに弾ける。

 回向は、その光を追うように手を伸ばした。

 そして、指先で触れるように手を動かす様は、導きを与えているように見えた。

 僕たちは、その様子をじっと見守る。

 弾ける光が次第に治まりを見せると、回向は羽矢さんに伝えるように頷きを見せた。

「じゃあ、後は寺に戻って……」

 羽矢さんは、笑みを見せながらそう言ったが、肩を落として長い溜息をつく。

 どうしたのかと、僕たちは羽矢さんを見ていたが、大体の想像はついていた。

 羽矢さんは、僕たちの目線を擦り抜けて、先に歩を進めて行く。だが、その足取りは重いようだ。

 ゆっくりと歩を小さくも進めながら、羽矢さんは言う。


「ジジイの……いや……住職の説法を聞くとしますか……」


 肩を落としながら歩く羽矢さん。

 蓮は僕の手を引きながら、羽矢さんの背中を押すと言った。


「それがお前にとっての『回向』だろ。さっさと歩け」

 蓮の言葉に羽矢さんは、肩越しに振り向く。

「お前ら……覚悟しとけよ。そう笑っていられるのも、今のうちだからな?」

 恨めしそうにも僕たちを見る羽矢さんを見て、回向が笑う。

「ははっ。住職の説法が聞けないようでは、羽矢……お前、修行が足りねえんじゃねえか?」

「回向、今の言葉……忘れるなよ?」

「ああ、勿論だ。俺は、苦行を苦行と思った事はないからな?」

 自信に満ちた表情で言った回向に、羽矢さんは、にっこりと笑みを見せた。

 ……この笑み…… 。


 羽矢さんの歩を進める速度が上がり、僕たちは山を下り始めた。



 寺院に着いた僕たちは、本堂で待っている住職の元へと向かった。


「只今、戻りました」

 本堂に入ると羽矢さんは、座して住職にそう言い、頭を下げた。

 なんだか……いつもの羽矢さんと違う……。

 だけど……儀礼を重んじる場ではあるし……。


 羽矢さんは、頭を下げたまま、言葉を続ける。

「住職の説示を頂戴するに至り、共に説示を受けたくと、ここに揃いました。よろしいでしょうか」

 住職に対する羽矢さんのその姿勢に、僕は驚いていたが、蓮は知っているのだろう、クスクスと笑っている。

 閻王との会話を耳にしていただけに、僕の驚きは大きい。


「喜んでお迎え致しましょう。我が門は果てしなく広きもの……全てを開示致します。並び、お座り下さい」

 ……なんだか……住職も……いつもと違うような……?

 住職の前に僕たちは並んで座ると、住職の説法が始まった。



「おい……羽矢……」

 住職の説法が続く中、回向が小声で羽矢さんを呼んだ。

「お前の処の経典……全てを説くつもりか? 終わりが見えねえぞ……」

 顔を顰める回向に、羽矢さんはクスリと笑みを漏らして言う。


「苦行だと思ったなら、お前、修行が足りねえんじゃねえか?」

「馬鹿言うな。そもそも俺は声字(しょうじ)派なんだよ」

「はは。実相だと言うなら、これもまた実相であり、真実だ」


 住職の目が羽矢さんに向き、羽矢さんは顔を引き締め、姿勢を正した。

 閻王の目線が鋭く向こうとも、羽矢さんは、自身の姿勢を変える事はなかった。

 この姿勢の違い……。

 

『我が息子には、法を守護する化身を与えている』

 それって……閻王……?

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