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処の境界  作者: 成橋 阿樹
第四章 法と呪
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第28話 結願

 回向がふっと笑う声に、僕たちの目線が回向へと向いた。

 回向は、僕にちらりと視線を向けたが、その目線は羽矢さんへと方向を変える。

「どうやら…… 一つは処が決まっているようだな?」

 回向の言葉に羽矢さんは、呆れた溜息を漏らしながら答える。


「何を今更。惚けた事を言っているんじゃねえ。お前も知っての上で、『処』を説いているんだろ。感覚器官である(げん)()(ぜつ)(しん)()六内入処(ろくないにゅうしょ)。感覚器官の対象である(しき)(しょう)(こう)()(そく)(ほう)六外入処(ろくげにゅうしょ)。心と心の作用、それは心所(しんじょ)生門(しょうもん)だろ。それに識を加えれば『界』となるが。つまりは有漏(うろう)……言わば煩悩だ。……それが人だろ」

「は……お前こそ、何を言っている。仮の姿なら、説いたところで処は定まらないだろーが。何にしたって、本来の処へと戻る。それが境地だろう」

「回向……お前な……」

「なんだよ? 羽矢。そんな真顔で見るんじゃねえ」

 不服そうに顔を歪める回向を見ると、羽矢さんは満足そうにも表情を緩ませ、揶揄うように言う。

「相変わらず皮肉れてんな? ははは」

「羽矢……お前ね……」

 苛立った顔を見せる回向に羽矢さんは、ニヤリと笑みを見せて口を開く。


「言ってるだろーが。俺は無量なんだよ」

「ふん……だから尚の事、摂取不捨という訳か。一切…… 一つも漏らす事なく、ね……成程」

 回向の言葉に羽矢さんは、誇ったようにも笑みを見せて言う。

「本来の境地は、俺とジジイが守っている。そもそも……」

 言いながら羽矢さんは、続ける言葉を促すように蓮へと目線を向けた。

 それは、羽矢さんの言葉ではなく、蓮が思っている言葉を優先したいが為だろう。

 羽矢さんの目線を受け止める蓮は、羽矢さんの言葉の先を続けた。


「作られる事もなく、作り変えられる事もない……ただ固有の自性だ」


『化作されたものに本来の姿を問うのは可笑しな事……何を以て本来の姿を問おうとするのでしょうか』

『そうでなければわたくしは、作られたものでもなく、作り変えられたものでもないと言えはしませんから』


 柊の言葉が思い起こされると同時に、柊が神社で僕を助けたあの時、僕を見て笑みを見せた理由が結びついた。

 あの時は、その笑みに何の思いが秘められていたのか分からなかったが。何故、僕に笑みを見せたのだろうと、不思議には思っていた。

 柊も……同じだったんだ。だから僕を見て笑みを見せた……。


「だから……」

 ……蓮。

 蓮の目線が僕へと戻る。

 うっすらと笑みを浮かべる蓮は、少し寂しげにも思える表情を見せていた。

「俺にだって、作る事も出来なければ、作り変える事も出来はしない。ただ……側にいてくれと、願いを乞うだけだ」

 蓮の言葉に、回向は静かに頷き、呟くように言った。


「『願いを叶えるのは、神か仏か』……か」

 その言葉に高宮が浮かんだのは、蓮も同じだっただろう。

 羽矢さんと回向は、伝え合うように顔を見合わせる。

 言葉なくとも、同じ思いが浮かんでいる事だろう。同時に頷きを見せた後、羽矢さんは言った。


「それなら……結願(けちがん)に向かおうか。ジジイが待っている」

 蓮は、ふっと笑みを漏らした。

 そして、僕の目を真っ直ぐに見ながら蓮が答えた言葉に、羽矢さんと回向は、納得するように二度、頷いた。


 羽矢さんと回向を振り向いてその言葉を言った蓮は、自信に満ちた笑みを見せていた。


「そこに境界などない。神も仏も、だろ?」

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