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処の境界  作者: 成橋 阿樹
第四章 法と呪
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第27話 生身

 遷座……。

 その言葉に体の奥深い所で、何かが弾けたように衝撃を与えた。

 響きが全体に伝わり、足が動いた。


 ……あ……。


 ……戻った方が……いいのかな……。


 そんな言葉がゆっくりと僕の中で流れていた。

 その言葉に深く思いが傾いている訳ではない。


 意識とは別に、僕の体が動きを表していた。

「依……!」


 ……蓮。

 どうして……。


 本当の思いとは裏腹に、現象は……現象が僕を動かしていく。


 動いた体は足を滑らせていた。

 あの時と同じように、落下していく。

 僕は……何も望んでいない。それに呪いだってもう……。

 なのにどうして……。

 また……僕は……。


 落下し、体に突き刺さった依代。

 その時の事が蘇り、僕に結果を伝えてくる。

 そして思う。もう……次はないだろう、と。

 だから目を閉じた。

 この目に映したら執着だけが残る……と。

 だけど思った。

 これは諦めなのではないのかと。

 でも……もう。

 だけど……まだ。


 目を開けると同時に、落下が止まった。

「……え……」

 落下が止まったかと思ったら、僕の体は上へと戻っていく。

「え……?」


 僕の体に大蛇が巻き付いている。それは羽矢さんの使い魔だった。

 羽矢さんの使い魔は、蓮たちを見下ろす程の高い位置まで昇った。

 解放されない事に、僕は羽矢さんへと目線を向ける。

「依」

「……羽矢さん」

 真剣な目だった。

 それは蓮も同じだった。

 ……蓮。

 蓮が答えない事が……怖かった。

 だけど気づいていた。

 蓮は、僕が答えるのを待っている。

 だけど僕は、蓮が求めている答えの判断がつかない。

 合っているのか、間違っているのか……そう言うよりも。迷っている。だからだ。

「戻りたいと思っている場所に戻れ。それが例え……」

 羽矢さんの低く、静かな声が僕に問い掛けた。


「理解の存在しない尊重と、偏った慈悲だけになったとしても……な」


 それ……って……。

 回向が言っていた言葉だ。

 それを何故、僕に……。

 そう思ったが、本当は分かっている。

 僕は、蓮に目線を向けた。目線は互いに直ぐに合う。それもそうだろう。蓮は、目線を外す事なく、ずっと僕を見ていた。

 目線を外したのは……僕の方だ。その目線を真っ直ぐに向けられれば向けられる程、僕だけが迷っている。

 だから僕が目線を戻せば、必ず合う。

 あの時だって、そうだ。


 僕が迷っていたって、蓮は先に進んだ。

『……蓮。一つ……聞いてもいいですか』

『お前が俺を止めなかったら、お前が落ちる事がなかったら、俺はその道を進んだかって事か?』

 蓮に迷いなど、初めからなかったんだ。


『進んだよ、依』


 涙が頬を伝った。

 だけど、それは悲しかったからじゃない。


「……解放して下さい、羽矢さん」

 僕は、蓮に目線を向けたまま、そう言った。

 羽矢さんは分かったと、指を弾いて僕を使い魔から解放する。

 再度、落下する体は、その答えを決めていた。


『廃仏毀釈で、仏教、仏像、寺院までも廃されたんだ』


『泣いていたんだ。たった一人で……そこにいたのが依だったんだ』


『仏は神と名を変える。その神は『権現』と名を称す』


『おいで、依』


 僕は、大きく腕を広げた。

 戻るべき場所へと向かって。


「おいで、依」

「……蓮……!」

 僕を迎え入れるように、蓮も大きく腕を広げた。


 僕に染み付くように流れていた言葉。

(げん)()()(ぜつ)(しん)()。それぞれに(しき)を足して認識出来れば、それがお前という存在だ。彩流(さいりゅう) 依』

 僕は、その存在を現す生身(しょうじん)を持っている。


「俺は……他の何よりも、誰よりも、お前がいい」

 僕を迎え入れる大きな胸に飛び込み、その声を聞いていた。

 僕が迷う度に聞く、その言葉を。迷っているからこそ、聞けるのかもしれない。


「依……お前がいい」

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