表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
処の境界  作者: 成橋 阿樹
第四章 法と呪
135/182

第26話 遷座

 羽矢さんの声が、蓮が口にした言葉と響きを共にした。


「さあ……開白(かいびゃく)だ」

 羽矢さんの言葉に回向が頷く。

「……そうだな」

 呟くように答えた回向に、羽矢さんはクスリと笑みを見せた。

 羽矢さんが漏らした笑みに、回向は訝しげな顔を見せる。

「なんだよ?」

「……いや。まだ何か隠している事でもあるのかと思ってな?」

「今更だろ……例えあったとしても、お前には隠し通せないだろう?」

「はは。当然だ。じゃあ、最後まで付き合えよ、回向」

「ああ。勿論だ」



 うっすらと夜が明けてきた。

「依」

 蓮に腕を引かれ、山を見下ろせる位置へと立った。

 羽矢さんと回向も、僕たちに並ぶ。

 見晴らす光景に、ただただ僕は、僕たちは。

 自然という大きな空間の中で、その身を置いている事に改めて気づかされる。

 その光景を目に映し、この身に伝わる風の流れに耳を澄ませば、風に揺らされる木々が、カサカサと鳴らす音も聞こえてくる。

 そんな微かな音に耳を傾ける事など、聞こうとしなければ気づきもしない……いや。気に留める事などなかったんだ。

 この大自然を体感する事は、大きくも必要とする事だろう。


 穏やかな時の中、小さくも地から震動が伝わってくる。

 その震動は然程、強いものではなかったが、山の変化を伝えるものだった。

 舞い上がった霧が、微かにも頬を濡らす。

 その霧は、辺りを覆い尽くすようなものではない。

 それが何処から舞って来るのか、耳にする音で気づく事が出来た。


 僕は、目に映すと同時に、言葉を漏らす。

「滝……」

 左下側に滝が見えた。流れ落ちる水が、霧雨のように飛沫を舞い上がらせていた。

 大きな滝ではないが、今の今までこの滝に気づかなかったという事はないだろう。

 今のように、見晴らせる位置に立った事もあったのだから。


「……出口」

 そう口にしたのは回向だった。

 出口……。

 住職が言っていた事は、この滝の事だったんだ……。

 山中他界。そこには浄界も地獄も含まれている。

 そして滝は、地獄の出口とも言われるものだ。


『出口が出来ている事だろう。瑜伽、後は自身の目で確認してみては如何かな』

 だけど……。

 蓮が和尚に行かないのかと聞いた時、和尚は何も答えはしなかったが、蓮には伝わっていたようだった。

 きっと、和尚は回向のその目で確認させたかったのだろう。

 和尚にしても、回向にしても、深く抱えていたものは同じであったのだから。



 僕は、滝を見つめる回向を見ていた。

 回向が抱え続けた返りのない思いに、答えが返ってきたと思えるだろうかと、僕はその表情を窺った。


 滝を見つめ続けていた回向は、ふっと笑みを漏らして目を伏せる。

「……クソ親父」

 そう呟いた回向だったが、その表情には笑みが浮かんだままだった。

 蓮も羽矢さんも、回向の様子を見て笑みを見せていた。

「紫条。お前……親父に何か伝えられただろ」

 蓮を振り向く回向に、蓮は答える。

「まあ、そうだな……その目で、な」

「……ふん……目で、か。結局は俺に手を貸せと言っているようなもんだろ。これを見たら、やらない訳にはいかないからな……」

「どうせもう、お前がやってくれると確信出来ているんだろうから、向こうは向こうで始めているんだろ」

「ふん……それならそうと言えばいいものを。あるべき姿をあるべき場所に……ね」

 回向は、またふっと笑みを見せると、目線を仰ぎながら言った。


「遷座……か」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ