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処の境界  作者: 成橋 阿樹
第四章 法と呪
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第23話 開山

「だから……橋を繋げたかったんだろう?」

 蓮の言葉に回向が頷く。

「……ああ。廃仏毀釈で経典は全て焼き払われ、仏像さえも破壊される始末だった。傷だらけとはいえ、それでも残った仏像を捨て切る事など出来はしない。全ての存在は大日如来を元とするとの考えは、事を成り立たせる上で絶対的なものだ。だが……」

 言葉を詰まらせる回向に蓮は答える。

「身代わり……だろ」

「……紫条」

「大日如来の化身と言える、不動明王が、だ。高宮 右京の代わりとして……な」

「……ああ。だけど……紫条……生きる権利は得られても、死ぬ権利は得られない」

「権利って……そんな……」

 回向のその言葉に僕は、大きな反応を示した。

 僕に目線を向ける回向は、静かに笑みを漏らす。

 僕は、回向の言葉を止めてしまったと後悔し、目を伏せた。

「……すみません」

 俯く僕の背中を、蓮がそっと手を置く。

 蓮に目線を移す僕に蓮は、大丈夫だと笑みを見せて頷いた。

「……はい。すみません……」

 本当は……分かっている。回向が言ったその言葉は、深く秘められた思いを表す上で言ったに過ぎないという事を。

 回向は、そんな僕の心情を察したようだった。目線を蓮に戻すと、言葉を続けた。


「ただ……そこにあるのは、理解の存在しない尊重と……」


 ……回向。


「偏った慈悲だけだ……」


 同じ表情をしていた。

 寂しげな……表情を見せていた。


「そう思うなら、その目で見てみればいい。お前には、それを見る事が出来る目があるだろう?」

 羽矢さんはそう言うと、回向の腕をグッと引いた。

「おい……羽矢……」

 羽矢さんは、回向の腕を強く引きながら、本殿を後にして行く。

 蓮は、そんな羽矢さんを見て、ふっと笑みを漏らすと踵を返した。

 歩を数歩、進めたところで、蓮は和尚を振り向く。

「行かないのか?」

 蓮の言葉に和尚は、静かに笑みを見せた。

 その笑みに蓮が答える。

「……分かった」

 蓮は、そう答えると歩を進め始める。

 僕は、蓮の後についた。


「……蓮」

 本殿を後にし、笑みを見せただけで何も答えなかった和尚に、蓮は何を察したのだろう。

 その事が理解出来ずにいた僕は、蓮に訊ねた。

 蓮を見上げる僕の頬を、蓮の手がそっと触れる。

「蓮……?」

 戸惑いながらも僕は、蓮の目線を受けたまま、目線を外す事はなかった。

 蓮の瞳の奥に隠された思いが、目の端に滲むようだった。

 そっと頬をなぞって、離れる手。

 だけど、僕を見る目線は変わらない。

 その目線に、あの時の蓮の寂しげに流れた声が重なった。


『依……』


 どうして蓮がそんな事を言ったのか、分からなかった。

 それでも残された不安は、共に側にいる事で払拭する事は出来ているのだと、そう補っているようだった。

 それはいつかは、その本当の思いに気づいたとしても……。


『お前だけは……俺の側にいてくれるよな……』


 思い起こしながら、歩を進める僕たちは、神木の前に立つ羽矢さんと回向を見つけた。

 神木の幹は山中他界へと続く道が開かれている。


 ……僕は……。


「行くぞ、回向」

 羽矢さんが回向の背中を押す。

「ああ」

 回向は、羽矢さんに答えると、大きく腕を振る。

 錫杖を手にした回向は、大きく口を開いた神木の幹へと声を上げて進んだ。


「一切を成就する。開山(かいさん)だ」


 神霊が降り立つ山、鎮まる山。仏が居り……神霊の顕現する山……。

 僕は……。


 本当に蓮の側にいる事が出来るのだろうか。


 そんな不安が、僕の体の奥底で震動を湧き上がらせていた。

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