第23話 開山
「だから……橋を繋げたかったんだろう?」
蓮の言葉に回向が頷く。
「……ああ。廃仏毀釈で経典は全て焼き払われ、仏像さえも破壊される始末だった。傷だらけとはいえ、それでも残った仏像を捨て切る事など出来はしない。全ての存在は大日如来を元とするとの考えは、事を成り立たせる上で絶対的なものだ。だが……」
言葉を詰まらせる回向に蓮は答える。
「身代わり……だろ」
「……紫条」
「大日如来の化身と言える、不動明王が、だ。高宮 右京の代わりとして……な」
「……ああ。だけど……紫条……生きる権利は得られても、死ぬ権利は得られない」
「権利って……そんな……」
回向のその言葉に僕は、大きな反応を示した。
僕に目線を向ける回向は、静かに笑みを漏らす。
僕は、回向の言葉を止めてしまったと後悔し、目を伏せた。
「……すみません」
俯く僕の背中を、蓮がそっと手を置く。
蓮に目線を移す僕に蓮は、大丈夫だと笑みを見せて頷いた。
「……はい。すみません……」
本当は……分かっている。回向が言ったその言葉は、深く秘められた思いを表す上で言ったに過ぎないという事を。
回向は、そんな僕の心情を察したようだった。目線を蓮に戻すと、言葉を続けた。
「ただ……そこにあるのは、理解の存在しない尊重と……」
……回向。
「偏った慈悲だけだ……」
同じ表情をしていた。
寂しげな……表情を見せていた。
「そう思うなら、その目で見てみればいい。お前には、それを見る事が出来る目があるだろう?」
羽矢さんはそう言うと、回向の腕をグッと引いた。
「おい……羽矢……」
羽矢さんは、回向の腕を強く引きながら、本殿を後にして行く。
蓮は、そんな羽矢さんを見て、ふっと笑みを漏らすと踵を返した。
歩を数歩、進めたところで、蓮は和尚を振り向く。
「行かないのか?」
蓮の言葉に和尚は、静かに笑みを見せた。
その笑みに蓮が答える。
「……分かった」
蓮は、そう答えると歩を進め始める。
僕は、蓮の後についた。
「……蓮」
本殿を後にし、笑みを見せただけで何も答えなかった和尚に、蓮は何を察したのだろう。
その事が理解出来ずにいた僕は、蓮に訊ねた。
蓮を見上げる僕の頬を、蓮の手がそっと触れる。
「蓮……?」
戸惑いながらも僕は、蓮の目線を受けたまま、目線を外す事はなかった。
蓮の瞳の奥に隠された思いが、目の端に滲むようだった。
そっと頬をなぞって、離れる手。
だけど、僕を見る目線は変わらない。
その目線に、あの時の蓮の寂しげに流れた声が重なった。
『依……』
どうして蓮がそんな事を言ったのか、分からなかった。
それでも残された不安は、共に側にいる事で払拭する事は出来ているのだと、そう補っているようだった。
それはいつかは、その本当の思いに気づいたとしても……。
『お前だけは……俺の側にいてくれるよな……』
思い起こしながら、歩を進める僕たちは、神木の前に立つ羽矢さんと回向を見つけた。
神木の幹は山中他界へと続く道が開かれている。
……僕は……。
「行くぞ、回向」
羽矢さんが回向の背中を押す。
「ああ」
回向は、羽矢さんに答えると、大きく腕を振る。
錫杖を手にした回向は、大きく口を開いた神木の幹へと声を上げて進んだ。
「一切を成就する。開山だ」
神霊が降り立つ山、鎮まる山。仏が居り……神霊の顕現する山……。
僕は……。
本当に蓮の側にいる事が出来るのだろうか。
そんな不安が、僕の体の奥底で震動を湧き上がらせていた。




