第22話 両界
僕たちの会話の中、和尚が動き出した。
和尚の動作に僕たちは会話を止め、和尚を見つめていた。
傷だらけの阿弥陀如来の像を、丁寧に布で覆い、そっと手にする。
僕たちは、和尚の動きを見守りながら、開かれた壇へと視線を向けた。
整えられた壇。中尊には大日如来。左脇侍に不動明王だ。
そして、右に置かれた影向座には天津神を擬人化して描かれた絵が掛けられている。
それは大日如来の化身とされる、大日孁貴神だった。
「冥府の番人、死神。そして『無量』……か」
和尚はそう言うと、阿弥陀如来の像を羽矢さんにそっと手渡した。
羽矢さんは、両手でしっかりと像を受け取った。
和尚は、静かに二度、羽矢さんに問い掛けるようにも頷きを見せる。
その頷きで、和尚の心情を読み取ったように羽矢さんは答えた。
「承知した」
羽矢さんの言葉に、和尚は安堵したようだった。
阿弥陀如来の像を手にする羽矢さんは、蓮へと目線を向けるが、蓮は羽矢さんの目線をちらりと一瞬だけ受け止めて、何も答える事なく目線を外した。
僕は、そんな蓮の様子に、どうしたのかと気にはなったが、和尚の声が流れ始める事に、引かれるように僕たちは和尚へと視線を向ける。
和尚は、壇へと目線を向けながら、僕たちに話を聞かせた。
「山中他界。死した後、霊魂が赴く場所……生を受けるまでの魂の領域であり、蘇りを果たす処。つまりは『あの世』だ……山そのものが浄域であり、仏と神の処でもあると……な。そして山の中腹に経典を埋める。山全体が経典であり、山を登る事で仏と一体となる事が出来るという訳だ」
和尚の言葉に、羽矢さんが答える。
「何故、あの山の中腹に大日如来の像が埋められていたのか……それが教えであり、大日如来そのものだと示す為だろ? そして、あの山全体が……」
羽矢さんは、一旦、言葉を止める。言葉を止めた事に、和尚が羽矢さんを振り向いた。
互いの目線が合った事で、羽矢さんは止めた言葉の続きを口にした。
和尚には、羽矢さんが口にする言葉が分かっているようだった。
「曼荼羅であるという事だ」
羽矢さんの言葉に和尚は、静かに笑みを見せ、深く頷いた。
羽矢さんは和尚を見ながら、言葉を続ける。
「あの山が神仏混淆を残すのも、頷ける話だ。そもそもが神仏混淆だったんだからな。山全体が曼荼羅。それは、此岸と彼岸……両界を繋ぐとする『橋』をも意味する……」
そう言いながら羽矢さんは、蓮に言葉の先を告げさせる目線を送った。
蓮は、その目線を受け止めて、和尚に目線を移して答える。
「此岸はこの世、彼岸はあの世。つまりは天と地を繋ぐ橋……『天浮橋』という訳だ。だが、天と地を繋ぐとは言っても、天と地に実際に繋がっている訳じゃない。その名の通り、浮橋だからな。天から地を見下ろす事が出来るという橋であり、それは天にいるとされる神が、下界へと降り立つ為の橋と言えるもの……天と地を分ける中での混沌……元より神世。神が国を創ったとされる国産みの思想に始まる。そして、国を生み出す中で探す事となった大日如来の印文……そのもう一つの役割は」
蓮は、一呼吸置いて、言葉を続けた。
「天孫降臨」




