第21話 禅那
「紫条……」
回向の胸元へと蓮の指が向けられた。
「お前の中に強くも残り続けるその存在を……だよ」
蓮は、回向へと詰め寄った。
少しの間、回向は蓮をじっと見ていたが、目を伏せると苦笑を漏らした。
そして、再び蓮へと視線を戻すと、呆れたような表情を見せて言った。
「紫条……いくらお前でも、祓う事など出来はしない」
その言葉を聞く蓮は、クスリと笑うと手を下ろした。
「……そうだな」
「ああ、そうだ」
回向は、そうはっきり答えると、檜扇を蓮に向けた。
「はは。お前にも出来ねえよ、回向」
「ふん……そうだろうな」
回向の目線が、ちらりと僕に向いた。
「あの……僕に何か……」
回向の目線を気にする僕に、回向はクスッと笑う。
「いや」
そう答えると回向は、蓮へと視線を戻し、檜扇を下ろした。
真顔で互いに目線を合わせる蓮と回向だったが、次第に表情が緩んでくる。
顔を見合わせたまま笑い合う二人に、僕は不思議そうに彼らを見た。
「紫条……」
「なんだ」
回向は、またクスリと笑みを漏らすと、蓮に言った。
「お前に嫉妬するのも分かるな」
回向の言葉に蓮は、不機嫌そうな顔を見せて答える。
「全くもって迷惑な話だ」
「自分でもそれは納得出来ていたんじゃないのか?」
意味ありげにも、含み笑いを見せる回向に、蓮は呆れた溜息をつく。
「ふん……馬鹿言うな。お前、高宮の意向を汲んだとか言ってたよな? まさかそれが本意であって、意向だなどと言うなよな。まったく……思いもかけない神籤を引いたもんだよ。祟られる謂れはねえが、な?」
蓮は、語尾を強めて言うと、ニヤリと笑う。
「何を言っている。俺は初めから説いているだろ。|説一切法清浄句門《せいっせいほうせいせいくもん 》……」
「はは。もう十分だ」
蓮は、回向の言葉を遮って笑った。
回向は、ふっと笑みを静かに漏らすと、呟くように言う。
「……そうだな。俺だって……お前たちのように歩幅を合わせて行く事が出来たなら……」
「……回向」
回向は目線を仰ぎ、長い息をつくと、言葉の先を続けた。
「擦れ違う事の納得など、理解者のふりに過ぎないと伝える事が出来たんだ」
「今更だ」
「ああ……そうだな」
蓮と回向が神妙な面持ちで会話をする中、羽矢さんは素知らぬ顔で別視線を向けていた。
そんな羽矢さんに気づく蓮は、ははっと笑った。
「おい、羽矢」
「呼ばなくていいぞ、蓮」
「お前が無言になる時程、穏やかじゃねえからな?」
「ははは……」
羽矢さんは苦笑したが、息を整えると穏やかな笑みを見せて言った。
「儚いからこそ……尊いんだろ」
羽矢さんの言葉に、蓮はそうだなと静かに頷いた。
「では……私はここで失礼するとしましょう」
穏やかな空気感になった事で、住職がこの場を後にし始めた。
「奎迦」
和尚が住職を呼び止める。
住職は、肩越しに和尚を振り向くと、口を開いた。
「出口が出来ている事だろう。瑜伽、後は自身の目で確認してみては如何かな」
そう答えると、住職は歩を進め始めた。
「羽矢」
擦れ違い様に羽矢さんを呼ぶ住職は、歩を進めながら言葉を残していった。
「本堂で戻りを待っている」
過ぎ去る住職を即座に振り向く羽矢さんに、蓮はまた呆れた顔を見せた。
「なんて顔してんだよ……羽矢」
「寺に寄るよなっ? 寄るだろうっ! 蓮!」
有無を言わさずといった様子で、蓮に迫る。
羽矢さん……それ程までに住職の説法が嫌なんだ……。
「……まったく。分かったよ、羽矢」
蓮は、困ったように溜息をついたが、笑みを見せて頷く事に羽矢さんはホッとした顔を見せた。
だが、ニヤリと笑って続けられた蓮の言葉に、羽矢さんは顔を引き攣らせた。
「お前には必要な『禅』になるんだからな、見届けてやるよ」