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処の境界  作者: 成橋 阿樹
第四章 法と呪
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第20話 勧請

 本殿の奥に秘められていた、整えられた壇。右を飾るのは神を迎える影向座(ようごうざ)だった。

 その光景は、神仏混淆を思わせる。


 住職と和尚が繰り返した言葉『善哉(せんざい)』は、法にあり、その法を讃えるものだ。

 秘密とされる奥深いものを、開示するという事に対しての意を表している。



 皆がその光景を見つめ続ける中、和尚が穏やかな口調でゆっくりと口を開いた。


「神も仏も同じであると同一視されていた神仏混淆。そもそも神社に祀られる神が仏教神号である権現や菩薩であったが故、神社内に宮寺(みやでら)が作られた。神仏分離が進むと、当然、宮寺は廃され、知っての通り、神社の祭神も天神地祇が祀られる事となった……」

 和尚は、ふうっと長い息をつくと、言葉を続ける。

「では……元より崇められていた神は何処に行ったと言う。それこそが混淆だろう。菩薩と神号を与えられた御霊も、それは威徳天であっても、自在天であっても仏教神号を与えられた御霊は、様々な神力を得て、神となる。だが、仏教神号を廃し、祭神とする神を置くにしても、元々はそこにはなかったものに神力を与えるには、分霊を行う。勧請(かんじょう)という訳だ。ふふ……よく本質が理解出来たものだ」

 和尚は、蓮を振り向いた。その目線を受けて、蓮はニヤリと笑う。

「神に仕える身でありながら、神殺しを肯定する神司、高宮 右京。噂とは実に事を欠く……だろ?」

「ああ……実に事を欠く」

 和尚は、寂しげな笑みを漏らすと、回向に目線を移した。回向は、頷きを返し、口を開いた。


「神と仏を分ける為に神社と名を打っても、由来のない神は神とは呼べない……それを祭神とする事も出来なくなった。祭神とする神には、その神の由来までもをはっきりとさせなければならなかったからだ。廃仏毀釈で神社は増え、神社を整理する神社合祀が行われ、名の通らない神は廃された。力なき神には、力ある神の勧請によってその名は飲み込まれていく……分霊が出来るという事は、力ある神にしか叶わない事だ。分霊したからといって、神力が弱まる訳じゃない。肯定するしかないだろう」

 そう言って回向は、深く息をついた。

 寂しげな様子の回向の言葉に、少しの沈黙が流れた。


 沈黙を破って、蓮の声が通り抜けるように響いた。


「神よりも仏よりも尊き存在」


「……紫条……?」

 回向は、蓮を振り向くと言葉を待った。

「高宮が言っていた言葉だよ」

「……右京が……そんな事を……」

「ああ……それが作り上げられたなら、祓ってみせてくれってな」

「祓う……何を……」

「回向……」

 蓮が回向へと近づく。

 回向は、あまりにも真っ直ぐな蓮の目線に、戸惑った様子を見せた。

 困惑するのも無理はない。

 回向へと近づいた蓮の指が、回向へと向いたからだ。

「おい……紫条」

 真顔で回向を見つめる蓮の指が、回向の胸元で止まった。

 蓮は、ニヤリと口元を歪めて笑うと、口を開く。


 重くも残り続ける後悔と、拭いきれない悲しみを表した『識』に向けて呪を放つように。


「お前の中に強くも残り続けるその存在を、だよ」


 高宮の声が聞こえるようだった。

『その願いが叶うなら死んでもいいと思う事に……報われるものなどないと知らされるのは……』

 寂しげに流れた言葉は、回向へと向いていたんだ。


『遺された者なのでしょうね……』

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