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処の境界  作者: 成橋 阿樹
第四章 法と呪
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第19話 讃嘆

 羽矢さんの言葉に、回向はそっと目を伏せながら言った。


「変わらないね……お前は。いつだって口にする言葉は変わらない。お前みたいに迷う事などなく進んでいたなら、誰一人として漏らす事なく、正しい道に導く事が出来たんだろうな……」


 そう口にすると回向は顔を上げ、また本殿の方へと向き直った。

「右京……」

 寂しげな口調で高宮の名を口にする回向に、蓮が近づいた。


「開けろ」


 感傷的な回向に、強い口調の蓮の声が振り落ちる。そんな心情になっている場合じゃないと言うように。

 その声に回向の両手がぎゅっと握られた。

「今更……迷う事などないだろう、回向」

「紫条……そんな事は分かっている。そのつもりで法を説いたんだからな。迷っているはずがないだろう」

 回向は、強気にも笑みを見せて、蓮にそう言った。


「ああ、そうだな。それが……全てを開示するって事だろ?」

 蓮は、そう言いながら和尚(わじょう)を振り向くと、こう口にした。


「『験者であれば寺に属せ、寺に属したならば、廃寺を免れる為に神社と名を打ち、還俗して神職者……国の祭祀を司る長官、神祇伯の地位に落ち着いたと、羨望に値するか』そうだな……」


 和尚は、自身が言った言葉を蓮が口にした事に、ふっと笑みを漏らし、そっと目を伏せた。

 その表情は、ホッとしているようにも見えた。

 蓮が答えを突きつけようとしているのが分かったからだろう。


『互いに進む道を守る事が出来れば、突きつける事の出来る答えとなる。お前たちなら分かるだろう。そこにないものをあるとは言えないのだからな……』


 当主様の言葉が思い起こされる中、続けられる蓮の言葉が重なるように流れた。


昨日(さくじつ)までは三鈷(さんこ)を握り、翌日には幣帛(へいはく)を執る。容易く捨てられるものだと、見る者にはそう見えただろうな。神職の務めを終えれば、密やかにも経を唱えるのに……な?」


 意味を含めた蓮の言葉に、和尚が動く。

 和尚が動いた事に、羽矢さんが回向の背中を押した。

 回向は、羽矢さんに頷きを見せると、ゆっくりと立ち上がる。

 羽矢さんは、何かを問うようにも住職へと目線を向け、住職はその問いに言葉を返すかのように頷いた。

 住職の表情を確認した羽矢さんは、回向を支えるように背後に立つ。


 和尚が前列に立ち、神体をじっと見つめると、深く息を吸い、呼吸を整える。手が動き、神体を前に印契を結んだ。

 そして、印契を結んだまま動きを止める和尚は、前を向いたまま口を開いた。


「神仏分離はその名の通り神と仏を分けるものだ。それは神と仏を明確にするという判然令。それ故に廃仏毀釈で真っ先に打撃を受けたのは験者だった……ふ……」

 和尚は、静かに笑みを漏らすと、印契を結び変える。それが何度か繰り返された。


 見えない姿の中にある見えない姿。その全てが明かされていく。


 本殿の奥が次第に明るくなってきた。

 印契を結んでいた和尚の手が解かれると、そこに何があるのか目に捉えられる程に明るくなっている。


 光があれば……闇は消える。ただそこに光がないだけ……。


 ……これが……。

 目の前に広がる光景に、瞬きさえ忘れたように目が奪われる。

 神体の後ろに隠れていたもの……それは。


 正面と左側に壇があり、右側には影向座(ようごうざ)が置かれていた。

 影向……神仏が化現する事……それは権現だ。



 住職が和尚の隣に並んだ。

「……奎迦」

「瑜伽……秘密といえども、全てを開示する事は、善哉(せんざい)……」

善哉(せんざい)

 和尚が言葉を繰り返した。

 住職は、和尚と顔を見合わせた後、同時に前に向き直ると礼拝(らいはい)した。


 そして、住職は和尚に穏やかな笑みを向けると、こう言った。


()(かな)

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