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処の境界  作者: 成橋 阿樹
第四章 法と呪
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第17 有為

 大日如来の印文……。


 言った後に羽矢さんは、高宮の表情の変化を窺っているようだった。

 目をゆっくりと開ける高宮は、誰にも目線を向ける事はなかった。


「……探したからといって……どうなるというのです」


 ぼそりと呟くように高宮は言った。

「見つけたからといって……どうなるというのですか」

 目線をこちらへと向ける高宮の目は、睨むように鋭かった。


「神に仏は近づけさせない……そう契りを結ぶだけの事……解脱などさせやしないと地獄の門を開くのみ。違いますか?」


 高宮のその反応に、羽矢さんが答える。

「そう言うなら、お前が決めた道に進めばいい」

 強く響いた羽矢さんの声に、高宮も強い口調で言葉を返す。

「それが、あなた方の道を変える事になったとしても、ですか?」

 睨むような目線は変わらず、高宮は、蓮と羽矢さんが答えるのを待っている。


 蓮と羽矢さんは、同時に高宮へと一歩、歩を進めた。

 圧を感じさせる二人の様子に、高宮は一瞬だけ表情を歪めたが、目線を動かす事はなかった。

 蓮と羽矢さんは、更に歩を進め、高宮を擦り抜ける。高宮は、擦り抜けて行く二人を目で追っていた。

 そして、先に続く二つの道の入り口にそれぞれ立つと、高宮へと体を向ける。


 高宮は、蓮と羽矢さんの様子を怪訝にも見つめていた。そんな高宮に構わず、蓮が口を開く。

「真言教主、大日如来。両部界会(りょうぶかいえ)諸尊聖衆(しょそんしょうじゅ)泰山府君眷属等たいざんふくんけんぞくとう、閻王、護法善神の同尊なり。瑜伽荘厳(ゆがそうごん)の壇を飾り、泰山府君法を修す」


 蓮がそう口にすると、蓮の背後の道に光が差した。

 蓮に続いて、羽矢さんが口を開く。

法子(ほうし) 汝行大乗(にょぎょうだいじょう) 解第一義(げだいいちぎ) 是故我今(ぜこがこん) 来迎接汝(らいこうしょうにょ)


 羽矢さんがそう説くと、同じように羽矢さんの背後の道に光が差した。

 解第一義……。最高の法を(さと)る……我、今、汝を迎えに……か。


『だから来たんだ、迎えに……ね』


 僕は、回向のいる方を振り向いた。振り向いても、その姿は目に届かない……そう思っていた。

 ……だけど。


我等所修(がとうしょしゅ)……回向(えこう)


 その声は届いた。

 ……回向。

 それは、名を語ったものじゃない。


 回向の声に振り向く高宮は、少しの間、回向のいる方向を見ていたが、俯くとふっと笑みを漏らした。そして顔を上げ、蓮と羽矢さんの方へと向いた。

 高宮の足が、歩を進め始める。

 一歩一歩、ゆっくりではあったが、踏み締める足に迷いは見えない。

 僕は、見守るように高宮の背中を見つめていた。


 蓮と羽矢さんとの距離が目前に迫ったところで、高宮は一度、足を止めた。

 僕には、高宮の表情を窺う事は出来なかったが、蓮と羽矢さんの表情で知る事が出来る。

 蓮と羽矢さんは、穏やかな笑みを高宮に向け、静かに頷きを見せた。


 再度、高宮が歩を進め出す。

 蓮と羽矢さんの背後から差す光が、眩しくも光を強めて、高宮の姿が捉えられなくなった。

 光が和らぎ、蓮と羽矢さんの姿だけが捉えられる。

 僕には、高宮がどちらの道へと進んだのか、この目で見る事は出来なかったが、きっと高宮は……。


 僕は、回向の声が聞こえた方を、また振り向いた。

 思いを注ぐ声が説く言葉は。

 その名に背いてなどいなかった。

 それは高宮に向けて、その法に思いを重ねたのだろう。


我等所修(がとうしょしゅ)……回向(えこう)


 自分が修した最上の境地を……あなたに捧げる……と。

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