第17 有為
大日如来の印文……。
言った後に羽矢さんは、高宮の表情の変化を窺っているようだった。
目をゆっくりと開ける高宮は、誰にも目線を向ける事はなかった。
「……探したからといって……どうなるというのです」
ぼそりと呟くように高宮は言った。
「見つけたからといって……どうなるというのですか」
目線をこちらへと向ける高宮の目は、睨むように鋭かった。
「神に仏は近づけさせない……そう契りを結ぶだけの事……解脱などさせやしないと地獄の門を開くのみ。違いますか?」
高宮のその反応に、羽矢さんが答える。
「そう言うなら、お前が決めた道に進めばいい」
強く響いた羽矢さんの声に、高宮も強い口調で言葉を返す。
「それが、あなた方の道を変える事になったとしても、ですか?」
睨むような目線は変わらず、高宮は、蓮と羽矢さんが答えるのを待っている。
蓮と羽矢さんは、同時に高宮へと一歩、歩を進めた。
圧を感じさせる二人の様子に、高宮は一瞬だけ表情を歪めたが、目線を動かす事はなかった。
蓮と羽矢さんは、更に歩を進め、高宮を擦り抜ける。高宮は、擦り抜けて行く二人を目で追っていた。
そして、先に続く二つの道の入り口にそれぞれ立つと、高宮へと体を向ける。
高宮は、蓮と羽矢さんの様子を怪訝にも見つめていた。そんな高宮に構わず、蓮が口を開く。
「真言教主、大日如来。両部界会、諸尊聖衆。泰山府君眷属等、閻王、護法善神の同尊なり。瑜伽荘厳の壇を飾り、泰山府君法を修す」
蓮がそう口にすると、蓮の背後の道に光が差した。
蓮に続いて、羽矢さんが口を開く。
「法子 汝行大乗 解第一義 是故我今 来迎接汝」
羽矢さんがそう説くと、同じように羽矢さんの背後の道に光が差した。
解第一義……。最高の法を解る……我、今、汝を迎えに……か。
『だから来たんだ、迎えに……ね』
僕は、回向のいる方を振り向いた。振り向いても、その姿は目に届かない……そう思っていた。
……だけど。
「我等所修……回向」
その声は届いた。
……回向。
それは、名を語ったものじゃない。
回向の声に振り向く高宮は、少しの間、回向のいる方向を見ていたが、俯くとふっと笑みを漏らした。そして顔を上げ、蓮と羽矢さんの方へと向いた。
高宮の足が、歩を進め始める。
一歩一歩、ゆっくりではあったが、踏み締める足に迷いは見えない。
僕は、見守るように高宮の背中を見つめていた。
蓮と羽矢さんとの距離が目前に迫ったところで、高宮は一度、足を止めた。
僕には、高宮の表情を窺う事は出来なかったが、蓮と羽矢さんの表情で知る事が出来る。
蓮と羽矢さんは、穏やかな笑みを高宮に向け、静かに頷きを見せた。
再度、高宮が歩を進め出す。
蓮と羽矢さんの背後から差す光が、眩しくも光を強めて、高宮の姿が捉えられなくなった。
光が和らぎ、蓮と羽矢さんの姿だけが捉えられる。
僕には、高宮がどちらの道へと進んだのか、この目で見る事は出来なかったが、きっと高宮は……。
僕は、回向の声が聞こえた方を、また振り向いた。
思いを注ぐ声が説く言葉は。
その名に背いてなどいなかった。
それは高宮に向けて、その法に思いを重ねたのだろう。
『我等所修……回向』
自分が修した最上の境地を……あなたに捧げる……と。