第16話 印文
『蓮……お前はその言葉の通り、真っ向から疑いもなく信じるか?』
『『地獄に仏』……か』
「神号はもう一つ……菩薩だ」
羽矢さんの言葉に、高宮は深く頷きを見せた。
きっと、羽矢さんの話の中に含まれているものを読み取ったからだろう。
「神仏分離は、単純に神と仏を分ける為じゃない。神と称するものに、仏教的要素があってはならないと、仏教語であるその神号を称する事を禁じた。元より神世。お前も言っていただろう、神が国を創ったとする国産みの思想だ。その神の国の主は、当然、神でなくてはならない。いや……そう言うよりも、神と崇める存在でなくてはならない。それはつまり、何を目指したかと言うと……」
続けられる羽矢さんの言葉に、高宮は頷きを繰り返していた。
羽矢さんは、高宮の表情を窺うように見ながら、止めた言葉の先を告げる。
頷きを繰り返していた高宮は、告げられた言葉に対し、反応を見せた。
表情は変わりはしなかったが、高宮の目の動きが大きく動いた。
「王政だ」
互いに合わせた目線が動かないまま、真意を覗くような目を互いに向け続ける。
高宮は、目を伏せ、ふふっと静かに笑った。
やはり……。
続く無言の状況。強くも向け続けられる目線。詰め寄られる圧に耐えられないのだろう。
蓮の時もそうだった。
高宮は、感情を整えるようにも、ふうっと長く息をつくと、目線を仰いだ。
そして、目線を仰いだまま、ゆっくりと口を開く。
「『秘密』……そう称して、真意を隠し続けるのは、何かを成す為……その何かとは、言うに事を欠くようなものと他言を禁じる……それは当然の如く……邪魔が入る事を防ぐ為です」
仰いでいた目線が、蓮と羽矢さんへと向いた。
高宮の言葉に蓮が頷く。
「ああ……そうだな」
「例えばそれを阻む事が善意であっても、成そうと決めているならば、阻まれる事があってはならない……と」
「……そうだな」
今度は、羽矢さんが高宮の言葉に頷いた。
蓮と羽矢さんの納得した様子に、高宮は、穏やかな笑みを浮かべた。だがその笑みは、寂しげにも見えた。
「紫条さん。どうぞ……話を続けて下さい。そのお話は、実に興味深い事でしょうね……」
高宮の目線が強く蓮に向いた。
蓮は、高宮を見つめながら、話を始めた。
「……ああ。宮寺が管理していた神社の祭神は権現。神仏分離が行われ、宮寺は神社のみを残して廃寺とした。だが、権現と名を称する事も出来なくなり、表立つ神は天神地祇だ。噂とは実に事を欠く。高宮 右京……神に仕える身でありながら、神殺しを肯定する神司……か」
蓮の言葉を心地良くも聞き入る高宮は、満足げに見えた。
「廃仏毀釈を免れる為に、神社と改称……お前が口にした通り、神社の数は増え、神社合祀が行われて神も廃された」
「ええ」
「廃された神は祟るか? それとも姿を消したか? じゃあ……」
蓮は、ふっと笑みを漏らしたが、直ぐに表情を真顔に変え、言葉を続ける。
「消えたその姿は何処にあるという?」
蓮の言葉に、高宮の笑みも止まった。
「元より神世。天と地が混ざり合う混沌……天も地も差別ない。明らかなるものは上部に落ち着き、暗くも濁ったものは下部へと落ち着く」
そして、蓮の言葉に、羽矢さんが言葉を加える。
「神が国を創ったとする国産み。その始まりには一つのきっかけがあった。神世の神が探したもの……」
ゆっくりと流れるその言葉を聞きながら、高宮は穏やかな表情を浮かべながら、ゆっくりと目を閉じた。
「大日如来の印文だ」