第15話 渾然
はっきりとした口調で蓮は言った。
「高宮 右京……いや。聖王」
高宮が……聖王……。
蓮の言葉を聞きながら高宮は、そっと目を伏せると、静かに笑みを漏らした。
「紫条さん……あなたは本当にそう思っているのですか?」
高宮はそう言いながら、ゆっくりと蓮に目線を向ける。その目線は強くも真っ直ぐで、蓮が口にした事を惑わせるようだった。
蓮は、高宮の目線を真っ直ぐに受け、その目が揺らぐ事などなかった。
自分が口にした事に迷いなどない。そんな強い目線だ。
互いの目線が一線に重なったまま、間が開いていく。
蓮と目線を合わせたままの高宮だったが、続く沈黙に耐えられなかったのか、困ったようにも笑みを漏らした。
それでも蓮は、表情を変える事なく、じっと高宮を見続けていた。誤魔化す事も、話を逸らす事も出来はしない……そう言っているようだった。先の高宮の問いに答える事もなく、答えない事が、口にした言葉に違いはないと決定づけている。だが、高宮は肯定も否定もする事はなかった。
暫くの間、無言の状態が続いたが、間を裂いたのは、高宮だった。
「一度、口にした言葉を違える事はないという事ですか。紫条さんらしいですね。私が聖王……成程。興味を引くお言葉ですね……」
その言葉に蓮は、ははっと声をあげて笑うと、探るような目線を高宮に向けて、ニヤリと口元を歪めた。
「それならもう少し深い話をしようか」
その言葉に高宮は、蓮の笑みに対抗するようにも、クスリと笑みを返す。蓮が何を話すのかを分かっているのだろう。
「宮寺が管理していた神社の話だ」
互いに向け合う目線。また言葉の間が開いた。
言葉のない静かな空間に、後方から微かにも足音が聞こえてきた。
近づいて来る足音が、蓮の表情に自信を溢れさせる。
……羽矢さん。
「向こうの様子はどうだ、羽矢」
そう訊く蓮に並ぶ羽矢さんは、ふっと笑みを見せると答える。
「問題ない。壇は整えられている。門が開いているのがそれを証明しているだろ。だから来たんだ、迎えに……ね」
……迎え。
その言葉を聞いた途端、住職が羽矢さんに言った言葉が不意に浮かんだ。
『一つでも漏らす事なく、導きなさい』
……そうだ……。
羽矢さんなら、言われなくても分かっている事だ。住職にしたって、羽矢さんにそう教えを説いてきたのだから、口にしなくてもいい言葉だったはず……。それをわざわざ口にした。
蓮と羽矢さんの会話が続く中、僕は高宮へと視線を向けた。
僕の視線に気づく高宮は、儚げにも見える笑みを見せた。
そんな高宮の表情を、羽矢さんはじっと見ていた。
そして、羽矢さんは高宮に言葉を投げ掛ける。
「導いていいなら……導くが。どうする」
『導いていいなら……導くが。俺は祓う事はしない……』
「……そうですね……先ずはその深い話というものをお聞かせ頂いてから、答えましょうか」
高宮の言葉に、蓮は分かったと頷いたが、目線を羽矢さんに向けた。
蓮に変わって、羽矢さんが淡々とした口調で話を始める。
「仏は神と名を変える。その神は『権現』と名を称す。若しくは『明神』だ。だが、その名さえ禁じられると、天神地祇を祭神とした。廃仏毀釈を免れる術は『改称』。権現を神と称しても、その名を持って祭神とするのを禁じたのは、権現という言葉が仏教用語だからだ。徹底的な仏教排除って訳だが、それでも神の前に神が立ち、神の迹を神が垂れる。どちらにしても神と神だ。そもそも『権現』とは『神号』だからな。それに神号はもう一つ……」
続けられた羽矢さんの言葉に、高宮は深く頷いた。
「『菩薩』」