第13話 彼岸
「急急如律令」
そう口にした蓮。その言葉で、蓮が符を投げたのだと分かった。
うっすらと白い、筋のような光が前方に伸びている。
符が道筋を示しているようだ。
その薄明かりで、互いの姿が目に捉えられた。
「高宮……辿り着く前に聞きたいんだが」
蓮は、前を真っ直ぐに向いたまま、高宮に訊く。
「お前は……誰に殺されたんだ?」
「ふふ……そんな事を聞いてどうするんです? 仇討ちなどするつもりもないでしょう?」
「まあ……な。だが……」
「なんです?」
「水景親子は、そうはいかないみたいだったからな……」
「……何を……言っているんですか……」
蓮の言葉に、高宮の口調が変わった。
おそらく、高宮は分かっている事であったはずだ。
「お前……」
蓮は、ゆっくりと高宮を振り向く。だが高宮は、蓮の目線に気づきながらも、蓮と目線を合わせようとはしなかった。
蓮の言葉が続いた。
「与えられた神号……天神だろ。ついた神格は『威徳天』ああ……それにそうだな。『自在天』って神格もか」
天神……。
『人神は、神号を与えられて神となる。例えば『天神』とかな。だがこれは特定の神の名じゃない。神格がつき、神号が確立すると、権現と言われ、それは神仏混淆と同じ……』
『神仏分離が行われても、混ざり合ってくるものは怨霊信仰です。切り離せはしません』
ああ……だから羽矢さんは、高宮に言ったんだ。
『お前も言っていたように、仏の道が開かれる以前からあった神への信仰は、祖霊崇拝、氏神信仰……それは民族信仰だ。その地で亡くなった者は、近くの山の頂上から天に昇るとされ、その霊が神聖なものと結びついて氏神となる。祖霊神という訳だ。神と結びついて、神となるって事。まんまじゃねえか』
「何の話です?」
そう言いながら、笑みを漏らす高宮だったが、その笑みは苦笑になっていた。
「お前、惚けるの、下手だな?」
「知りませんよ」
「そんな訳ねえだろ。あの二人、元々は験者だぞ。祭文など、容易だろう。そもそも、回向は確実じゃねえか」
「だから……なんです?」
蓮は、高宮から目線を外すと、言葉を続けた。
「『呪殺』ってさ……慈悲に基づく、解脱……つまり、輪廻からの解放だという考えがある。欲を満たせば、欲はなくなり、解放されるという考え方だ。それってさ……」
「……やめて下さい」
高宮の口調が重くなる。
蓮は、気づきながらも、構わず続ける。
「『彼岸』だよな」
……彼岸。
ようやく門が開くって……この事……。
彼岸はあの世を意味するものだ。
じゃあ……今……僕たちが向かっている場所って……。辿り着く前にって蓮が言ったのは……。
「今……回向はこう説いているぞ」
「……」
無言になった高宮に、蓮は言葉を続けた。
「世間一切欲清浄故 即一切瞋清浄……清浄故即一切罪清浄」
この世、全ての存在と行いは、その本性が清浄であるという事。本性が清浄であるならば、その罪も清浄だと説いている。
それは……。
回向が初めに説いた事に繋がるものだ。
『説一切法清浄句門 所謂』
生きとし生けるもの全て、存在も行いもその本性は清浄である……か。
そして……あの言葉。
『受け入れられない謝罪は、意味を持つ事もなく、また怨みへと変わる……その繰り返しだ。怨念が大きく膨らみ、祟りだと手に負えなくなれば、神と祀り上げ、国家鎮護の神であれと平伏する。それでも災いが治らなければ、更に神号を与え、調伏し、数々の神号を持った人神は、分身でも出来たかのように荒魂と和魂を使い分ける』
蓮がピタリと足を止めた。僕も高宮も足を止める。
これって……。
僕は、小さくも息を飲んだ。
大霊山を登った時と同じだ。
道が二つに分かれている。
蓮は、高宮へと目線を戻すと、こう言った。
それは、回向が行った神宿りの時に、高宮が口にした言葉に繋がるのだろう。
「進む道は……お前が決めろ」