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処の境界  作者: 成橋 阿樹
第四章 法と呪
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第13話 彼岸

急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう

 そう口にした蓮。その言葉で、蓮が符を投げたのだと分かった。

 うっすらと白い、筋のような光が前方に伸びている。

 符が道筋を示しているようだ。

 その薄明かりで、互いの姿が目に捉えられた。


「高宮……辿り着く前に聞きたいんだが」

 蓮は、前を真っ直ぐに向いたまま、高宮に訊く。

「お前は……誰に殺されたんだ?」

「ふふ……そんな事を聞いてどうするんです? 仇討ちなどするつもりもないでしょう?」

「まあ……な。だが……」

「なんです?」

「水景親子は、そうはいかないみたいだったからな……」

「……何を……言っているんですか……」

 蓮の言葉に、高宮の口調が変わった。

 おそらく、高宮は分かっている事であったはずだ。

「お前……」

 蓮は、ゆっくりと高宮を振り向く。だが高宮は、蓮の目線に気づきながらも、蓮と目線を合わせようとはしなかった。

 蓮の言葉が続いた。


「与えられた神号……天神だろ。ついた神格は『威徳天』ああ……それにそうだな。『自在天』って神格もか」

 天神……。

『人神は、神号を与えられて神となる。例えば『天神』とかな。だがこれは特定の神の名じゃない。神格がつき、神号が確立すると、権現と言われ、それは神仏混淆と同じ……』


『神仏分離が行われても、混ざり合ってくるものは怨霊信仰です。切り離せはしません』


 ああ……だから羽矢さんは、高宮に言ったんだ。

『お前も言っていたように、仏の道が開かれる以前からあった神への信仰は、祖霊崇拝、氏神信仰……それは民族信仰だ。その地で亡くなった者は、近くの山の頂上から天に昇るとされ、その霊が神聖なものと結びついて氏神となる。祖霊神という訳だ。神と結びついて、神となるって事。まんまじゃねえか』


「何の話です?」

 そう言いながら、笑みを漏らす高宮だったが、その笑みは苦笑になっていた。

「お前、惚けるの、下手だな?」

「知りませんよ」

「そんな訳ねえだろ。あの二人、元々は験者だぞ。祭文など、容易だろう。そもそも、回向は確実じゃねえか」

「だから……なんです?」

 蓮は、高宮から目線を外すと、言葉を続けた。


「『呪殺』ってさ……慈悲に基づく、解脱……つまり、輪廻からの解放だという考えがある。欲を満たせば、欲はなくなり、解放されるという考え方だ。それってさ……」

「……やめて下さい」

 高宮の口調が重くなる。

 蓮は、気づきながらも、構わず続ける。


「『彼岸』だよな」

 ……彼岸。

 ようやく門が開くって……この事……。

 彼岸はあの世を意味するものだ。

 じゃあ……今……僕たちが向かっている場所って……。辿り着く前にって蓮が言ったのは……。


「今……回向はこう説いているぞ」

「……」

 無言になった高宮に、蓮は言葉を続けた。


世間一切欲清浄故せかんいっせいよくせいせいこ 即一切瞋清浄そくいっせいしんせいせい……清浄故即一切罪清浄せいせいこそくいっせいさいせいせい

 この世、全ての存在と行いは、その本性が清浄であるという事。本性が清浄であるならば、その罪も清浄だと説いている。

 それは……。

 回向が初めに説いた事に繋がるものだ。


説一切法清浄句門せいっせいほうせいせいくもん 所謂(そい)

 生きとし生けるもの全て、存在も行いもその本性は清浄である……か。


 そして……あの言葉。

『受け入れられない謝罪は、意味を持つ事もなく、また怨みへと変わる……その繰り返しだ。怨念が大きく膨らみ、祟りだと手に負えなくなれば、神と祀り上げ、国家鎮護の神であれと平伏する。それでも災いが治らなければ、更に神号を与え、調伏し、数々の神号を持った人神は、分身でも出来たかのように荒魂と和魂を使い分ける』



 蓮がピタリと足を止めた。僕も高宮も足を止める。


 これって……。

 僕は、小さくも息を飲んだ。

 大霊山を登った時と同じだ。


 道が二つに分かれている。

 蓮は、高宮へと目線を戻すと、こう言った。

 それは、回向が(おこな)った神宿りの時に、高宮が口にした言葉に繋がるのだろう。


「進む道は……お前が決めろ」

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