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処の境界  作者: 成橋 阿樹
第四章 法と呪
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第11話 悉地

「ようやく……門が開く」

 蓮は、そう呟くと、クスリと笑みを漏らした。


 門が……開く……。


「|一切有情調伏故忿怒調伏《いっせいゆうせいちょうふっこふんどちょうふく》」

 檜扇が大きく風を切る。

 同時に炎の勢いが凄まじい程に膨れ上がった。

 火の玉から放たれる炎を押し潰すかのように、回向の放つ炎が炎を飲み込んでいく。

 再度、回向が檜扇を振ると、バッと風を切り、一瞬にして炎が消えた。

 回向は、檜扇を下ろしたが、閉じる事はなかった。

 芯の通った揺るぎない、力強く地を踏む足。

 使う法力のこれ程の威力を見せても、息が切れる様子など全くない。尚一層、力を得ているようだ。

 相当の精神力と体力だ。


 炎が消えたと同時に上がった黒煙。

 その黒煙が目前に闇を作っていた。

 羽矢さんと住職の姿が、今度は黒煙によって遮られる。

 それでも。


「開示」

 導くように羽矢さんの声が聞こえた。

 羽矢さんの声に回向は、檜扇を前に向けて構えると、答えるように言葉を返した。


合殺(かっさつ)


 霊山で二人が諷誦した時と同じ言葉だ。

 回向が口にした合殺とは、その文字をそのまま捉えるものではない。

 大日如来に帰依するという、そして一体となるという意味を持つものだ。


 回向は、檜扇を黒煙へと向け、じっと前を見据えたまま、口を開く。

南麼三曼多勃駄喃なうまくさんまんだぼだなん 悪掲娜(あぎゃなう) (えい) 蘇婆訶(そわか)

 そう唱えると、黒煙の中から膨れ上がるように、炎が大きく上がった。

 再度、燃え上がった炎は、さっきまでの炎よりも色が濃く、黒煙を交えて赤黒く見えた。

 火の玉から上がった炎が飲み込まれても、その執着、執念を黒く(くすぶ)り残し、黒煙として吐き出したように思えた。

 だがそれが次第に、赤黒かった炎が大きくなる度に、鮮明な赤へと変わっていく。

 まるで、その執念、全てを焼き尽くすかのように、真っ赤に染め上げるようだった。


 ……凄い力だ。


 僕は、目の当たりにする回向の力に圧倒される。

 檜扇が振られる度に、炎が回向に従う……そう見えた。

 手に馴染むかのように檜扇を容易に操る事も。

 その法力に、回向自身、劣る事はない。

 まるで、法力そのものが、回向という存在を示しているようだ。


 燃え上がる炎に隙間が開いた。

 その隙間から不動明王の像が見える。その不動明王から、炎が放たれているように見えた。


『正体の教令輪身を明かそうか?』


『だったら全てを明かせばいい』


 羽矢さんの言葉に、回向はずっと躊躇いを見せていた。

 だけど今は……。


 腕に刻んだ不動明王の種子字。

 大日如来の化身……調伏してでも正しい方向へと導く為の教令輪身。それが不動明王なのだから。

 羽矢さんが回向に詰め寄るようにも言っていたその言葉が、この現状に重なった。


 『門が開く』

 確かにこれは成せる者でなければ、当然、成す事が出来ないものだ。

 つまりは『瑜伽』……仏との結び付きを自身に成す。それはその身、口、意によって行うものだ。

 その身で印契を結び、口に真言を唱え、意識において本尊を念ずる。観想だ。


 神祇伯が回向の隣に並び、その場に座した。

 回向も合わせて座す。

 神祇伯は、印契を結ぶと口を開いた。

 言葉を唱える口、その意識において、成就への門が開かれる。

 いや……もう……神祇伯と言うより、和尚(わじょう)と言った方がいいのだろう。

 かなりの力の大きさを秘めている、そんな気迫を感じ取れる。


 真っ赤に燃え上がる炎をじっと見据えて流れる声が、はっきりとした声を低くも強く響かせた。


 蓮が口にした事が、事象となる。


「『秘密』……その全てを開示する」

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