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処の境界  作者: 成橋 阿樹
第四章 法と呪
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第10話 法門

『河を舟で渡るには渡し賃がいる。棺に入れる六文銭、今ではそれを描いた紙だ。だが……生前にその取引が済んでいたなら、話は早い。対価以上を要求する事も可能だろう。例え、戻る体がなかったとしても、『依代』に与えればいい。だがそれは……復活の為の供物として、だ』


『ここには……賽の河原がありますから、そこを使ってお迎えにあがりましょう』


 それは……神仏との境界……。


 神祇伯の目前で、大きく炎が膨らんだ。


「何してんだよっ……! 動けよ! 親父っ……! 膨らみ続けるだけの欲に、全てを閉ざさせるつもりか? 呪殺を望んだ者同士が、その願いを叶える為に()()()()()()()()……その結果が、あんたの境地を狂わせたんだろーがっ……!」

 回向は、そう叫びながら、檜扇を大きく振り翳した。

 目前に広がった火の玉から発せられる炎に対抗するように、振られた檜扇から炎が巻き起こる。

 互いに発せられた炎が、混ざり合う事なく反発し、激しく押し合う。

 あまりの炎の激しさに、蓮と僕も立ち上がった。


 羽矢さんの言葉が脳裏を過ぎる。


『最強の法をもって滅しなければ、滅する前に怨みを買うぞ』

 怨み……。

 ……最強の法……滅する……。

 それは当然、調伏するという事だ。


「回向っ……!」

 蓮の叫ぶ声に、僕はハッとする。

 大きく膨らんだ炎は、隙間などなく、羽矢さんと住職の姿を見せる事はなかった。

 そればかりか、火の玉から発せられた炎の勢いが強まり、回向を飲み込むようにも襲い掛かる。

「回向っ……! 念がお前に集中したぞ!」

 蓮の声に回向が答える。

「言われなくても分かっている! 初めからそのつもりだ……!」

 炎を押さえ付けようと振られる檜扇。それを回向が操る事で、回向が的になったのだろう。

 ……的……。

「蓮……的になったって……事ですよね……」

「ああ。霊山で羽矢が矢所になったのと同じようにな」

「矢所……それでは……」

 僕は、檜扇を振り続ける回向を見つめた。



光明徧照(こうみょうへんじょう) 十方世界(じっぽうせかい) 念仏衆生(ねんぶつしゅじょう) 摂取不捨(せっしゅふしゃ)

 炎の向こう側から、羽矢さんの声が聞こえてくると、回向が声を返す。

説一切法清浄句門せいっせいほうせいせいくもん 所謂(そい)

 そして……続けられた言葉は、秘められた本当の意味を伝えるのだろう。


設害三界一切有情せっかいさんかいいっせいゆうせい不堕悪趣(ふだあくしゅ)

 檜扇が風を巻き起こし、放たれた炎を煽る。

 炎を煽る風が、檜扇から放たれた炎を大きく膨らませた。

 回向は、そこで言葉を止めず、強い口調でこう口にした。


為調伏故(いちょうふっこ)


 当主様に答えた回向の言葉が、今ここで聞こえるようだった。


『生きとし生けるもの全てを害したとしても、害した事が『因』であり、『我』ではなく、その因によって全ての界を流転する。因を調伏して滅せれば、地獄に落ちる事はない……そうお答えします』



 更に続く回向が口にする言葉に、蓮はクスリと笑みを漏らした。

『抜粋して使ってんじゃねえ。手を抜いてんのか? やるなら本気でやれよ』


「|復説一切調伏智蔵般若理趣《ふっせいっせいちょうふくちそうはんじゃりしゅ》 所謂(そい) 一切有情(いっせいゆうせい)……」


 回向の口から流れる言葉に、神祇伯は驚いた様子でゆっくりと立ち上がった。

 回向がそこまで深く知っているとは思わなかったのだろう。

 それ程までに理解しているという事に、僕も驚いていた。

 だが、蓮も羽矢さんも、回向がそれ程までに力を得ていると分かっていた。


「|一切有情調伏故忿怒調伏《いっせいゆうせいちょうふっこふんどちょうふく》」


「ようやく……」

 蓮は、回向を見つめながら呟いた。


「門が開く」

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