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処の境界  作者: 成橋 阿樹
第四章 法と呪
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第6話 説示

 さっきまでとは違い、異空間へと繋がっていると思わせる、開いた空間。

 時折、本殿へと流れ込む、生温い風と冷ややかな風が体を掠めていく。


 神祇伯は、手にした檜扇へと目線を落とし、ふっと静かに笑みを漏らした。

「……無量。故に……『 摂取不捨(せっしゅふしゃ)』……か。奎迦の奴……」

 そう呟くと神祇伯は、檜扇を両手でグッと握ると、目線を上げる。険しくも表情を変え、本殿へと体を向き直した。


尽十方(じんじっぽう)の諸仏に帰依し、奉る……」

 

 ……帰依。

 その言葉が神祇伯の口から出た事に、羽矢さんと回向は顔を見合わせ、笑みを見せていた。

 羽矢さんは、神祇伯の動きに合わせるように、神祇伯が持つ檜扇が大きく振られると指を弾き、使い魔を解いた。

 重さを持った風が流れ、神体へと群がった火の玉を、その場に平伏させるかのように、地へと押し付ける。


「大威徳を成就し、真言は大日如来自体であり、化身を現し、神変(しんぺん)を為す……南麼三曼多勃駄喃なうまくさんまんだぼだなん (あん)

 神変を為す……奇跡を起こすという事だ。

 凛とした佇まいで、はっきりと流れる神祇伯のその声は、しっかりとした重さを持っていた。

 阿弥陀如来と大日如来から放たれる光が、重なり合って一つとなり、檜扇へと流れ込むように向かった。

 檜扇に光が注ぎ込まれるように集まると、神祇伯は檜扇を閉じ、回向へと差し出した。

 回向は、黙って檜扇を受け取ると、ギュッと握り締めた。

 そして、神祇伯は、本殿を真っ直ぐに捉え、印契を結ぶ。

 使う力は誰にも引けを取らない。

 真言を唱えるその声も、印契を結ぶその手も、格が違うと思わせた。


南麼三曼多勃駄喃なうまくさんまんだぼだなん 梅嚩娑嚩哆也(べいばそばたや) 蘇婆訶(そわか)


 印契を結んで、唱えられた真言に、羽矢さんはニヤリと笑みを浮かべた。

 そして、羽矢さんは本殿を前に……いや……壇が整えられていると確信しての事だろう、黒衣をバサリと翻すと、地に跪いた。

 羽矢さんの動きに、僕たちも合わせ、地に跪く。

 真っ直ぐに繋げられた道……そこを通る間を開けて。


 背後から……強く吹き抜ける風の音が、耳にではなく頭の中に流れ込んでくるような感覚だった。


「……依。目を伏せて、絶対に振り向くな」

 蓮が小声で伝えた。

「はい。分かっています」

 皆、目を伏せ、流れる風の感覚が通り過ぎるのを待った。

 黒衣が揺れたのが、横目に見える。

 ……住職……。

 住職が戻って来たという事は……閻王が下界に……。

 こんなにも早く下界に戻って来たなんて、冥府と下界の時の差が……変わっていない。

 繋げた道にもよるのだろうか……。


『繋がっているじゃねえか、仏の道に。それも……真っ直ぐにな』


 真っ直ぐって……そういう意味でもあったんだ……。


 住職のゆっくりとした足取りだけが過ぎ去って行く。

 だが、住職の他にも過ぎ去って行く気配は感じ取れていた。


「羽矢。右に立ちなさい」

 住職の声に羽矢さんが答える。

「承知」

 羽矢さんの黒衣がバサリと音を立てると、羽矢さんの声が流れた。


「界一切の諸仏に礼拝(らいはい)し、奉る」

 ……諸仏……。


 冥府の番人『死神』に、初めから託されていた。

 近道……身代わり……。


「どうぞ……お顔をお上げ下さい」

 静かに流れる住職の声。


 僕たちは、ゆっくりと顔を上げる。

 閻王が下界に来るとするならば、その姿は……。


 ……地蔵菩薩。

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