第31話 薫習
本殿の奥に秘められた姿。
それを明かそうとした僕たちの前に現れた回向の父親は、国の祭祀を司る神祇伯だと蓮は言った。
冷ややかさを伝えるその雰囲気は、真意を見せる事はない。
蓮は、口元にそっと指を立て、クスリと笑みを漏らすと言った。
「俺には、経典も聖典もない。その秘密を、口伝えに理解している『絶対秘術』だ」
手にしていた弓を高宮へと投げ渡し、ゆっくりと瞬きをする蓮は、弧を描くように足先を地に滑らせ、指を空を舞う人形へと向けた。
蓮の指が上から下へと動くと、ズンと沈むような重さを与える。
……この感覚……。
霊山で依代を押さえ付けたのと同じように、人形が揃って下がり始めた。
灯籠の明かりがやけに赤くて、霊山での蓮の言葉が頭に浮かぶ。
『地獄に落とせ』
だが、人形は地までは沈まず、僕たちの周りを囲むように止まった。
蓮は、回向の父親、神祇伯の表情を窺うように目を向けると、それ以上、動きを見せる事はなかった。
蓮……わざと人形をこの位置に止めたんだ。
互いに目線を捉えていたが、言葉はなかった。
冷ややかな表情は変わる事はなかったが、真意を窺うような蓮の目線が不快に感じているようだ。
蓮は、ニヤリと口を歪ませると、聞き覚えのある言葉を口にした。
僕は、蓮が口にした言葉に驚いていた。
「『私に従え。従わなければ、即刻、焼き殺す』」
それは、霊山で聞こえた言葉そのものだったからだ。
ああ、そうか……。
『怨念を持った魂は、祟りを鎮める為に宥めて祀り、調伏する……怨念の強さに匹敵する神の力と結び付けるのは調伏する為だ』
確かに、あの言葉は、調伏を示していた。
「……ふふ……絶対秘術。流の子息だけの事はある、か」
当主様と共に国に仕えている神祇伯……詰め寄るような蓮の言葉に、笑みを漏らしてそう言うと、檜扇を手にした。
「開扉したくなるまでとは、成程……よく言ったものだ」
目を伏せながらふっと静かに笑みを漏らし、手にした檜扇を煽るように動かした。
灯籠の明かりが弾けるように火花を散らし、人形に次々と火が点いていく。
人形に火が点いた事で、僕たちは炎に囲まれていた。
霊山での状況と重なる現状。
檜扇が炎を煽り、勢いを増した。
蓮は、待っていたとばかりにニヤリと笑うと口を開く。
「業に従っているまで、か。その檜扇……ああ、俺も成程、だ」
「ならば……従わせてみるといい。この私を」
伏せた目を強く見開き、檜扇を蓮へと向けた。
蓮は、神祇伯を真っ直ぐに捉えながら、言葉を並べていく。
……ずっと……その言葉が体に染み付くように流れていた。
「眼、視覚に置き、耳、聴覚に置き、鼻、嗅覚に置き、舌、味覚に置き、身、触覚に置き、意、知覚に置く。全てに識を置き、『処の境界』を定める」
蓮の言葉を追うように、背後から静かに回向の声が流れた。
「色、視覚に置き、声、聴覚に置き、香、嗅覚に置き、味、味覚に置き、触、触覚に置き、法、知覚概念全てに『識』を置き、『界』を説く。我が器を処とし、境界を定める」
我が器。境界。
その識は、真理として留められたものでもあり……。
善でも悪でも、その行為の影響が移り香のように染み付く。
……薫習。