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処の境界  作者: 成橋 阿樹
第三章 天と地
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第28話 鏡像

 蓮が蹴った地から土埃が舞い上がり、羽矢さんと回向の姿を隠していく。


「開扉したくなるまで、相手は俺だな」


 あの時、羽矢さんが言った言葉。

『蓮……お前は神の道を行け』

 蓮も羽矢さんも、何が起ころうとも自分が決めた道を迷わずに歩いている。

 ……例え……その身を犠牲にしようとも、臆する事などなく、真っ直ぐに。



「開扉したくなるまで……か。ふふ……その姿を隠したところで何になるという? 私は、絶対に開扉しないと言っただろう。見せる事のないものに、開扉する理由など何一つない」

 呆れたように息をつき、だからなんだと蓮を見る回向の父親はそう言った。

「見るに及ばないか?」

 蓮は蓮で、対抗するようにもそう言って、ニヤリと笑う。

「……」

 無言で蓮を見るその冷ややかな目に、蓮の笑みが捉えられている。

 蓮は、その目線を捕まえ、自分の視界に留めるようにじっと見つめた。

 互いに目線を捉えたまま、間が開いていく。

 不思議と緊迫感はなかった。それは両者共、余裕を持っているからだろう。


 止まった会話。間は開いていくばかりだったが、蓮の言葉に興味を示している様子もなく、回向の父親は、無言のまま拝殿の奥を見るように目線を変えた。

 拝殿の奥に見える光は、本殿に置かれた依代に宿った光だ。


『まだ……光はあるか?』


 羽矢さんの言った言葉が、頭の中に流れる。

 その光がある限り、希望は(つい)えない……そんな思いが伝わってくるようだった。


「それとも……見せられる状態にないか?」

 探りを入れるような蓮の口調に、冷ややかにも目線が動いた。

 僅かながらにも反応を示した事に、蓮は確信を得たようだった。

 蓮も拝殿の奥へと目線を向け、ゆっくりと口を開く。


「神の依代とされる鏡……あれは鏡像だ。それは銅鏡で、鏡面には仏の姿を表すものが描かれている鏡像、つまり『御正体(みしょうたい)』を神社に奉納していた。神仏混淆であったが故の事だろ。本地仏の姿に限らず、種子とか、な……?」


 ……種子。

 その言葉に、腕に刻まれている種子字が直ぐに思い浮かんだ。


「ふふ……」

 回向の父親は、俯いて笑みを漏らした。

 その笑う声が段々と大きくなり、顔を上げると空を仰ぐ。

 まるで……笑う声を天へと向かわせるように。


 回向の父親は、笑みを止めると、ふうっと長い息をついた。


「……私はね……」

 拝殿の奥を見つめる目線は変わらず、ゆっくりと口を開き始める。

「業に従っているまでだ」

 ふっと漏らす笑みは、寂しげにも見えた。

 その表情が何故か、あの時の当主様の表情と重なった。

 堂から運び出された仏の像を見送っていた時の、あの表情に。


 そして……。

 ようやく蓮を振り向いた回向の父親は、蓮へと手を差し出すように向けた。

 吐き出される言葉は、呪縛のようについて回る、拭い切れないものだった。



「自らの手で……その目を刳り貫いたのだから」


『投げ出された仏の像を目の前に、自らの手で仏の目を刳り貫けと迫られたら……お前は出来るか?』


『俺には……』

 ……回向……。


 クッと肩を揺らして笑うと、回向の父親は言葉を続けた。


「私にはそれが出来たんだよ」


『俺にはそれが出来るんだよ』

 ……その罪を背負うと……決めたんだ。

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