甘い毒
翌朝、再びノルツ殿下は公爵邸を訪れた。
「やぁ、リンカ。調子はどう?」
ノルツ殿下は、新緑の瞳を細めて微笑む。今までよりもどこか甘い柔らかな視線に、どくん、と胸が高鳴る。
……ああ。ノルツ殿下は本当にわたしに復讐するつもりなんだわ。
だったら、わたしにできることは。
ノルツ殿下の張りぼてで復讐のための愛を喜ぶこと。
「……はい、お陰さまでかなりよくなりました」
わたしが頷くと、ノルツ殿下は表情を曇らせた。
「本当に?」
そう言って、わたしの頬に手を添えて、額と額をくっつける。
「……っ!」
かぁっと体温が上がり、どくどくと心臓が脈打つ。
ノルツ殿下!? いくら、わたしに復讐するためとはいえ、それはやりすぎじゃないかしら。
でも、今までにないほどの急激な接触に、復讐のことなんて忘れて喜んで、視界が滲む。
「熱い。それに、瞳も潤んでいるね。やっぱりリンカ、君はまだ安静にしていた方がいい」
そう言って、ノルツ殿下はわたしを抱き上げた。
「ノルツ殿下!?」
「暴れないで。落とすと危ない」
で、でも。
こんなのって。
困惑するわたしをよそにそのまま応接室を出て、ノルツ殿下はわたしの部屋のベッドに横たわらせた。
そして、ご丁寧に布団もかけてくれる。
ポンポンと、布団を優しく叩かれれば、まるで幼い頃お母様に寝かしつけられた時みたいで、なんだか胸がくすぐったい。思わず、頬が緩む。
「──リンカ」
そんなわたしの名前を愛おしそうに、呼んでノルツ殿下は指を絡めた。
「愛しているよ」
愛してる。それは、ノルツ殿下から、初めて聞く言葉だった。
これが、本当だったなら。どんなに嬉しかっただろう。
何度も何度も夢想した。ノルツ殿下にそう言われる日を。
でも、それが嘘だとわかっていると、こんなに虚しいなんて。
空虚な気持ちに蓋をしてわたしは微笑む。
「はい。わたしも愛しています」
「本当に?」
ノルツ殿下が瞬きをして、それから嬉しそうに頬を緩めた。柔らかなその表情に息が詰まる。
──心の底から、あなたのことを愛しています。たとえ、あなたがわたしを愛していなかったとしても。
「ずっと、一緒にいよう」
今まで一度も聞いたことがないほど、甘い甘い言葉。砂糖菓子みたいに口の中でほどけたそれを呑み込んだ。
いつか、この言葉が致死量に達するまで、わたしはあなたを更に好きになり、愛し続けましょう。
──その先にあるのが、別れだとしても。