六話 鎮魂歌
魔法までいきませんでした。楽しみにして下さっていた方がいれば、すみません。
「取り敢えず、外に出る。蝋燭が勿体無い。」
また無機質な話し方に戻った。多分話し方を変えていると思うんだが……。まあ、いつ自分を殺すか分からない奴の前だからな。仕方の無いことだと思う。
エリシャが扉を明けて、蝋燭を消して回った。その間に俺はまた女の死体を担ぐ。そのまま扉の外に出ると、新鮮な空気の味がした。まあ、甘い匂いと血の匂いは変わらないが。この死体何とかしたいな……。
「なあ、この死体をどうにかしないか?」
「そのつもり。ついてきて。」
エリシャは蝋燭を荷物の場所に戻すと、そう返事をして歩き出した。このまま死体を持っていけば良いのか?兎も角ついていくと、エリシャはまたあの窓から外に出て、今度は右に曲がった。枯れ草だらけの所を歩いていく。
角を曲がってたどり着いたのは、この教会の裏手だった。日が当たる中、掘り返されたように見える土が小さな山になって、それが沢山ある。
「ここに、埋めるのか?」
「うん。火葬する場所は無いし、此処なら魔物もよって来ない。」
そう言われても、殺人犯が証拠隠滅をはかっているようで嫌な感じだ。それに、この掘り返された跡とエリシャの口振りに、妙な考えがちらつく。
どう暮らしているのか知らなかったが、もしかして人を殺しては身ぐるみ剥いで此処に埋めたりしていたのか?一応本人は善意の固まりみたいに言っていたし、エリシャに警戒はされても敵意は無いように感じたから、そんなことはしないと信じていたいが……。
「なあ、此処って死体が幾つも埋められてるのか?」
死体を下ろして口から出たのは、そんな遠回しな質問だった。
「うん。」
エリシャは当然のようにそう答えると、不意に死体に近付いて服を脱がせ始めた。酷い光景に黙ってその様子を見ていることしか出来なかったが、
「どうしたの。早く手伝って。」
その声に従って俺は服を脱がせ始めた。
「あの、何だ。慣れてる……のか?こういう作業。」
「まあ、慣れたくはない作業だけど。確かに私は慣れてる。」
「それは、人を殺しているってことか?」
「いや、流石にそれはやってない。」
彼女は制服のブレザーを脱がすと、そこで手を止めて答えた。俺も手を止める。
「此処は、昔からあった教会。蘇生魔法が人に使えた時代、所謂神代の人々は各地に教会を立てた。其処に、一帯で寿命以外で死んだ人が送られる。私は、その人たちの持ち物を奪って、こうして生きている。だから、死体から物を奪うのは慣れてるけど、殺したことは無い。」
知らない言葉があったし、詳しく訊きたいことは沢山あった。だが、何よりもエリシャの表情が気になった。自己嫌悪が感じられる顔をしていた。何か慰めを言おうとして、俺には何も言うことが出来ないことに気付いた。数秒の沈黙が流れ、
「悪い、失礼なこと訊いたな。ごめん。」
結局、俺は謝ることしかしなかった。
「大丈夫。それより、もう埋める。」
エリシャは少し離れた物置小屋からスコップを持ってきて、それを俺に手渡した。これで掘れってことなのか?場所はどうしたらいいのだろうか。
「掘り返されている土は掘らない方が良いよな?」
「うん。」
まあそうだよな。適当な場所を見つけて掘り始めたが、靴がやはり欲しい。ふと気になってエリシャの方を見ると、エリシャはすぐそばに来ていて、
「これ、サイズ合う?」
不安そうな顔で、両手にスニーカーを持って俺を見ていた。女の死体は、いつの間にかスニーカーを脱いでいた。
普通に考えれば、死体漁りなど下衆の行為だと思う。善意では無い。憐憫でも無い。ただ、エリシャの不安そうな顔を見て、覚悟を決める。
「試してみる。ありがとうな。」
エリシャ、この幼馴染みの顔を持つ少女と二人、落ちれる所まで落ちてしまおう。エリシャと同じだけの事をして、その上でこれは悪い事だと思うなら言えば良い。エリシャにだけ手を汚させて純潔ぶるつもりは無い。むしろ、積極的に汚れにいこう。そんな思いが伝わったのか知らないが、エリシャは嬉しそうに、少しの陰のある笑顔で
「うん。」
と言った。スニーカーのサイズは、俺の足が小さめだったためか、若干きついものの問題なくはけた。デザインも男が履いておかしいものではないし、有り難く使わせてもらおう。
靴を履いたことで、掘る効率は格段に上がった。スコップは一つしか無かったようで、エリシャは見ているだけだ。折角なので、作業しながら色々な話を訊いてみた。
「この教会って、この辺で死んだ人が送られてくるのか?」
「うん。ただ、この辺は魔物が多くて危険だから、余程の事情がある人じゃないと近付かない。」
「事情っていうと?」
「盗賊とか、密売人とか。どっちも食べ物は一杯持っていて助かる。後は、稀に難民の人が来るくらい。みんな、生きている人は殆ど来ない。」
「それは、誰かが片付けに来たりしないのか?」
「一応、月に一回担当の人達が来る。その日は、向こうの街まで出掛けて過ごす。ついでに買い物なんかもする。」
そう言ってエリシャが指差した方を見ると、確かに街がある。かなり遠いが、あそこまで行くのか。っと、作業は中断しちゃ駄目だ。
「魔法について教えてくれ。」
魔法は、戦力になるかも知れないし生活の助けになるかも知れない。知っておいて、あわよくば使えるようになって損は無い。
「えっと、その質問は大雑把過ぎ。もう少し訊きたい事を絞って。」
「あ、悪い。ええっと、転移魔法に干渉したのが神の証拠みたいな事言ってたよな。その辺について教えてくれ。」
あまり神様の証拠に拘るのはさっきの取り敢えず信じるっていう考えに反するが……。それくらいはいいだろう。
「分かった。えっと、さっき言った神代、その時代には人も神も獣も魔法で何でも出来た。転移でも蘇生でも時間操作でも魂魄操作でも天を落とすことも地を裏返すことも、本当に何でも出来た。」
そこかしこで天変地異や蘇生が行われていたのか?
「それはいくら何でも滅茶苦茶じゃないか?」
「そう。だから、その状況を良くないと判断した主神様は、獣と人に使える魔法を大きく制限、神々にも使える魔法を制限させた。その結果、人には転移や一部強力過ぎる魔法は使えないけど、神には使えるようになった。」
「悪い、質問。さっき言ってた魂魄操作っていうのは、この隷属状態でいいのか?」
「違う。それは、私が人より優れている種族だから契約魔法で支配出来ているだけ。最低限、人より優れている種じゃないと隷属させることは出来ないけど、人より優れた種は神しかいないから証拠になる。」
「そうなのか。それとは別に、転移に干渉したっていうのは神様だから出来た事なんだな?」
「うん。」
魔法の使い方なんかは分からなかったが、歴史とか種族とか、それとエリシャが神様である証拠なんかも聞けた。十分だ。そして、穴の方も掘り終わった。
「掘り終わったけど、此処に入れれば良いのか?」
「うん。なるべく丁寧に入れて。」
スコップを壁に立て掛けて、女の死体を持つ。それを深く掘ったつもりの穴に横たえるが、意外とギリギリの深さだった事に気が付く。
「もう少し掘るか?」
「いい、十分。」
そう言うとエリシャは女の手を前で組ませて、瞳を閉じさせた。俺の隣に来ると、俺に座るよう促して、自身も座った。エリシャ何か呟き始めた。多分、こっちの文化での祈りか鎮魂なのだろう。これは適当に真似をするより、心を込めてやった方がいいだろうと思って、俺は前で手を合わせた。
安らかに成仏して、天国で幸せに暮らして下さい。あなたは俺の事を許さないかも知れないけど、俺はあなたの幸せを祈ります。叶えたかった願いを、次の人生で叶えて下さい。
微妙に言っている事の一貫性の無い祈りを捧げ終えた時には、エリシャも立ち上がっていた。どちらからともなく、静かに土をかけ始めた。手で土を掬って、それを乗せていく。女の体が見えなくなっても、顔に土は殆ど乗っていなかった。
どうか幸せに。
そんな、女にとって残酷な願いを、他でも無い俺が祈って、女の血に塗れた、綺麗な顔に土をかけた。其処から顔も埋められていって、最後には他と同じように盛り上がった山があるだけだった。終止、俺達は無言だった。
次こそ魔法にいきます。