四話 自己紹介
無駄に複雑な自己紹介です。
自己紹介をしたいと彼女に言うと、彼女は
「良いよ。」
とだけ言った。正直許可されないかもと考えていたから、一安心だ。さあ、此処からが本番だ。
「俺は夕凪曜哥って言うんだ。えっと、日本って所から来たんだ。」
意気込んだ割に、言える事は少なかった。好きな食べ物や本は使えないし、貴女を殺しに来たなんて言える筈も無い。いや、殺す気は無いけれども。そう言えば日本から来たと言ってしまったが、彼女は俺が転移者、勇者だってことを知っているのか?
「一応、転移者だから勇者ってことになる。」
水を飲んで彼女の反応を窺う。
「うん、知ってる。私を殺しに来たんでしょ。」
飲みかけた水を戻しそうになる。ゆっくりと飲み込んで心を落ち着ける。一応避けていた話題だけど、勇者って言えば魔王を倒すのは当然か。いや、彼女を魔王と言った時、彼女は否定していたか?兎も角、何か言わないと。
「ええと……まあ、そうだ。ただ、俺は殺す気は無いんだ。むしろ、守りたいと思っている。」
どうだろう。伝えてはみたが、当然ながら信用はしていないようだ。理由を言ってみるか。人が聞いたら巫山戯た理由だと思うかも知れないが、言わないよりはマシだろう。
「此処に転移する前、神様から聞いたんだ。魔王を倒したら願いを叶えてやるって。それでさ、俺は叶えたい願いが有ったから転移したんだ。」
「だと思った。それで、昨日の女の人もあなたも私を殺しに来てる。」
やっぱり全く信じられていないみたいだ。これが少しでも信じてくれれば良いんだが……。
「最後まで聞いてくれ。俺の願いっていうのが、幼馴染みに会うことなんだ。三年前にいなくなって、それからずっと探してたけど見つからなくて、それでその願いを叶える為に此処に来たんだ。そうだ、白岸狹夜っていうんだよ、その幼馴染み。昨日何度か狹夜狹夜って呼んだだろ?本当にそっくりなんだ。少なくとも、俺は狹夜の顔をした奴を殺したいとは思わないし、そいつが傷つくのも嫌だ。だから、殺す気は一切無い。俺はお前の味方をしたい。信じてくれ。」
頼む。伝わってくれ……!
「本気で、言ってるの?」
「ああ、本気だ。恩を着せるようで悪いが、だから昨日あの女から守ろうとしたんだ。」
こんな言い方はしたくなかったが、俺は味方だと知っていて欲しい。その為だから許してくれ。数秒の時間が流れた。彼女の口が何か言いたそうに開き、閉じることを繰り返して、
「ごめん。あなたの話は信じられない。助けてくれたことは確かだけど、それは私が他の人に殺されない為で、いつかは私を殺すと思っている。」
殆ど予想通りの言葉が帰ってきた。予想はしていたけど、ショックは感じる。何やってんだ過去の俺、完全に恩を着せようとしたのが裏目に出てるじゃねえか……!むしろ不信感を募らせたかも知れない。
「でも、私の味方をしたいっていうのは信じる。私があなたを隷属させている限り、あなたは私を守ってくれる。」
「まあ、そう思ってくれるなら大丈夫だ。」
何が「大丈夫だ」だ。滅茶苦茶嬉しかった。正直、ここまで警戒されているのに喜べるのは、自分でも信じられない。と言うか、彼女と会ってから感情の起伏が激しくなった気がする。自分で思っている以上に、俺は狹夜の顔を持った彼女と会えて嬉しいみたいだ。
感情を誤魔化す為に野菜を齧った。意外と新鮮で驚く。美味しい。これを何処で手に入れたのだろうか。マジックボックスが存在するのか?この教会の裏はすぐ街だったりするのか?訊きたい事は一杯ある。
「そうだ。隷属の話だけど、何であの体を動かされる感覚が無くなったんだ?声をかけている時に調整してくれているのか?」
俺には今一隷属させられている実感が無いけど、確かに俺は隷属させられている筈だ。その原因は命令が無くなったせいだと思って訊いてみたが、彼女は表情を固くする。この質問は駄目だったか……?彼女は俺を不安そうな顔で見た。
「えっと……昨日、私はあなたに命令して、あの女の人との戦闘を邪魔した。それが無ければあなたがあそこまで怪我をしなかったかも知れない。」
「いや、確かにそうかも知れないけど、それを治してくれたんだから大丈夫だ。」
「じゃあ、私が怪我をすることも無かったにしとく。兎に角、邪魔したら悪いから少し弱めた。……私を害する事は出来ないから、そこは勘違いしないで。」
ああ、それでさっき俺に刺せなんて言ったのか。そこまでする必要も無いのにな……。そんなことを思って少し苦笑する。本当に信用されてないな。
「ああ、傷付けるような事はしない。ありがとうな。」
此処から信頼を築いて行けたら良いな、そんな期待をして返事をする。他にも色々訊きたい事はあるが、質問する前に彼女の話を聞きたい。いつまでも彼女じゃ困るしな。
「そろそろそっちの事も教えてくれ。」
彼女はしっかりと俺を見据えると言った。
「あなたの話は信じられないけど、私も信じられない話をするつもり。それでも聞く?」
「ああ。」
俺の話を聞いてくれたのに、彼女の話を聞かないなんて事はしたく無い。
「私はエリシャって言う。ただのエリシャで、家名は無い。あなたは私が、魔王、だって聞いたと思うんだけど、合ってる?」
妙に魔王を言いづらそうにしている。昨日魔王かと聞いた時は激昂していたし、何か事情が有るのだろうか。
「ああ。先代の勇者に取り憑いた魔王だと聞いた。」
言ってみて、気遣いに欠けた発言だと反省する。再び激昂される事を覚悟したが、彼女――エリシャは何も言わなかった。その沈黙がどうにも嫌で、声をかける。
「ごめ――
「ねえ。」
完全に被ってしまった。エリシャも気まずそうな顔をしている。
「ああいや、俺はいいから、エリシャの話を頼む。」
自然に名前で呼んでしまったが、そのお陰か気まずさは薄れたかも知れない。エリシャは下を向き大きく息を吸って、
「私は魔王じゃない。」
そう言った。とてもじゃ無いが信じられなかった。だが、エリシャは俺の話を口を挟みながらも聞いてくれた。エリシャの言葉を待つと、彼女はこちらを見る。
「あなたに訊きたい事が幾つかあるけど、良い?」
黙って頷いた。
「あなたを転移させたのは、黒い髪と紅い目の神様?」
「ああ。」
「その神が、私が魔王だって言った?」
「ああ。」
質問はこれだけだった。この事で何か分かるのか?大体、何で神様の容姿を知っている?疑問は増えるばかりだ。彼女は持っていたコップを空にして、言葉を丁寧に選んで話し始めた。
「あなたの見た紅目の神は、夜を司っていた。その時は悪意に満ちていた筈。それで、ある時善の思いが生まれて、人格が生まれた。星と月を司った神。一応それが私……ってことになる。夜の神は私から神性を殆ど奪い取って、地上に追放した。」
駄目だ。痛い子にしか見えない。これを信じろって言う方が無理がある。特に容姿が幼馴染みだから尚更だ。
「その後の事は……殆ど覚えていないけど、気付いたら魔王って呼ばれて追われてた。……信じてないよね。」
図星だ。ただ、信じられる事も少しある。あの神様――エリシャ曰く夜の神か、その容姿を知っている事とか。
「その、何か証拠になる物は無いのか?それがあれば少しは信じられるんだが。」
まあ、殺されたく無い、みたいな考えだったらもっとマシな嘘を吐くと思う。嘘を吐いても仕方が無いから平気かも知れないが……。
「ある。と言うか、この隷属状態自体が一つの証拠だし、あなたの体にあった、私を見て魔王だって思わせる歪みを治した事も証拠になる。」
隷属状態が証拠になるのか?後、俺はエリシャに体を治されてたのか?分からなそうな俺を見かねてか、エリシャが声をかける。
「取り敢えず、もう一個の証拠があるから、それを見せる。他のは今度説明するから。それに、もう食べ終わってる。」
気がつけば、どちらの皿もとっくに空だった。