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三話 状況把握

 何だろう、薄暗いな。俺は、えっと、優しそうな女の子を殺した筈だ。生々しい感触がまだ手に残っている。その後気絶して、そうだ、彼女は無事か?


 横を見ると、すぐ側で彼女は規則正しく寝息を立てていた。頬と肩に傷は無い。安心感で息をつく。考えてみれば脇腹の痛みも無い。何か治療出来る魔法があるのだろう。起きたら治してくれた礼を言おう。


 彼女の横顔を見る。白い肌と髪。この教会の外には何があるのか知らないが、彼女の協力者のような人は見ていない。どうやって生活しているんだろうか。魔王らしく魔物を使っているのか?しかし魔物が助けに来ても良かった筈だが、それも無かった。


 そもそも、彼女に戦うことは出来るのか?戦えるならあの女をどうにかすることも出来ただろう。それをしなかったのは出来ないからか?元勇者の魔王の筈だが、まさか戦えないのか?


 訊いてみても良いんだろうか、そんなことを思いながら反対を向いて、心臓が止まりそうになった。慌てて目を逸らす。俺は死体の横で寝ていたのか?


 覚悟を決めてもう一度見る。あの女の死体だ。虚空を睨む瞳は濁っている。服は血染めの朱殷色で、しかし肌にはまだ赤い血が残っている。いや、俺の血がかかった肌が、鮮血のような色に変色しているのか?よく見れば、死体の顔にある鮮血色の斑点には凹凸が無い。触る程の勇気は無いが、多分肌が変色しているのだろう。


 〖心に千々の毒花を〗の検証もやらないと。心臓に悪い光景から逃れようと天井を見つめ考える。どうしても意識されるが、後で死体は埋葬するから許して欲しい。多分許してはくれないだろうが。思考が暗くなっていることを自覚する。


 彼女を起こさないよう起き上がると、俺の上に毛布のようなものがかかっていたことに気付いた。何の動物だろうか?凄くふかふかで暖かい。多分、死体の上で気絶した俺を寝かせて毛布をかけてくれたのだろう。彼女と分けあって毛布を使っているような状態だから、多分これ一つしか無いのだと思う。本当に感謝することばかりだ。


 とりあえず起き上がって、大きく伸びをする。体が酷く痛い。石畳の上だから当然か。毛布に戻りたい衝動を抑え、改めて俺の状態を確認する。


 制服は冬服、ただし脇腹に大きな穴が二つ。ワイシャツなんかも同じく。下は普通のズボンと靴下、正直この廃教会で靴が無いのは致命的だ。何処かで靴が欲しい。それに、ワイシャツは綺麗に朱殷色、酸化した血の色だ。あまり良い気分じゃ無い。上着は黒いから目立たないが、血は付いているだろう。他は……良かった、ペンダントは無事だ。これだけが唯一、狹夜との思い出の品なんだ。千切れたりしなくて良かった。


 あまり見たいものでも無いが、死体の方を見る。明るくなってきたせいか、さっきよりも鮮やかに見えてグロテスクだ。近くに落ちていたナイフが気になって、手に取る。包丁より刃渡りは長いんじゃないか?これで刺されたと思うとぞっとする。


 周囲を見ると、割れた窓から太陽が出てくるのが見えた。


「う……ん……。」


 後ろで声がした。射し込んできた光に反応したのだろう。


「お早う。昨日はありがとうな。」


 振り返って言うと、彼女もこっちを見た。そして、半分閉じた瞳が一気に開いたと思うと、毛布を跳ねあげて一足跳びに後ろへ下がった。


 一瞬間を置いて、気付く。俺は右手に何を持っている?慌ててナイフを下に置いて、彼女に声をかける。


「わ、悪い。危害を加えようとした訳じゃない、取って見ていただけなんだ。」


 自分で言ってみて、なんて信用出来ない発言だと思う。彼女もそうらしく、俺を鋭い目で見るだけだ。何か信用させる物、そうだ、土下座だ。他に出来ることも無いんだ。


 急いで土下座をする。当然、手がナイフの側にならないよう少し右に動いてだ。上目で彼女を見ると、困ったような顔をしている。


「取り敢えず、良いよ。大丈夫。」


 許してもらえたのだろうか。起き上がる。


「動かないで。」


 隷属によって動かなくなる、と思ったがその感覚は無い。だからと言って動く気は無いが。何故体が動けるのだろう?彼女はこちらを警戒しながら歩いてくると、ナイフを拾った。


「これは没収しておく。あ、でもその前に、」


 彼女はナイフを持ってくると俺に渡した。それと一緒に自分の右手を出した。


「腕を刺して。……痛いの嫌だから浅くやって。」


 ……いやいや、受け取ったナイフに困惑していたが、聞き間違えたか?指差す、じゃないよな。やっぱナイフで手を刺せってことだよな。


「本気か?」


「良いから、早く。」


 覚悟を決めた顔をしてる。本気みたいだが、俺の方が無理だ。どうして狹夜の顔をした奴を刺せる?そもそも危害は加えられない筈じゃ無かったのか?


「早く。」


 急かされている。本当に良いんだな?ナイフを肌に近付けて、今まさに触れる、となった所で腕が止まった。あの前に進もうと思って進めなくなった状態に近い。


「これ以上は無理だ。」


 どんなに動けと念じても、これ以上腕は動かなかった。その様子を見て彼女は満足したように頷くと、手を前に出した。力を抜いてナイフを渡すと、彼女は背を向けて歩き出して壁際に向かった。其処には幾つか荷物があって、彼女はナイフを置き、置かれていたやや小さな荷物を持った。


「はい、これ。」


 俺にも大きく、重い荷物が渡された。俺がそれを持ったのを確認した彼女は上着を羽織り、荷物を持って歩き出した。何処へ行くのだろうと思えば、殆どガラスのはまっていない窓から外に出た。


「どうしたの。早く来て。」


 扉から出ていくものだと思って呆気に取られていたが、言葉に急かされて外に出る。


「寒っ!」


 外に出た瞬間、刺さるような冷気が襲ってくる。靴下しか履いていない足から、裸の地面の冷たさが伝わる。それで上着を着ていたのか。その彼女を見ると、不機嫌そうな顔でこちらを手招きしている。慌てて側によると、俺の荷物から敷物を取って地面に広げた。


「乗って良いのか?」


「好きにして。」


 言葉に棘はあるが、許可をもらえたので荷物を起き、座る。暖かさにほっとする。彼女を見ると、同じように座り込み荷物から何かを取り出した。皿を四枚、そのうち二枚にパンを置いて、別の皿に野菜、その上に干し肉らしきものをそれぞれ置いていく。更にコップを二つ取り出して、近くの井戸を指差す。


「汲んで。」


「分かった。」


 かなり覚悟を決めて歩き出したが、枯れ草を踏みつけて歩くと思ったより冷たくなかった。こっち側には高い丘があるだけで、ほぼ一面の枯れ野原だ。唯一青々としているのは、丘の上にある一本の巨木で、遠目でもかなりの大きさだ。そんな風に周囲を見つつ、水を汲んで戻った。


 彼女の側に桶を置くと、彼女は水をコップに入れ、俺に渡した。その後で自分の分を入れる。意外と水が暖かいことに気付いて驚いた。彼女は膝掛けを使っていて、暖かそうだ。流石にワンピースじゃ寒いからな……。


 彼女を見ていると、おもむろに彼女は両手でコップを持ち上げた。


「万物に感謝を。」


「えっと、万物に感謝を、で良いのか?」


 こちらも同じようにしたのだが、どうやら違ったらしい。彼女は右手だけでコップを持つと、左手を地面に置いて俺の方に乗り出して、


「乾杯、だよ。」


 肩までの白い髪を揺らし、少し笑って見せた。俺が呆けている間に彼女は体勢を戻して箸を持って食べ始めた。慌てて俺もいただきますを言って、箸を持つ。ってあれ?


「なあ、何で箸があるんだ?」


「何、って食べる為だけど……使えないの?」


「いや、使えるけど、」


「一応ナイフとフォークはあるけど、どうする?」


「ああいや、箸を使うから大丈夫だ。ありがとう。」


 訊きたいことが多すぎる。どれから訊けば良いんだ?パンを齧りながら考える。このパン、あまり美味しくないな……。兎も角、真っ先に訊きたい事は彼女の名前だ。


「互いに自己紹介をしたいんだが、良いか?」

次もほのぼのです。

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