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君主会議

 呪華の間に君主達が揃うと、それほど待つことなくアルバートがモーロックを伴って現れた。


 席から立ち上がった君主達が一斉に跪く。

 アルバートはその光景を見つめながら、悠々と歩みを進めた。


 日本人であった頃の自分であれば、せめても跪く時間を短くしようと足を速めたかもしれないが、いまはそうではない。ことさらに時間をかけて彼らの忠誠を示させることで、権力を認識させる。


 彼らの忠誠心はそんなことをせずとも十分とも思えるが、王の座に着く者には相応の威厳と振舞いが求められるものなのだ。


 君主達のための五つの席が並ぶ円卓。

 ルナが呪種に適応するための眠りについているために席が一つ空いている。


 アルバートは跪く君主達の横を歩き、窓際に設えられた玉座に傲然と腰を下ろした。馬鹿げた演技も、有用であれば嫌うほど狭量ではない。


「座れ、眷属達」


 アルバートの声で、ようやく君主達も席に着く。

 ようやく会議が始まった。


 とはいえ、彼らは集まるように指示をされただけで、集められた理由を知る者はいない。何が始まるのかと興味深そうな表情だ。


 一番に口を開いたのはイグナーツだった。


至高の我が王(フィロ・プリアドネ)、随分と急な参集でしたが、ついにロゼリアめが攻めてきましたか」


 そうであれば良いと言いたげな口調に、リーゼロッテもにんまりと口角を上げ、言葉にならない同意を示す。


 軍の再編も終わっていないというのに、よほど戦がしたいらしい。愚かな戦争狂に呪いあれ。つい頭を抱えそうになったが、かろうじて堪えられたのは僥倖だろう。


「世迷言だな。呪族の軍も、ロゼリアの軍もまた準備が不十分。戦端が開かれるまでには相当の時間を要するのは自明だ。今日お前達を呼んだのはそんな馬鹿げた話をするためではなく、ある人物を紹介するためだ」


「ある人物、ですか。そのために呪華の間を?」


 国家運営に関する事でしか利用されない呪華の間は、それこそ君主達が勢ぞろいする君主会議でもないと開かれない。


 そこに参集されたというのに、肝心の用件がただの紹介とは信じられなかったのだろう。


 だが、きっと度肝を抜かれる。

 アルバートは確信とともに呪文を口にした。


境界に鎮座せし黒門(モーグ・マルギストル)


 アルバートの指先から放たれた光弾が地面に接触すると、光はするすると地面に魔法陣を描いた。


 次いで、光の魔法陣の中心から泥のように粘り気のある闇が溢れだす。その闇は意思を持つように蠢き、天井に達するほどに伸びあがると質感を伴い始め、やがて重厚な扉を形作った。


 慄く君主達の中で、唯一コルネリアだけがそれに見覚えを感じた。


 それも当然だろう。

 それは、一年前にコルネリアが呪術王(カース・ロード)の眷属を呼び出す儀式を行い、魔法陣から生み出された黒門だった。


 しかし、これは。


「あ――」


 眷属を呼び出すものではないのですか、と言いかけて顔を上げ、思わず口をつぐむ。


 君主達の視線が黒門に注がれている中、コルネリアの視線に気づいたアルバートが、鬼面からのぞく口元に人差し指を当てていた。


 黙っていろ、ということらしい。

 呆気にとられて言葉を発する機会を逸している間に、門が開いた。


「しま……っ!」


 あの時は災害とも思しき化け物が現れた。場合によっては主君を守らねばと腰を上げかけたコルネリアだが、その必要がらないのはすぐに察せられた。


 門の向こうからはやけに気怠そうな声が流れてきたのである。


「嫌ですな、もう働きたくないですなぁ。たまにはしっかり睡眠をとっても罰は当たらないと思いませんか。明日残業するから、今日は一日お休みにしましょう、そうしましょう。誰も困らないですな……っ」


「そういうわけにもいきません! もうお昼ですよ、いい加減に起きてください! 明日に回したら明日が地獄になるだけです! あなたの承認が必要な書類が山になってるんですから!!」


「嫌だ嫌だ、働きたくない! 聞きたくないですな!」


 オルフェンであった。

 それも、ベッドで部下らしき男と布団を引っ張り合っている情けない姿である。


「オルフェン」


 アルバートが呆れたように声をかけると、オルフェンの動きがぴたりと止まった。


 恐る恐るこちらを振り返ったオルフェンの表情は、可哀そうなくらいに強張っていた。


 端的に言えば、なんで?と言いたげである。




◆◇




 衣服を整えて黒門を潜ったオルフェンは、さきほどまでの醜態を完全に忘却することにしたようだ。


 白けた様子の君主達を前に、ごほんと咳払いをする。


「お呼びにあがり、参上仕りました。ご機嫌麗しいですな、呪術王(カース・ロード)様」


「うむ。まあ言いたいことはあるが、良かろう。急に門を開いたこちらの落ち度だからな。さて、眷属達よ。オルフェンは知っているな?」


 知ってはいる。

 しかし、なぜこの男を呼んだのか分からない。


 怪訝に包まれる面々に、アルバートは然りと微笑んだ。


「改めてお前たちに紹介しよう。今日、この時より呪族の眷属となる、オルフェン・ロドリナート、そしてこの場にはいないが、ムスラバの民達だ」


 ざわり、と空気が揺れた。

 人間を呪族の一員とするという言葉に、馬鹿げた冗談と耳を疑う。


 オルフェン自身も驚いて振り返っているのだが、アルバートはそんなことは気にすることもなく、さらに爆弾を投下した。それも、特大の大型爆弾である。


「吾輩の庇護下におかれた人間達は呪族の一員となり、人族と呼称される。そして、その最初の族長はオルフェンとし、彼に君主の称号を与えよう」


 激震であった。


 それはつまり、オルフェンがこの場に居並ぶ君主達と同列となることだ。


 ましてや、人間達が君主一族として呪族に名を連ねるということだ。


 その力をもってして呪族の中に君主という地位を勝ち得て来ていたイグナーツ達にとって、明らかに力劣る人間達が君主一族とうそぶくなど耐えがたい暴挙である。


 主君への忠誠があってもなお、心の中にどす黒い爆炎が生まれるほどに、荒れ狂う怒りが湧き上がる。


 だが、そんな君主達よりも先に上がった怒りの声は、まったく異なる方向からだった。


「納得いきませぬ!!」


「……まさかお前から反論が出るとは思わなかったな。どうした、モーロック」


 モーロックは眼窩の炎を激しく揺らめかせ、口元からも炎をちらつかせていた。


「例え呪術王(カース・ロード)様とて、こればかりはなりません! 人間を、偉大なる呪族の眷属とするばかりか、栄光ある君主にするなど……!!」


「落ち着くがよい、モーロック。何がそんなに悪いのか、吾輩に分かるように説明してくれ」


 薄ら笑いすら浮かべるアルバートは、いっそ楽し気だ。

 だが、同時に疑問も抱いていた。


 怒るならばイグナーツだと思っていたのだ。

 良くも悪くも、残りの君主達は忠誠心ゆえに押し黙るであろうし、モーロックもまた呪術王(カース・ロード)への忠誠心の深さは疑うまでもないことなのだから。


 だが、その疑問はすぐに解消された。


「君主の名を与えられたのは、偉大なる呪術王(カース・ロード)様がお作りになられた原初の六人ですぞ! ウベルト殿、あなたも許せぬはずだ! 君主の血を引くからこそ、紛い物であっても君主の名を冠することに異議を唱えぬだけだというのに……紛い物どころか、呪族ですらない下等な人間にその名を与えるなど許しがたい所業ですぞ!! お願いですウベルト殿! あなたからも仰ってください!!」」


 そこで、イグナーツが割って入った。


「待て、なぜそこでウベルトの名前が出る?」


 イグナーツの疑問ももっともだった。

 なぜ関係のないウベルトの名前が出るのか。

 モーロックとなんらかの蜜月でもあるのかと疑ったのだ。


 それはイグナーツにとって許せぬ背信に思えた。


 モーロックの怒り自体はわかる。

 イグナーツとてムスラバ攻略からこちら、人間の保護を進める政策は気に食わないのだ。あんなものは奴隷にでもすればよいとすら思うほどの脆弱な生き物。それを呪族の一員に迎え、あまつさえ君主の名を与える。


 いまモーロックのように怒りに我を忘れていない理由が、自分でも分からないほどだった。


 まるで、見えない何かが主君への反発を抑え込んでいるような、鉛を飲み込んだような言い知れぬ不快感がある。


 だからといって呪族の王を裏切るような内通などは別の話。モーロックとウベルトの距離が近くとも即謀反というわけではなかろうが、独立心の強い呪族にあってその姿は異様極まりなく、イグナーツには裏切りとしか見えない。


 だが、ウベルトはやれやれと肩をすくめた。

 目線でアルバートの許可を受け、あっさりと否定する。、


「イグナーツ、何を考えているのか丸わかりだ。謀反などするわけがないし、そもそもモーロック殿との親しき関係など存在しない。我らは全て主君たる呪術王(カース・ロード)様に仕えるに過ぎないのだ。馴れ合いなど不要」


「ならば、なぜあれほど執拗にお前の名を呼ぶ?」


「簡単なこと。私が原初の呪族だからだ」


 それは、知らぬ者達に先程以上に衝撃を走らせた。


 ウベルトが古の呪族と同等の力を持つ、それは呪種を下賜される時に聞いたことだ。だが、あくまでも同等の力であって、そのものであるとは聞かされていなかった。


「ば、馬鹿な……」


「馬鹿ではないさ。私は真実、呪術王(カース・ロード)様よりお作り頂いた真なる呪族だ。他の同輩達とは死という概念が少しばかり違うおかげで、子を作り、己の分身を後世に残す必要がなかったがね」


「本当ですの?」


 問いかけるリーゼロッテの瞳が冷たい。


「くひっ。呪術王(カース・ロード)様を前に、嘘をつく道理があるとでも? 本当にそう思うならとんだめでたい頭だ」


「道理は、ないわね。そう、ないのね。まったくもって、ええ、本当に‥‥‥ふざやがってこの糞虫がぁっ!!」


 言葉が終わるよりも先に、リーゼロッテの体から白い光が迸り、体内から引き抜かれた白銀の剣が閃光となった。


 常人では目にも止まらぬそれに、ウベルトは両手を前に差し出す。


 途端、服の袖から現れた黒々とした蠢く何かが閃光に纏わりついてその動きを減速させた。


 見る見る速度を吸収されたそれは、ウベルトに突き刺さる直前で動きを停止させる。


「良く反応しましたわね。さすがは原初と言うべきかしら。でも、その力を呪族の滅びの際で使わなかったこと、許すわけにはいかないわ。呪術王(カース・ロード)様への明確な背信とみなします!!」


 叫ぶリーゼロッテは、剣にまとわりつく何かから飛来した黒い粒――漆黒の甲虫をほっそりとした指先で摘まみ取り、容赦なくねじり潰した。

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