変わらぬ願い
「やはリ間違いデはナいか。不死とは……まさカ我が主と同じ特性ヲ持つトや不敬な輩ヨ……だが、それがどウしたといウのカ!!」
牛鬼は吠えたけり、勇ましくも猛々しく燃え上がる紅い眼光でアルバートを睨めつける。
「我ニ不死を打倒スる術ナし! ナれど、死なヌならばマた良シ! 何千、何万、何億デも肉塊と化スがよかロう。肉体ガ死なズとも、精神ヲ殺せバよいのダ!!」
「限界への挑戦ってわけですね。どこまで死ねるか確かに興味あります。とはいえ、やられっぱなしというのもね」
咆哮を上げて距離を詰める牛鬼を前に、アルバートは短剣を抜いて身構えた。
巨石のごとき牛鬼の体躯を前にその短剣はいかにも心もとないが、それはかつて潜った遺跡で見つけた魔道具であり、アルバートの唯一の財産だ。
「肉塊ト化すが良イ、小僧ォっ!!」
咆哮とともに振るわれた牛刀の速度はアルバートの許容値を遥かに超え、わずかにその軌跡が見える程度。避ける、防ぐは元より不可能だった。
瞬時にそれを判断したアルバートは、だからこそ牛刀に身を晒し、両断される直前に全身全霊の一撃を牛鬼に向かって叩き込んだ。
剣先に触れる硬い骨の感覚とともに両断されたアルバートは再び肉塊と化す。しかし逆再生のように復活して立ち上がると、自分の一撃の結果を認めて満足そうに頷いた。
「骨が欠けてますよ、牛鬼さん」
牛鬼の右腕の付け根――橈骨に生じた爪の先ほどのわずかな欠損があった。
アルバートが一撃を受ける代償として与えられたのはたったそれだけで、だからこそ牛鬼は何ほどもないと嗤った。
「そレがどウした、こんナもの、痛くモ痒くもナい!!」
「でしょうね。だけど、塵も積もればって言うんですよ」
その言葉の意味を察した牛鬼はぎりり、と歯を鳴らす。
小指の先程度の欠損であっても、それが何万、何億と積み重なればどうなるか。想像した先に自身の死を見たがゆえの苛立ちを感じた。いや、真に恐ろしきはその代償として課せられる何万、何億の死を、当然の代価と許諾してのけるアルバートの精神性だろう。
それは残忍かつ凶悪なる呪術王に仕え、数多の戦場を渡り歩いた牛鬼にとっても、ついぞ見たことのないほどの異常さだった。
「貴様ハ、死が怖クないノか?」
「怖いですよ? でも、俺にはやるべきことがありますから。そのためなら、俺の精神がどこまで持つか賭けるくらい何でもないことでしょう」
実にのんびりと、当たり前のように無限の死を甘受したアルバートは、動きを止めた牛鬼に心配そうに目を細めた。
「大丈夫ですか?」
牛鬼は吠えた。
アルバートの異常性に竦む身体の隅々にまで怒気を行き渡らせんと吠え猛り、アルバートを睨み据える。
恐ろしいことに、目の前の矮小な存在は本気で牛鬼を心配していた。
いままさに殺し合いをしている相手の動きに不審を感じ、心配するのだ。
敵視し憎悪するなら理解できよう。
恐怖し、畏れるならば当然と頷こう。
だが、アルバートの目にはそんなものはない。
殺すという決意と、案じる気持ちが違和感なく同居する生物。これをただの人間と断じることは牛鬼にはできなかったのである。
だからこそ、牛鬼は萎えそうになる己を奮い立たせんと、もう一度吠え猛った。
「ヤすヤすと死ヌると思ウな! 貴様ノ心と、我ガ体、ドちらガ先に死ヌか賭ケようゾ!!」
「怖いですね。でもその賭けには勝たせてもらいます」
牛鬼の決意にアルバートは飄々と答え、短剣を握り直した。
自分の死が怖くないわけでも、絶対に勝てるという自信があるわけでもない。ただ、そうせねば未来がないと分かっている。だからこそ割り切っている。
生きるなら最善を尽くすべきで、死ぬなら物と同様に朽ち果てればいい。死は等しく無駄であり、死んだ者は物でしかない。
現代日本で受け入れられなかった異質な死生観。
頭のネジが飛んでいると揶揄されたものだが、恐らくそれがなければこの場を乗り切ることは叶わなかっただろう。
何度も何度も、体を両断され、叩きつけられ、すり潰され、ひき肉になってもなお立ち上がった。
一度の死につき、たった一欠けらの反撃。
それくらいのリターンすら得られないこともある。
死の代価としてはあまりにも安いそれを追い求め、アルバートは肉片になり続けた。
唯一の頼みである短剣が破壊される恐れはない。
魔道具である短剣に付与された効果は”不壊”と”不奪”。魔法的にも物理的にも攻撃力が低いそれだが、壊れず、そして奪われない。
市場に流せば二束三文の魔道具だが、いまこの無限とも思える戦いにおいては最良だった。
肉塊と化し、手を離れた短剣をアルバートが形を取り戻した時には手に戻っている。
「オのれっ、おノれっ、おのレぇぇぇぇっ!!!」
怒りに吠える牛鬼の怒涛の攻撃に、食事も休憩もなくただ淡々と機械のように反応し、一撃を合わせ続ける。
無限とも思える作業に、異常な精神性のアルバートですら心が摩耗していくのがわかる。
数少ない人間性が薄れ、異質だった死生観が研ぎ澄まされていった。しかし、それが確固たる楔としてアルバートの心を強化していったのは皮肉なことだった。
果たして決着までどれほどの月日が流れたのか、アルバートにも分からない。
だが、果てがないと思えた戦いにもついに決着の一合が交わされた。
「クは、くハはハはっ! ヨもやコこまデとは思わナかったゾ、人間ヨ!」
「俺も思いませんでしたよ。君、しぶと過ぎます。さすがにへとへとですよ」
四肢を砕かれ、頭だけになっても口で剣を咥えて戦っていた牛鬼だったが、罅割れた頭骨は限界に達していた。
すでに剣を咥えるだけの力はなく、動くことすらままならない。
罅割れた骨はぽろり、ぽろりと剥がれ落ち、あとは何をしなくてもすぐに崩れ落ちると察せられた。
だというのに、牛鬼はひどく楽しそうに笑いアルバートを褒め讃えた。
「クは、クは! 剛毅! ソの意気ヤ良し! 新タに生マれし呪わレた子よ、永劫ノ生の中デ自由に生キるが良カろう!」
「そうします。いままでもそうだったし、生きたいように生きるとします」
「クは! して、呪ワれた子ヨ、オ前はコの世界ニ何を望ムのだ? お前ノことだ、キっと剛毅ナ答エを返シてクれるのダろうな。ソう、例エば我が主デある呪術王様ノようナ!」
奥に続く扉に興味の大半を奪われて生返事をしていたアルバートだったが、牛鬼の問いはその状態でもすぐに答えられるほど簡単な質問だった。
それは現代日本に生きていた頃から全く変わらない、いや、神曰くそれよりもはるか前の生まれ変わる以前から変わらぬ望みだ。
「世界平和ですよ」
その答えに、崩れ落ちゆく牛鬼は最後の一欠けらになるまで笑い続けていた。
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