清廉なる魂は輝くがゆえに、
「あーあー……浮足立ってんなぁ」
冒険者チーム、紅蓮の双剣使いであるガロラントは、荷物を山積みにした馬車が何台も通り過ぎる大通りを眺めていた。
ほとんどの馬車は街の外へ向かっていて、これから街を脱出するのだろうと予測がつく。馬車に乗せれるだけの財産を持ち、街を後にする人々の顔には悲壮感が漂っていた。
とはいえ、先行きが見えないのは彼らばかりではない。ガロラントもまた、紅蓮のメンバーとともにムスラバの南区にある酒場でくだを巻いていた。
「なぁ、クイール。俺らどうするよ?」
「どうするもこうするも……会う方法がないんだから仕方ないだろう」
「なんてったって門前払いだもんね~」
メイリンは疲れたように言って、机の上に両手を投げ出して伸びて見せる。体全体で疲れを表現する時のお決まりのポーズだ。
アルバートと別れたクイール達は、かなり早い段階でオルフェンがムスラバにいることを把握していた。というのも、脳無しのノワール公爵の尻拭いをし、街の破綻を防ぐ有能な執政官の名前は、ノワール公爵の悪名に比例して住民達に広く知られていたのだ。
クイール達が努力をせずとも、そこらを歩く住人に声をかけるだけで、あっさりと足の動かないオルフェンという名前の執政官がいると教えてもらえる。執政官という職業が記憶の中の彼に似合わなあが、それだけ特徴が一致すれば探し人本人であることはすぐに分かった。
問題なのは、執政官は領主の館に一室を与えられており、足が動かないという身体的特性もあってか、館の外に出て来ないということだ。
一介の冒険者が執政官に面会できるはずもなく、あえなく門前払いされるわけだ。さらに、呪族侵攻という危機的状況からオルフェンの仕事量が殺人的に増加していて、伝言すら受け付けてもらえないとくる。
そうして、昼間から酒場でだらける厄介者の集団のできあがりというわけだ。
「おう、お前ら。街、出ていかねえのか」
注文の酒を席まで運んできた強面の酒場の主人を見上げると、クイールは渋面を見せた。
「正直、悩んでるんですよ」
「なんでまた。紅蓮だっけか? そこそこ有名な冒険者みたいだけど、あんたらは所詮はお客さんだ。この街の為に残れなんて誰も言わないぜ?」
つまらなそうな口調でそう言う男の瞳は寂し気だった。理由は言わずもがな、街から日々消えていく人々のせいだろう。
雑多な喧噪に溢れていた街は明らかに人の数が減っている。野卑な冒険者連中がたむろして武勇伝を語って酒杯を振りかざしていた男の店も、いまやクイールの冒険者チームである紅蓮の貸し切り状態だった。
「あの子はどうしたんすか? ほら、赤髪の笑顔が可愛らしい子」
店の看板娘だと嘯いていた元気な姿が見えないことを不思議に思ったガロラントに、男は苦笑して頭を掻いた。
「ありゃ俺の娘だ。嫁に行ったよ」
「それはおめでとう……って顔じゃないっすね?」
「まあな。冒険者になんてくれてやるつもりはなかったが……好いた男がこの町を離れるってんでな。付いていっちまった。まぁ、付いて行くようにけしかけたのは俺なんだけどな」
店主自身はこの街に残るという選択を取ったようだが、せめて娘だけでもという想いだったのだろう。店主はしゃべり過ぎたと思ったのか、照れ隠しのように乱暴に酒杯を机に置いて背を向けた。
「ま、あんたらがどうなろうが俺の知ったこっちゃねぇがな。死んだら悲しむ奴がいるなら、どうするかはきちんと考えたほうがいいぜ」
「ああ、ありがとう。あなたも、娘さんが悲しまないようにな」
ありがとよ、と手を挙げて厨房に戻っていく姿はひどく物悲しい。
生まれ育った故郷は時間とともに離れがたくなるものだが、娘との今生の別れを選ぶ男の複雑さを押し測ることは難しかった。
クイールは店主の背中をしばらく眺め、いまは自分達も他人事ではないかと呟き、机に座る仲間たちの視線に気づいた。
「で、俺達はどうするすか?」
「恩人を前に尻尾巻いて逃げ出す~?」
ガロラントが質問すれば、その妻のメイリンが揶揄するように言う。二人ともにやにやと笑っていて、からかい混じりの瞳だ。
答えが決まっているのに何を悩んでいるんだ、そう言わんばかりの表情だった。ちらりとオズマを見れば、特に何かを言うでもないが、鶏の焼き物を口に運ぶ手を止め、こくりと頷いて返した。
「強行突破、あるのみですかね……」
◇◆
アルバートはムスラバの街路を足速に歩いていた。
あてのない散歩などでは当然あるはずもなく、それは必要に迫られたがゆえの行動である。
これまでにムスラバの各所に設置した魔法陣は十を数えるが、必要数にはまだ及ばない。暖かい部屋の中で紅茶を嗜みながらの優雅な読書としけこむには足らず、必要とあれば我慢するほかなし。
それでも、目の前に玩具をぶら下げられた状態で長時間「待て」をされていれば多少は心も荒むもので、彼らを視界に入れたアルバートが、興味本位にそっと近づいたのも仕方のないことだったのだろう。
酒場の外に設けられた二つの飲食用のテーブルは、いわゆるオープンテラスと呼ぶにはいかにも洒落っ気が足りない。昼日中、さらに少しづつ寒さが厳しくなる季節となれば、あまり人気がある場所でもないだろう。
そのうちの一つを占拠しているのは、アルバートをムスラバまで護衛してくれた冒険者チーム、紅蓮の面々だった。
近づくにつれて彼らの言葉が耳に入り、アルバートは思わず声をかけていた。
「何を強行突破するんですか?」
突然の声にクイールが顔を上げた。
驚いた、そう顔に書いてあるのが丸わかりで面白い。
「あ、アルさんだ~。お久しぶり~」
「どうも、メイリンさん。皆さんもお久しぶりですね。たまたま通りかかってお見掛けしたので声をかけさせて頂いたんですが、お邪魔でしたか?」
クイールはアルが座れるように隣のテーブルから椅子を引きずりながら、頭を振った。
「とんでもない、アルさんならいつでも大歓迎ですよ」
「ありがとうございます。すいませんね、なんだか催促してしまったようで」
腰を下ろすとガロラントが気を利かせて酒を注文しようとしたが、アルバートにはまだ魔法陣を設置する仕事がある。礼を言って丁重にお断りし、温かい茶を一杯もらった。
「ちょうど体が冷えていたところだったんです。助かりましたよ。それにしても、みなさん外で寒くないんですか?」
「もうすぐ冬ですからね。気温もだいぶ下がってきてますし……でも、私達冒険者は寒さにも慣れっこですからね。このくらいなら平気ですよ」
「そうそう、これもあるすからね!」
「お酒ー!」
ガロラントが酒杯を掲げて見せ、メイリンもそれに追随する。相変わらず仲のいい夫婦で微笑ましい。
酒で体温を上げるとは酒飲みの妄言でしかないだろうが、クイールとオズマも同意のようで、当たり前のように酒杯を掲げていた。
アルバートにはその気持ちが分からないが、共有できる趣味があるのはいいことである。ここで会ったのも何かの縁と店主を呼んだ。
「すみませんが、皆さんに一杯づつお代わりをお願いします……ああ、そんな恐縮せずに。これは皆さんへの感謝の気持ちですよ」
慌てて固辞しようと席を立ったクイールは、アルバートに肩を掴まれて席に戻された。仲間達が歓声を上げて喜んでいることもあり、困ったように頭を下げた。
「すいません、ごちそうになってしまって……」
「困らせてしまいましたか? そうですね、それでしたらこういうのはどうでしょうか。皆さんとの再会を祝して」
「それでしたら、言うべき言葉は一つですね」
クイールが新しく運ばれた酒杯を掲げると、メイリン、オズマもそれに従った。何をするのかとアルバートは見つめるだけだったが、クイールに苦笑とともに「杯を」と促され、慌てて真似た。
「再会を祝して、乾杯!」
「乾杯!」
口々に言い、一息に杯を飲み干す。
日本での乾杯といえば杯を軽く合わせて一口飲めばいいだけだが、どうやら杯の中身を全て飲み干さねばならないらしい。
なかなかの量が入った杯だったが、全員喉を鳴らして飲み干している。正直、アルバートの知識にはない作法ではある。だが、郷に入っては郷に従えだ。
アルバートも乾杯の声を上げると、クイール達と同じように杯の中身を飲み干した。酒ではなくただの茶だが、思いのほか気分が良かった。
それからはガロラントが調子に乗って頼んだつまみが机一杯に並べられ、クイール達の手元にはお代わりの酒杯が、アルバートの手元には熱い茶が用意され、他愛無い会話に花を咲かせた。
ちょっとした寄り道のつもりが、予想外に時間を取られることになってしまったが、これはこれで楽しいものだ。
アルバートは久しぶりに気分が高揚するのを感じながら、楽しそうに笑うクイール達を眺めていた。
「そういえば、アルさんは街を出ないんですか? 呪族が迫っているという噂ですよ」
クイールの心配そうな表情に、アルバートは頷いて返した。
「そうですね。正直街を出ることも考えましたが、魔導図書館で本の修復の仕事を頂きましたので、ここに残るつもりでおります」
「仕事ですか。その、差し出がましいようですが、仕事は他の街でも見つかるのではありませんか?」
「それはそうなんですけどね。でも、ここにある仕事は、私にしかできない仕事なんですよ」
「ええ~……でも、命あっての物種だよ?」
目を丸くするメイリンの脇を、ガロラントが小突く。
「馬鹿、男にはやべえと分かっててもやらなきゃならねぇ時があるんすよ。ねえ、アルさん」
同意を求められても困るが、いい具合に勘違いしてくれているのは都合がいい。アルバートはあえてその言葉に乗った。
「まあ、そんなところですね。みなさんこそ街を出ないんですか? 先ほど、強行突破がどうとか聞こえましたが……」
アルバートは探るようにクイールを見る。
できるならば殺したくはない。
なぜここにいるのか、それが知りたいと思ったのである。
だが、彼らの返答はアルバートの望むものではなかった。
「実は、探し人が見つかったんですよ。まだ会えてないんですけどね」
「見つかったのに会えてない、ですか?」
クイールは頷き、苦笑した。
「オルフェン……あ、私達の探していた人なんですけどね、どうやらこの街で執政官をしているのは間違いないようなんですが、身分差があり過ぎて会えないんですよ」
「ああ、なるほど……それで強行突破と」
領主の館を強行突破して執政官の居室まで侵入するつもりらしいと察し、短絡的に過ぎる発想ながらクイール達らしいと思えてしまい、アルバートは笑みを貼り付けた。
「オルフェンに会えれば、それで解決するとは思ってないですけどね。ただ、手助けするにしろ、しないにしろ、面と向かって一言文句を言ってやりたいんですよ」
「それはあるね~。私達を置いていなくなったのは絶対許さないし!」
「困ってるなら、助けないといけないっすからね。あのおっさん、自分から助けてなんて言う柄じゃないんで」
オズマもその言葉にしみじみと頷いていて、反対をするつもりはないようだった。
仲が良いと言うべきか、それだけ慕われているオルフェンという男の性質が良いと考えるべきか。
アルバートはオルフェンという男についてはほとんど知らない。ノワールの部下で、人望に厚い男という程度である。これまではそれほどの興味をもっていたわけではなく、積極的に情報を集めようとはしていなかった。
だが、気が変わった。
アルバートにとって、紅蓮のメンバー達は非常に素晴らしく、いわばお気に入りというものだ。
灰の中に埋もれた珠玉、暗雲の中の陽光……それが彼らであり、彼らの魂の煌めきに魅せられたアルバートであるから、彼らが慕うオルフェンという男に興味を持つのも必然であった。
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