冒険者チーム、紅蓮 3
馬車がぎりぎり離合できる広さの道の真ん中に、一台の馬車が擱座していた。
遠目にも車輪が外れ、それを直そうと女性が一人で作業していることが分かる。
周囲には人の姿はなく、女の一人旅と見えた。
こんな場所で?
女が一人で?
笑ってしまうほど怪しく、野盗がそれに気づいていないのが不思議なほどだ。
アルバート達はその馬車に向かってゆっくりと進み、じわじわと距離を縮めた。
御者はオズマが担い、アルバートは幌馬車の中に隠れているように指示されていた。
馬車の前にはクイール、ガロラント、メイリンが油断なく展開しているが、一見すれば馬車を護衛しているだけの冒険者であり、野盗達の存在に気づいているとは思えないだろう。
クイールはちらりと振り返り、アルバートに小声で声をかけた。
「右に六人、左に六人います。中央の女性も仲間でしょう。右と中央を先に殲滅し、それから左の六人と戦います。少し大きい音がしますが、驚いてオズマの傍を離れないようにしてくださいね」
「承知しました」
アルバートの同意を得て、クイールは少しだけ困ったような顔をしたが、すぐに前を向いた。
いまからでも別の道へ、そう言いたそうだが、アルバートは断固として拒否の姿勢である。
そうこうしているうちに、野盗の女もこちらの存在に気づいたようだ。
最初は驚く様子を見せて、地面に投げ出していた剣を引き寄せる。だが、距離が縮まることでこちらが冒険者と行商人であることに気づいたように、手を振って声をかけてきた。
「あの、冒険者の方ですよね?」
笑ってしまいそうになるが、ずいぶんと演技派だった。
それなら女の一人旅など、あからさまに怪しい罠を仕掛けなければよいものを、そこまでは頭が回らないらしい。あるいは、まともに演技できるのがその女一人だけという可能性もあるが。
女はアルバートの苦笑に気付くことなく、自然な様子で近づきながら言葉を重ねる。
「道を塞いでしまってすいません。女手一つなので修理に時間がかかっているんです。このままだと通れませんよね? よければ助けて……あ、そうか、冒険者さんなら依頼料が必要ですよね。あの、少しなら支払えますので、助けて頂け――」
クイール達は最後まで言わせなかった。
まず動いたのはメイリンだ。
移動しながらぶつぶつ呟いていたと思ったら、どうやら呪文の詠唱をしていたらしい。
裾の長いスカートを開けたかと思うと、太ももの革ベルトに差し込まれていた魔法の触媒となる短杖を引き抜き、先端を右の森に向けた。
構築していた魔法陣が杖の先に小さく描き出され、小ぶりな青い宝石が燐光を放つ。
「荒れ狂う土槍!!」
土属性、中級魔法の行使に、アルバートは思わず感嘆の声を上げた。
中級魔法を行使できるとは聞いていたが、実際に目にするとやはり驚く。
メイリンの魔法は地面から岩石の槍を複数生み出す小規模範囲型の魔法だ。木々に隠れて見えないが、右側の森の中で一か所に固まっていた六人はひとたまりもなく、突如地面から現れた槍衾に刺し貫かれただろう。
石槍の先端が木々の間からわずかに見えているが、そこにいるはずの野盗達が何一つ声を上げないことが、何よりも雄弁に彼らの末路を語っていた。
「あ、あなた達、何を……っ!?」
いまさらながら驚愕の声をあげる女には、すでにクイールが肉薄していた。
長剣一閃、女は噴き出る血を抑えようと喉に手を当て、絶望的な出血量に懇願の瞳をクイールに向けた。
クイールは構わず再び長剣を振るい、女を沈黙させた。
「クイール、終わったなら手伝えよ!」
「わかってる!」
左側にいた野盗達が慌てて森から出てこようとしていたが、そこに駆け付けて二刀を振るうガロラントに、クイールが合流した。
ガロラントは二刀を器用に操り、敵の武器を弾き、叩き落としては急所に一撃をいれている。
一撃で殺すほどの威力はない。
だが、確実に足や腕などの重要な血管が走っている部位を狙い、出血による優位を得る戦い方をしている。
彼が持つのは短剣よりもやや長い、中途半端な長さの片刃の曲刀だ。突きよりも斬撃に用途を極振りした形状だが、それを両手に持って振るう姿は手慣れていた。
短剣ではあるが、同じ双剣使いのアルバートには非常に参考になる。
一瞬たりと同じ場所にいない独特の足さばきと、上体の動きで敵を惑わし、複数人を相手に常に一対一の立ち位置を占位し続ける様は、手慣れた職人の作業を見ているようだ。
もちろん、戦いに参加したクイールも負けていない。
野盗の攻撃を堅実に防ぎながら、攻撃に転じると最初の一撃で相手の態勢を崩し、翻った二撃目で相手の動きを止め、三度の攻撃でとどめを指す。
クイールは明らかに余力を残している。
恐らく一撃で叩き伏せることはできるのだろうが、野盗がアルバート達の方に向かわないよう、攻撃よりも防御に重きを置いているようだった。
盾をうまく使って野盗の動きをコントロールし、ガロラントと合わせて森に押し付けるように位置を調整している。
ふと隣で弓に矢をつがえたまま立ち尽くすオズマに気づいた。
特に矢を射る様子もなく、感情の読めない表情で立ち尽くしている。その姿に疑問を抱いたアルバートだったが、その疑問はメイリンによって解決された。
「あ、オズマは後詰めだから放っておいて大丈夫ですよ~。何もしてないように見えて、アルさんの護衛してるんです。ちなみに、私の仕事はもう終わりなので休憩中ですね。大技使ったし、魔力が残り少ないので~」
「そうなんですか。お二人だけに任せて大丈夫なんですか?」
本当に休憩よろしく荷台に上がって腰を下ろすメイリンにそう聞くと、大丈夫大丈夫と顔の前で手を振って見せた。
「私達こう見えても英雄級だからね~。そこらの野盗くらいなら、一人でも大丈夫ですよ。私の場合、距離があって、魔法の詠唱を許してくれるっていう前提条件ありますけどね。他の三人は武闘派なんで、ほっといても大丈夫。っていうより、運動不足解消に丁度いいくらいですよ~」
オズマもそれに頷いて肯定を示しており、アルバートはそういうものなのかと納得した。
しかし、それよりも英雄級とは!
全員が英雄級の冒険者のチームなど、そうは多くない。
英雄級が一人いれば一流のチームと言われるのに、全員が英雄級となればその戦闘能力は冒険者の中でも破格だろう。聖人級の冒険者を有するチームに遅れをとるが、それでもどこに行っても仕事に食いっぱぐれることはないはずだ。
少なくとも、野盗狩りや行商人の護衛などではなく、古代遺跡の発掘などに出向くべき人材である。
この世界にはゲームのような魔物が闊歩していたりはしない。唯一魔物が存在するのは古代遺跡の中にだけだ。
それ以外の場所では多少狂暴な動物がいる程度で、剣に覚えがあればどうとでもなる。
野盗狩りや行商人の護衛、農村部の害獣の駆除などはそれなりの金にはなるが、その報酬額は一流の冒険者達にとっては雀の涙というのが現実だった。
彼らの主な収入源は、主に古代遺跡の発掘だ。
世界各地に存在する古代遺跡を探索し、魔物を狩ってその素材を剝ぐ。
魔物の素材は加工することで様々な製品になることから、その需要は常に供給を上回る。
中には古代遺跡の底で強大な魔道具を手に入れ、一攫千金するような者もいる。だからこそ、一流の冒険者といえば古代遺跡のある街を拠点とし、遺跡に潜り続けるものなのだ。
「どうかしたっすか?」
いつの間にか野盗を倒し終わり、馬車を端に寄せた二人が戻ってきていた。
考えにふけるアルバートの顔を、ガロラントが覗き込んでいる。
「あ、いや……皆さんのような一流の冒険者が護衛依頼を引き受けてくれたのは幸運だなと思っていたんです。普通なら、古代遺跡専門でもおかしくない実力でしょう?」
「ああ、そんなことですか。それなら簡単で、俺達本職の冒険者ってわけじゃないんですよ。目的に都合がいいから一時的に冒険者やってるだけっすね」
「おい、口が悪い。依頼者だぞ」
「あ、いけね」
ガロラントはクイールに嗜められて頭を掻き、話を切り上げようとしたが、アルバートは慌てて言葉をつなげた。
「あの、失礼でなければ、その目的というのをお伺いしても? いえ、単純な好奇心なので、本当に差し支えなければなんですが……」
「目的っすか?」
「おい、また口調!」
「あ、やべ!」
片手を振り上げて怒る振りをするクイールに、ガロラントは尻尾を巻いて逃げ出した。
二人とも本気ではないのは丸わかりで、見ていて微笑ましい。
苦笑したメイリンが変わりに答えてくれた。
「うちの旦那がすいませんね~。育ちが貧民街なんで、口が悪いのが染みついてるんですよね。ま、根はいい子なんですよ。で、目的ですよね。そんな面白いもんでもなくて、ただの人探しですよ~。昔の恩人を探してるんです」
「恩人ですか?」
「そうですよ~。私達元軍人なんですけどね、怪我で引退した隊長を探してるんですよ。お世話になったから恩を返したいって思ってたのに、誰にも何にも言わずに消えちゃったんですよ。ひどいでしょ~? だから、全員で軍を辞めて探し回ってるってわけです」
「ははあ、なるほど……」
「ちなみに、アルさんは何か知りません? オルフェンって名前の冴えないおっさん」
恩人なのにおっさんと言われるあたり、彼女たちの中でのその人物はずいぶんと気安い関係の人物のようだ。
しかし、当然知るはずもなし。
そう伝えると、やっぱりかぁと言いつつも落胆した様子もなく、メイリンは笑った。
「ま、気長に探しますよ~。というわけで、そろそろ出発したいのであの馬鹿二人を止めてきますね……おーい、そろそろいい加減にしないと荒れ狂う土槍でぶっ飛ばすよ~?」
メイリンが短杖をぶんぶんと振ってそう言うと、ずいぶん遠くまで追いかけっこをしていた二人から「死ぬからやめてくれ!」「戻る戻る、すぐ戻るっすよ!」という情けない声が返ってきた。
さきほどまでの凛々しい雰囲気はどこへやら、しかしそれでも、アルバートが彼らを好ましく思う気持ちに変化はなかった。
恩人のために軍人であることを辞めた彼らは、いわば人生をその人物のために消費している。そのことにまったく疑問を抱かず、全員が同様に当たり前だと考えている。
正直に言ってしまえば、彼らの実力はアルバートにとって取るに足らないものだ。全員まとめ数秒で消し炭にできる。
それは紛れもない事実だ。
だが、それでもだ。
彼らの人間としての信念、あるいは想いは、平和を願うアルバートにとって、ひどく心地いいものだった。
できるならば部下に欲しい、そう思いながら、ムスラバへの旅路は続いた。
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