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冒険者チーム、紅蓮 2

 この世界は二つの大陸と、その周囲に浮かぶ小さな島で形成されていた。


 南の大陸には人間の国家がひしめき合うが、北の大陸には、南側の海岸線沿いに三つの国家があるのみだ。


 それより北側には人の姿がない。

 というより、人が立ち入るには険しすぎた。


 毒の煙を吐く沼地、天を貫く万年雪の山脈、氷が溶けることのない巨大湖、方向感覚を狂わせる深き帰らぬの森‥‥‥数え上げればきりがないほど、人を寄せ付けぬ厳しい土地が続く。


 だからこそ、なのだ。

 呪族が隠れ住む廃都が、数十万規模の巨大都市であるにも関わらず、これまでの長い月日を人の目に触れずにいられた。ひとえに、その立地のなせる技だろう。


 (ひるがえ)って、アルバートが目指すムスラバは、北の大陸の南側に広がる海岸線にあった。


 ムスラバはヒルデリク王国に属する貿易都市だ。

 しかし、ヒルデリク王国の首都が南大陸にあるのに対し、ムスラバは北大陸の南海岸線のちょうど中央部に存在する。


 それというのも、ヒルデリク王国の領土の大部分は北大陸の南海岸線沿いにあるが、そのほとんどは崖であり、貿易港を建設するには不向きだったからだ。それでも、北大陸の沿岸部のちょうど中心に存在したヒルデリク王国は、貿易の中継地点として理想的だった。


 ムスラバはそういった事情ゆえに、数世代前の王が対岸へと植民を始めたことで生まれた。

 元々その地には古代遺跡があり、距離の近さからヒルデリク王国の冒険者が数多く集まり、町の原型のようなものが醸成されていたということもある。植民はとんとん拍子に進み、百年ほど経過した今では巨大な貿易港を有する、王都と並ぶ巨大都市となっていた。


 アルバートはウベルトに調べさせたムスラバの発祥の起源を思い起こしながら、馬車に揺られ、時間を潰していた。


 なにせ、馬車の荷台は幌が付いているとはいえ、完全に密閉されているわけではない。冒険者達は護衛の目的で徒歩で周囲を歩いているが、時折、休憩と称して荷台に上がってくることもあるのだ。


 呪術の開発や呪力増加の日課を行うわけにもいかず、結果としてアルバートは暇を持て余しているというわけだ。


 思えばこれほど暇を持て余したのはずいぶんと久しぶりである。

 目的のために動き続けるアルバートにとって、時間はどれほどあっても足りない。ゆっくりと休むという発想自体がないのだ。貧乏性とでも言うのだろうか、ほんのわずかな時間があれば魔導書の一冊も読みたい、そう考えてしまうのである。それこそ、メギナ・ディートリンデ内を移動する時間すら惜しく、各所に転移魔法陣を敷く程度には時間に対してシビアな意識を持っていた。


 そもそも、アルバートは日々の日課や訓練に追われる日々を辛いと思ったことがない。

 世界平和を成し遂げるという大目的の存在もある。

 だが何よりも、呪術という異世界の技術に魅せられていたのである。


 魔導書が一冊手元にあれば時間を忘れて読みふけるし、新しい呪術の魔法陣を思いつけば何をおいても試したくて仕方がない。


 誤解を恐れず言ってしまえば、呪術とアルバートの関係は、お気に入りの玩具を与えられた幼児のようなものだ。行き過ぎたその嗜好は、アルバートの常識という(たが)をあっさりとはずす。その度、モーロックに窘められて我に返るというのがお決まりだった。


 忙しくなければ死んでしまうわけではないにしろ、ただ暇だと言われても何をしていいか分からない。ひどくそわそわとしながら、まんじりともせず景色を眺めるしかなかった。


「……うん?」


 アルバートにとって幸運と言うべきか、暇を潰せる状況が発生したのは出発して二日が経過した頃だった。


 あらかじめ構築していた早期警戒用の探知魔法に反応があったのである。

 警戒範囲はさほど広くはないが、探知さえできれば、奇襲を受けずに対応できるだけの距離は確保している。


 とはいえ、アルバートが対応するわけではない。それでは魔法や呪術を使用しなければならない。一介の魔導書修復技師が高度な魔法や呪術を使用するのは常識的にありえないことだ。


 紅蓮の実力を見るに良い機会と考え、ひとまずぎりぎりまで手を出すのは控えることにした。

 お手並み拝見、というわけだ。

 自然、笑みが浮かぶのは堪えられない。


 いまアルバート達がいる場所は、森の中の一本道だった。

 ムスラバまで分かれ道はなく、別の道と言えば出発地点まで戻った上で山越えの難所を通ることになる。


 つまるところ、行商人や旅人のほとんどがこの道を通るわけだ。

 これほどに待ち伏せに適した場所というのもなかなかないだろう。


 アルバートの感知魔法は、森の中心部に十三人の人間の反応を感知していた。

 道の中心に一人、道から外れて両側に六人づつ。

 何をしているかまでは分からないが、状況から推測するに道の中心にいる一人が囮で、近づいたところで両端から攻撃を仕掛ける布陣と見えた。


 いやはや、小賢しい。


「アルさん、ちょっといいですか?」


 クイールが幌を持ち上げて声をかけたことで、アルバートは思案を中断して微笑んだ。


「はい、どうかしましたか?」


「オズマが異変があると言っています。先行して様子を見てきてくれるので、少しここで待機しますね」


「異変ですか。それはまた、どんな?」


 白々しいことこの上ないが、ここから野盗達が伏せている場所までまだ相当の距離がある。


 魔法での感知という観点でいえば大した距離ではないが、馬車での移動であればまだ十数分はかかるのだ。その距離で異変を察したということに驚くと同時に、どうしてオズマがそれを感知できたのかに興味をひかれたのだ。


「オズマ達シャターン族は動物や昆虫、植物の声を聞けるらしいです。明確な話し声というわけではありませんが、例えば警戒が必要とか、ここは安全とか、こっちに水があるとか、そういた具合におぼろげな思念のような何かを感じ取れるようで……すいません、私もよく理解できていないんですけどね」


「なるほど。興味深いですね。では、何かがあるとオズマさんが感じたのであれば、それはほぼ間違いないと……?」


「はい、恐らく。長く一緒にいますが、これまで外れたことがありませんからね。ここら辺は安全らしいので、まずはオズマが戻るまで待機しますね」


 アルバートは興奮を抑えるのに必死だった。

 動物や昆虫、果ては植物の思念を感じる?

 なんだそれは?


 面白い、手に入れるにはどうすればいいだろうか?

 魔導的な能力と考えるには、オズマの魔力量は低い。初級魔法ですら発動しない、以前のアルバートと似たレベルだ。


 ならばスキル?

 だが、そんなスキルは冒険者時代を通じても聞いたことがない。


 いや、クイールはシャターン族は、と言った。

 ならば種族的特性?


 面白い、面白い、面白い、欲しい。

 すぐさまオズマを捕らえて問いただし、場合によっては研究の対象としたい欲求に耐える。

 それは知的探求心をくすぐられたアルバートにとって、暇を持て余すよりもなお辛いことだ。


 それでも必死に耐え切り、オズマが帰って来たのは、それから十分ほどあとのことだった。


 言葉が喋れないオズマは、クイール達に集まるように手招きすると、地面に何事かを書いて状況を説明しているようだった。


 説明が進むにつれて三人の顔は緊張を帯びる。

 何事か話し合ったあと、クイールとオズマがアルバートの元へ歩みよった。


「どうでしたか?」


 声をかけながら、アルバートは感心していた。

 クイールは先ほどまでの緊張をおくびにも出さず、笑顔を浮かべているのだ。


 護衛が無用に恐怖を抱けば、護衛対象者は恐慌状態に陥る。

 どんな状況であれ笑顔を絶やさぬことは、それが必要と分かっていても簡単にできることではない。


 恐怖の中には成功は生まれない。

 恐れるおののくその最中にこそ平静を装い、降りかかる火の粉を笑って振り払う精神性は、まさしくアルバートの好みと言えるものだった。


「不測の事態なので判断を仰ぎたいんです。アルさん、この旅路はお急ぎですか?」


「ええ、それなりに時間の制約はありますが……どういうことですか?」


「実は、この先に野盗と思しき集団が罠を張ってるようなんです。人数も我々の三倍……本来なら旅人の迷惑にもなるので殲滅するところです。ただ、今回は護衛任務中なので迂回したほうがいいかと思います。ここから迂回となると、一度出発地点付近まで戻って、別の街道を通ることになるので、日程が五日ほど長くなるんですが……問題ありませんか?」


「五日、ですか」


 クイールは慌てて手を振った。


「あ、もちろん日数が増えるからといって、依頼料を増額して欲しいなどとは申しません。すでに十分前金で頂いていますから、そこは安心してください。ただ、日数が増えるのだけはどうしようもありませんので、そこを呑んで頂けるのであれば、という話です」


 それならば構いませんよ、そう言いかけ、ふと疑問を抱く。

 何か、いまの会話はおかしくはなかっただろうか?


 言葉の選択に違和感を感じたのである。

 クイールの発言をじっくりと思い起こし、はたと気づく。

 彼は「本来なら旅人の迷惑にもなるので殲滅するところです」と言った。


 それは即ち、普段であれば殲滅が可能、そう確信しているということだ。

 人数差で考えれば圧倒的に不利なはずだが、クイールは微塵も勝利を疑っていない。


 なんともはや面白い、そう思った。

 アルバートは少しばかり挑戦的な口調で言った。

 

「殲滅をお願いしたら、どうなりますか?」


「それは……可能ですが、確実に安全を保障できませんよ? オズマがいますから大丈夫だとは思いますが、絶対はありません」


 依頼者を危険に晒してまでやるべきではない、と言いたいらしい。


 こちらの返事を待つクイールに、アルバートはできるだけ荒事に慣れていない魔導書修復技師らしく困惑の表情を浮かべ、しばし考える振りをした。


 しかし、内心ではすでに腹は決まっている。

 イグナーツとリーゼロッテの軍勢は出撃の準備に入っているはずで、ムスラバ到着までは一か月もない。この後の予定を考えれば、五日の浪費は痛い。


 それより何よりも、彼ら紅蓮というチームに興味を抱いてしまっているのだ。

 アルバートがかつて冒険者として働いていた時、彼らのようなチームは彼の周りには存在しなかった。


 もちろんアルバートが冒険者として底辺にいて、その周囲にいるのも冒険者とは名ばかりの野盗同然の人間しかいなかったということも原因ではあるだろう


 だが、確かにアルバートは彼らのような冒険者を目にしたことがなく、好感とともに強い関心を抱いているのだ。


 なにせ、紅蓮の仕事ぶりは素晴らしいの一言だ。


 馬車があるのに安易に乗り込むことなく、馬車の周りを歩いて常時警戒態勢を敷く。


 アルバートですら魔法でようやく感知した敵の気配を察知する。


 確実に殲滅できるという自信がありつつも、護衛対象者の安全を優先して回避を提案する。


 さらに、本来なら旅人の迷惑になるため殲滅するという言葉から、普段から金にもならない野盗討伐を率先していることが分かる。


 これが冒険者か、そう思った。


 そして同時に、彼らのお手並みをじっくりと観察したい、そう思ってしまったのである。

 だからこそアルバートは、こぼれそうになる笑顔を必死に押し殺して言った。


「やはり、時間的に迂回は難しい。申し訳ありませんが、突破してもらえますか? それでどうなっても、文句を言ったりはしません」


「わかりました。それではオズマを護衛としてつけますので、離れないようにしてくださいね。後は私達がやります……おい、このまま進むことになったぞ。準備しろ!」


 後半は少し離れたところで武器の確認をしていたガロラント夫妻に向けてだった。

 二人は準備万端らしく、気負いなく片手を上げて了承の仕草を返した。


 アルバート達が野盗の罠に辿りついたのは、進み始めて十五分後だった。

お読み頂きありがとうございます。

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