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恐怖は盲目なる忠誠を生み出す

 いったいどれほどの苦痛を感じているのか、ダナは面白いように(さえず)った。


 聞かれた事どころか、聞かれずとも必死に、臆面もなく、涙と鼻水で顔を汚し、穴という穴から蟲(・・・・・・・・)を生やしながら(・・・・・・・)


 拷問にも耐えられぬなど呪族としての誇りはないのか。


 平時のイグナーツであればそう公言して(はばか)らなかった。それが彼の誇りであり、人間達に捕らえられてどんな責め苦にも耐えられるという自負があった。


 だが、アルバートの行った拷問は、そんな彼の心を容易くへし折る。


 あれに耐える?

 何を馬鹿なことを。


 心の中で沸き起こった自問をせせら笑うほどの恐怖ゆえに、彼は自らの想像の埒外(らちがい)が存在することを認めるしかなかったのである。


 しかして、イグナーツは己を恥じてはいなかった。

 なぜ恥じることがあろうか。


 神を畏れぬ者など滑稽極まりないではないか。


  あれほどに異常な呪術を行使してなお、その身から放出される呪力に一切の陰りがない。あれ(・・)呪術王(カース・ロード)であるかどうかはともかくとして、神に等しい力を持つことは間違いないのだ。


 敵対することなく、己が一族を守ると約束してくれるのならば、神の前に頭を垂れて畏怖するのは至極当然の行動だろう。


 恐ろしく極端な思考の帰結だが、アルバートを見つめる四人の心の内は忠誠心の過多という違いはあれど、概ね似たような決着を見た。


 すなわち、あれ(・・)は神である、だ。


「……ふぅむ。これで終わりかな?」


 ダナはすでに限界と見えた。


 しばらく前から悲鳴とも嗚咽とも喘ぎ声とも判別できない声を漏らす、不快なオブジェと化している。


 時折意味が取れる言葉を口にしても、死を望む懇願のみ。

 その様子をじっくりと観察したアルバートは、それでも執拗に質問を繰り返し、死を望む言葉しか返って来ないことを確認してようやく納得した。


 あまりにも慎重、あまりにも無慈悲だった。


 アルバートを擁護するなら、その慎重さも理解できはする。ここは異世界で、己の知らぬ時代、己とは違う種族の只中にあるのだ。情報は何よりも大切で、精度の高い情報を得るために精査することは必要不可欠である。


 石橋を叩いて渡るというが、この時のアルバートは石橋を砕くまで叩いてでも確認するつもりであったのだ。


 だが、そうとは知らぬ者が見れば、それはまさしく蛮行。

 四人は流れ出る冷や汗を拭うこともできず、ただひたすらにアルバートの言葉を待った。


「さて、得るべき情報は以上のようだ。といっても、大したことは知らなかったな。敵の将が聖人級であるということ、名前がラーベルクであること、十万規模の軍勢であること、それくらいか。最後の奉公にしては(いささ)かお粗末と言うべきかな」


 ダナを拷問することで分かったことはそれほど多くはないが、最も重大な事実としてダナが呪族を裏切っていたことが挙げられる。


 一族全てがではなく、ダナ個人の命を救済し、ラーベルクの腹心の一人として迎えることを条件に、すべての呪族を裏切っていたのだ。


 各種族の特性、数、行動パターン、地形や防衛設備の敷設状況まで、あらゆる情報がラーベルクに流れている。翻って、ダナが持っていたラーベルクの情報はひどく少なく、二人の間に交わされていた契約は立場に大きな差があるものと考えられた。


「裏切りに気づかないとは……まことに申し訳なく……言い訳のしようもありません」


 コルネリアは苦虫を万匹も噛み潰すように震えた声を漏らしたが、他の三人も同じ心境だった。


 まさか人間が呪族を篭絡しようとし、それに応える者がいるなどとは考えも及ばなかったのだ。アルバートは現状を正しく認識するために確認の言葉を発しただけだが、一同は羞恥のあまりその言葉を弾劾と捉えていた。


 委縮し震える面々を睥睨し、アルバートは鼻を鳴らす。


「何を謝罪することがあるものか。お前達は何の失敗もしておらん。お前達は仲間を信ずるという成功を繰り返して来たのだ。それは誇るべきことだ。そうだろう?」


「そ、それは詭弁ですわ。お言葉ですが、我々は……!」


 耐えられず顔を跳ね上げたリーゼロッテは、冷たい視線に射竦められた。


「吾輩が詭弁を弄すると?」


 たった一言で全ての反論は封殺(ふうさつ)された。


 残るのは、ただ畏敬のみ。

 失敗をむしろ誇れと、すべてを理解しつつ赦免(しゃめん)する王への忠誠は極限に至っていた。


 少なくとも、疑心を抱いていたイグナーツですら、真なる呪術王(カース・ロード)であるかはさておき、命を捧げるに足ると納得したのである。


「ご容赦ください、敬愛する我が王(フィロ・プリアドネ)


「ふむ。何かあったかな。吾輩には特に容赦するような事があったとは思えんが」


 リーゼロッテはその言葉に目を細めて深く一礼し、落ちた髪を耳にかけた。


 そうすると鋭い眼差しがより一層はっきりと強調される。美しいというよりも凛々しい顔立ちと合わせ、大抵の男であればそれに心酔するような魅力に溢れている。


 しかしリーゼロッテの真の魅力はそこではない。

 全身からにじみ出る武の気配。己の信念に従って前進する気骨。その無骨なまでの精神性にある。


 アルバートはその気配を確かにリーゼロッテの瞳から見て取った。そしてそれは他の面々からも同様で、優れた人材を手に入れたことに内心で喜びを感じていた。


「さて、それでは戦いの時だ。お前達が従う王の力を見せる。目に焼き付けよ」


至高の我が王(フィロ・プリアドネ)の仰せのままに」


 立ち上がるアルバートに、四人は膝をついたまま声を揃えた。方法を問う者は誰一人いない。

 王がやると言うのであれば、従うのみだ。


 謁見の間を後にし、訪れたのは転移鏡の間。

 居城たるメギナ・ディートリンデには幾重にも魔法的結界が張り巡らされ、この転移鏡を使ってしか出入りは不可能だ。


 不便極まりないが、敵の進入路の限定という意味では効率が良く、またこの門を自由に通る許可を得ることは呪族のステータスでもある。


「どこへ転移しますか?」


「敵軍が見える場所へ」


 アルバートの打てば響く明快な指示に、ウベルトは頷いた。

 鏡に認証紋を読み取らせ、起動。


 鏡の表面が波打ち、反射すべき鏡面にこことは違う景色が映し出される。


 転移鏡は対となる鏡が存在し、それらは廃都メギナ・ディートリンデの各所に設置されている。今回選ばれたのはその中の一つ、廃都の中央にそびえる結界の塔だ。


 天を穿(うが)つほどの巨大な塔の頂上、バルコニーへとつながる転移鏡を出ると、激しい風が吹き荒れる。

 眼下には廃都メギナ・ディートリンデと迫り来る軍勢があった。


「思ったよりも近いですな。全軍を引いたのですから当然ですが……いまは攻める準備をしているというところでしょうか」


「十万となると、やはり圧迫感がありますわね」


 イグナーツ、リーゼロッテは前線で矛を交えた経験からか、油断できない相手だと言った。


 だが、それくらいでなければテストには向かない。

 己の力がどこまで通ずるのか。


 世界に平和を強要するためには、まずそれを知ることが重要だった。

お読み頂きありがとうございます。

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