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古代遺跡の窮地

 目を覚ました瞬間、脳内に見知らぬ人間の記憶が入り込んだ。


 よく映画などで見かけるシチュエーション。

 使い古された古典劇。

 その多くは頭の中に大量の情報を詰め込むために激痛を伴うものだが、どうもこれは様子が違った。


 追体験するというような形ではなく、同化したと言ったほうが適切だろうか。


 二つの記憶があるが、元から一人の人間だったようにしっくりとくる感覚。

 同時に二つの人生を歩んだ人間など珍しいだろう。


「アルバート・フォスターか。なるほどね」


 年齢は22歳。

 職業、冒険者。

 この世界でも珍しいスキル持ちだった。


 所持しているスキルは【反転】。

 そして今、このアルバートという男は精神的に死んだばかりだということも分かった。


 彼は足元の石床に刻まれた小さな魔法陣に触れ、小さくため息をついた。


「おい、罠は解除できたのか。すげえ声で叫んでたけどよ」


 彼の後ろから声をかけた軽装鎧の男は、心配というよりも急かすような口調だった。


 その横に並ぶ弓使いの女、魔導師の年老いた男も同様で、髪を気にしたり、あくびを噛み殺したりと彼を心配する様子はない。


 とはいえその事にさほどの驚きも感じず、むしろ当然と考えていた。


 アルバートの記憶の中にある彼らは、この遺跡の浅層に潜るにあたって臨時で組んだ冒険者チームだ。


 冒険者の仕事は前の世界でいうところの発掘に近い。ピラミッドやらファラオの墓やらを探索するあれだ。むしろ墓を傷つけ、宝を奪っていくあたり盗掘というべきか。


 そんな仕事だから、脛に傷があるどころか、仲間を殺して金品を奪おうと狙う野盗紛いの者もいる。臨時で組んだチームで、名前も知らないとなれば思い入れを感じるわけがない。


 それより彼が気になっていたのは、この場所のほうだ。


 古代の魔導文明の遺物が残る古代遺跡だった。


 それらを探索、魔道具を発掘して糧を得るのが冒険者だが、死んでしまっては元も子もない。だからこそリスクヘッジは大切だし、安全マージンを意識して探索することは冒険者にとって最大の重要事と言える。


 特に、今回探索する古代遺跡は世界中に存在する迷宮の中でも飛び抜けて凶悪と名高い<鏖殺墓地(カタコンベ)>。


 世界の敵(ワールドエネミー)として歴史に名を遺す悪逆の使徒、呪術王(カース・ロード)の遺骸が眠る場所だ。


 全人類対呪術王(カース・ロード)の戦いはかろうじて人が勝利したが、その遺骸は配下の異形どもによって”鏖殺墓地(カタコンベ)”に持ち込まれ、ついぞ人間の手に落ちることはなかったという。


 呪術王(カース・ロード)の手記が発見されたことで浅層、中層、深層の三つの領域があることは分かっているが、長い年月が経った今も数多くの呪術の罠と、徘徊する異形達によって冒険者を阻み続けている。


 神は近道となる男に転移させると言っていた以上、アルバートという男がこの場にいることにも意味があるのかもしれない。


 だが、思考に耽るわけにもいかない。

 なにせ、目の前には重大な問題がある。


 浅層しか探索しないはずの冒険者チームが、何を血迷ったか中層にまで降りてきてしまっているのだ。


「これはまずいな……」


 ざらりと指の下で存在感を主張する魔法陣は、すでに効力を失っている。


 観察するまでもなく、とても浅層で活動する冒険者の手に負える罠ではなかった。


 それ自体は大したことのない鈴笛(ピーク)という罠だ。

 罠を無視して進めば音が鳴り、周囲の異形を呼ぶ。凶悪だが解除することは難しくない。


 しかし、魔法陣が刻まれた床石を剥がしてみると、その下に別の魔法陣が現れる。


 二重罠である。

 刻まれていたのは、精神壊殺(フィロー・スーダー)

 抵抗力がない者の精神を殺す魔法だ。


 被害者となるのは運が悪い一人だけだが、鈴笛(ピーク)の解除が発動のトリガーになっている以上、罠解除の技術がある者が引っかかる。罠だらけの迷宮、しかも罠のレベルが数段上がる中層の只中で、罠を解除できる者の精神が死ぬ。


 回復手段はなく、生きたまま骸となった仲間を前にチームは進退窮まるというわけだ。


 生きた屍となった仲間を見捨てて撤退するも、抱えて撤退するも等しく地獄に違いなし。


 最高に悪質で、呪術王(カース・ロード)が悪逆の徒と呼ばれるのも納得の罠だった。


 彼は仲間達の根拠のない自信に振り回され、実力に見合わないこんな場所に来てしまったのかとアルバートを説教したい気分だったが、そこでふと気づいた。


「……ああ、そうか。いまは俺がアルバートだな……よし、仕方ないか」


 よく考えればこの罠のおかげでアルバートの精神が死に、彼が転移できたということでもある。


 彼……いや、アルバートはあっさり割り切り、文句を垂れる仲間たちに向き直った。


「すみませんが、いまある罠を俺の技術で解除するのは不可能です。これ以上は進めませんし、撤退しましょう」


「はっ、なんの冗談だそりゃ。大した能力もないお前をチームにいれてやったのは罠が解除できるからだぞ。それをできませんって、それで話が通じるはずがないだろうがよっ」


 軽装鎧の男は鼻息も荒く詰め寄って来るが、アルバートはにべもなく言い切った。


「不可能だと言ったはずですよ。俺は罠を解除できますが、それは浅層までです。中層の罠は解除できません」


「こ、ここまで解除して来ただろうがよ!!」


 確かに、すでに中層に入って一時間ほども進んでいる。


 その道中の罠は浅層と同様の代物で、問題なく解除ができた。だからこそ死ぬ前のアルバートも調子に乗ってここまで進んできたわけだ。


 だがいまの魔法陣を観察すれば、それこそが本当の罠だったのだと嫌でも気づく。


「この罠は連動式なんですよ。発動か、解除されると次の罠が発動します。ここから俺達が入って来た浅層へ上がる階段まで、設置された罠がすべてすげ変わっているはずです。その罠は俺には解除できない凶悪なものばかりですね。それこそ、目に見える範囲の罠がすでに凶悪極まりないですから」


 調子に乗って進んだ解除者を骸とした挙句、さらには他に解除できる者がいた時のためによりに凶悪な罠で帰り道を埋める。まったくもって堂の入った性格の悪さに閉口してしまうが、侵入者を確実に殺すという意味では非常に効果的だ。


 こんな状況でもなければ、アルバートは手を叩いて口笛でも吹いてやりたいところだった。

 

「おい、どうすんだよ。それじゃあ戻っても罠だらけで解除できねぇってことだろ。どっちにしろ死ぬってことじゃねぇか」


 軽装鎧の男の非難の言葉に、弓使いと魔導士が続く。


「そ、そうよ! ここまであんたが連れてきたんじゃないの、責任取りなさいよ!」


「そうじゃぞ! 儂はこんなところで死にとうない!! 儂が死ぬのは世界の損失じゃぞ!!」


 口々に罵倒の声を上げるチームの面々を鼻で笑い、アルバートは冷たく睨み据えた。


「喚かないでくださいよ。ここまで来たのが俺のせいですって? 俺は罠が解除できるかは分からないと言ったはずですし、それを押し切ったのはあなた達でしょう。もちろん押し切られた俺に責任がないとは言いませんが、冒険者は自分の命に自分で責任を持つべき職業のはず。自分の死には自分で責任を持つんですね」


 吐き捨てるような物言いは冷たく、三人を相手にまったく迎合する気がないものだ。


 否、それすら必要がないと断じているだけだろう。


 神ですら面白いと評する男の異常性の発露だったが、三人はこれまで唯々諾々とチームの後ろを着いていてきていたアルバートの変貌ぶりに面食らっていた。


 何を言われたのか頭の整理が追いつかず、ぽかんとアルバートを見つめている。


 いっそその口に石ころでも詰めてやれば大人しくなるだろうかと真剣に検討し始めた頃、我に返った軽装鎧の男が顔を真っ赤にして声を荒げた。


「て、てめぇ! 俺様に向かってなんだその言い草は! 罠解除と雑用くらいしか能がねぇてめぇをチームに入れてやった恩を忘れたのか! この屑スキル野郎が!!」


「感謝しているけど、それとこれは話が別でしょう。そもそも、俺のスキルが役に立たないというのは事前に分かっていたはずです。いまさら恩に着せられることじゃない」


 スキルはこの世界の人間が極稀に生まれ持つ特殊な力だ。


 後天的に習得可能な魔法や、魔力による身体強化とは異なる。とはいえ、あれば必ず便利というものでもない。なにせ、魔法の威力を高めるという有用なものから、両手を真上に挙げた時だけ脚力がわずかに上がるというようなどう使ったらいいのか分からないものまで存在するのだ。


 スキル持ちというだけでも千人に一人だというのに、それが有用な確率など万に一つ。


 その例に漏れず、アルバートのスキルも外れに分類されるものだった。

 【反転】という名前は仰々しく、物事を反転させるという効果があるという。ただし能力の発動は自動で、これまでの人生で一度も発動したことがないとくる。何を反転させるのか、いつ反転させるのか、皆目見当がつかないのだ。まさに何に使うか分から(・・・・・・・・)ない役立たず(・・・・・・)というわけである。


 かといって魔法を覚えるにも、身体能力を強化するにも魔力が少なすぎた。


 特筆すべき能力がなく、それでも一攫千金を夢見て冒険者業にすがりつき、罠の解除や索敵、素材の剥ぎ取り、薬草の見分け方などを勉強してきた。ありとあらゆる必要そうな技能に手を出し、汗を流して学んできたのだ。


 そうしてついたあだ名が器用貧乏。

 いやはや、まったくもってお似合いだとあだ名をつけた人間を賞賛するしかあるまい。


 身体能力に秀でるわけではなく、魔法の才もない。戦闘では役立にたたず、覚えた技術も一流にはほど遠い。いれば多少は便利だが、魔道具(ローグ・メイデン)を使えば代用できる程度でしかない。


 当然、報酬の分配比率も貢献度に応じて低くなり、満足に食事が取れる日のほうが少ないという始末だ。


 今回臨時チームに合流できたのも、罠解除の魔道具がたまたま品切れだったからという理由でしかなかった。


 そんな格下と見ていた男から反論され、死を前にした恐怖がそのまま怒りに転じた軽装鎧の男は剣の柄に手をかけた。


「言い残すことはそれだけかよ、くそガキがよ。罠が解除できねぇならお前に用はねぇやな」


 男は鞘から魔法剣を抜き放ち、にたりと嗤った。


 確か、わずかな欠け程度であれば一カ月ほどで回復するという微妙な効果の魔法剣だったなと思いだしながら、アルバートも鼻で笑って応じる。


「斬ってもいいですけど、抵抗しますよ。死にたくないですからね。腕の一本くらいは持って行きます。それと、俺を殺したら脱出できる可能性が失われますが、それでいいんですね?」


「あ? いま罠は解除できねぇって言ったばかりだろうがよ」


「ええ、できません。解除はね」


 アルバートの言葉に、苛立った軽装鎧の男が剣を振り上げた。


 命惜しさに適当に言っているだけだと思ったのだが、魔導師がその間に割って入り、必死に男を止めた。


 薄汚れた魔導士のローブが翻り、何とも言えないすえた臭いがする。恐らく長く洗浄していないのだろう。一部の魔導師は道具には魔力が宿り、洗えばそれが薄れるという迷信を信じている。


 これ(・・)もそれを信じる無知蒙昧の類というわけだ。


「待て、待つんじゃ。こいつは腹が立つが、これまで嘘は言っておらん。おい、お前、持って回った言い方をせず核心を話せ! 何か生還する方法があるんじゃな!?」


 生粋の戦士である若者と魔導士の老人では体力が違い過ぎる。ずるずると押し込まれながらすがるように振り返る魔導師に、アルバートは滑稽さを感じながら頷いた。


「解除はできないけど、回避はできます。罠がある場所はかろうじてわかりますから、それを避ければいい」


「あ!? だったら最初からそう言えや! ちゃんと帰れるんだな!?」


「ええ、一部は」


「さっきからてめぇ、どういうことかはっきり言いやがれ!」


 アルバートは真顔で言う。


「回避できない罠があるんですよ。浅層の傾向から見てそれほど数は多くないでしょうが、最低でも一つはあると思います。通路いっぱいが発動の鍵になっていて、その空間に入った瞬間に発動すると考えてくれたらいいです。鍵を踏まないように気を付けるなんて代物じゃないので、それは回避しようがありません」


「な、ならどうするんだよ?」


 怪訝に眉を寄せる軽装鎧の男に、アルバートは何を当然のことを言うのかと口を開いた。


「誰かが犠牲になればいいでしょう?」


 ごくり、と誰かの喉を鳴らす音が薄暗い石畳の廊下に響き渡った。

お読み頂きありがとうございます。

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