呪われし王の覚醒3
差し出された剣を見つめながら、アルバートはどうしたものかと思案した。
ただの剣であれば奪い取ればよいだけの話で、そもそも助けるという条件を呑む必要はない。交渉とは対等な力関係にあるか、あるいはお互いに利があるからこそ行うものだ。
アルバートは己の民となるであろう者達には寛容な姿勢を示すが、敵に対しては異なる。オルフェンやシューゲルのような魂の輝きゆえに欲したならばともかく、ブリジットやユウヤのごとき土くれにかける情けなど持ち合わせていないのだ。
ただし、その剣は血に根付き自在に具現化する魔道具だった。
ちらりと観察しただけでも、ブリジットの魂根に絡みつくように刻まれた不可思議な術式の束がいくつも見える。
恐らくは分析できる。
ならば、奪取も可能。
問題はブリジットがそれを許すかどうか、である。
「安心しました。その様子でしたら、一瞬で奪い取るということはできないようですね」
「ふむ。奪い取れないとは言っていないが」
「確かに……でも、時間はかかるという顔をしていらっしゃいますね」
顔と言われて思わず頬を撫で、しまったと舌打ちを一つ。
これではブリジットの言葉が間違っていないと言っているようなものだ。己の阿呆さ加減に辟易し、しかし彼女の確信に満ちた様子を見れば探るまでもなく見透かされていたのだと気づく。
そういえばユーフォリア王国の王族だったなと思い出し、王族として培われた観察眼かと納得した。
「隠し事は無意味か。それほど分かりやすいと言われたことはないんだがな」
「それは当然でしょう。相手は呪術王ですから……平静を保って相対できる存在など限られます。恐怖に曇った目では見えるものも見えません」
「なるほど、道理だ」
であれば、目の前の彼女は呪術王に対して恐怖を抱いていないことになる。
だが、それはさすがに嘘だろう。
彼女の制御を離れて笑う膝が、力が入りすぎて白くなり始めた剣を握る手が、彼女の恐怖と緊張を隠しようもなく証明しているのだから。
ならば彼女に平静を取り戻させたものは何か。
ややあって、アルバートは彼女の本質に思い至った。
「そうか、君は死人だったな」
「あら。しっかりと生きているつもりですけれど?」
「身体的には確かにな。だが、ユウヤの拒絶によって魂根の崩壊を食い止めているだけに過ぎない。君は事実として、すでに死んでいるよ。まあ、別の意味でも死人であるようだがな」
彼女は倒れ伏したユウヤに視線を送りながら、困惑したように返答した。
「どういうことかしら。話が見えませんね」
「なに、君は己の命を道具と思っているということだ。すでに死んだ命として扱えば、どれほど分が悪い賭けにでも気軽に全財産を放り込める。君は己の命に価値を見出していない……生命としての死だけではない。己という命に対する認識という点でも死人というわけさ」
ブリジットは心当たりがあるのか、困ったように息を吐いて額に落ちた前髪を耳にかけた。
「覚悟をしているだけよ」
弱弱しい反駁は、しかしそれがすでに己を偽った言葉だと悟っているからか。
アルバートはくつくつと笑い、一蹴した。
「覚悟とは、生きることを前提にするものだ。己の死すら受け入れたそれは覚悟ではない。ただの怠慢だよ」
「……っ、死を覚悟しなければ成し遂げられないこともあるでしょう!」
「ああ、あるとも。だが、それは生きることを諦めたわけでも、死を確信しているわけでもない。よいかね、どれほどの苦境に立たされようと、死が避けられぬ事態であろうと、死を免罪符に事を起こそうとするような者に価値など認めぬ。やはり、お前はただの土くれだよブリジット君」
「言いたいことを好き勝手に! あなたに私の何が分かるというの!? ロゼリアに虐げられ! それでもと国に尽くし! なのにあっさりと捨てられ! それでもロゼリアに跪かなければならない私達の何が分かるっていうのよ!」
激高したブリジットの怒りは詩歌を歌うのが相応しい唇から荒々しく吐き出される。
美しい横河は興奮に朱に染まり、全身から怒りの波動がゆらめき立つようにすら見えた。
だが、アルバートはそれほどの怒りすらもたった一言で切り捨てた。
「くだらぬ」
「なんですって?」
「くだらぬ、そう言ったのだ。お前の事情など知ったことかよ。泣き言などさらに知らぬ。世の不合理など当然のこと、吾輩とてそれは変わらぬわ。しかし吾輩は知っている。己の目的のためにすべてを賭け、しかし生きることを諦めぬ者達がいることをな。彼らに比べれば、お前の矮小さなど語るべくもない」
「……言葉遊びね」
かもしれん、とアルバートは笑った。
だが、それでも明確にブリジットという女を拒絶する色を含んでいた。
「お前はいらん、ブリジット」
「誰もあなたの物になるなんて言ってないわ。あげるのはこの剣だけよ」
「死ぬことを恐れぬからこその交渉か……まあ、よかろう」
すでにブリジットに対する興味は失せていた。
それに、もう時間を稼ぐ必要もない。
「お喋りはここまでだ。解析は完了したのだよ、ブリジット」
「解析? まさか――」
はっと何かに気づいたようだが、もはや彼女にできることは何もなかった。
アルバートは見せつけるように右手を上げ、その呪文を唱える。
「聖剣招来」
それは、ブリジットの血に根付いた魔道具を召喚する秘術だった。
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