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7.桜舞う

 アングリーボアの換金依頼を出した俺たちは、数時間待って欲しいと言われたため、湖畔の辺りまで足を伸ばした。町に入った時一際アミミが興味を抱いていたからだ。

 俺たちの目の前には今、澄んだ水をたたえた巨大な湖と、岸辺に近いところで枝葉を揺らしている大樹が聳えていた。


 ピルケスの湖は三方を山に囲まれている。

 夏は山から吹き下ろす涼しい風が、冬は暖かい風が流れ込み、一年中快適な気候を保っている。

 また王都から3日と少々距離があるものの、比較的交通の便はいいと言うことで、最近は観光スポットとしても注目されてきているそうだ。

 以前俺が来た時はまだそこまで環境が整備できていなかったようだが、見た所だいぶ観光業も板についてきているようだ。


「綺麗でござるなー」

「カァカァ」

「あ、食べ物の屋台もあるようでござるよ」


 そう言って駆け出す童女。花より団子とはこのことか。


 俺はアミミを追って屋台へ向かうと、ふわっと香ばしい匂いが漂ってきた。どうやら何か魚を焼いているようだ。

 前まで来るとアミミが涎を垂らしそうな勢いで覗き込んでいる。何の魚かはわからないが、たれを塗った魚の切り身を串に刺して炭焼きにしているようだった。魚は違うがうなぎの蒲焼きみたいな感じだ。

 たれの焼ける良い匂いが食欲をそそる。隣を見るとアミミが本当に涎を垂らしていたので、俺は3本その串を買うことにした。


「この串焼きを3本くれるか」

「毎度。蒲焼3本ね。銀貨3枚だよ」


 本当に蒲焼きだったかと思いながら、代金を支払い蒲焼を3本受け取ると、アミミに2本渡した。

 アミミは目を輝かせて蒲焼にかぶりつく。


「ん〜〜。 美味しいでござる」

「カァカァ」


 どうやら2人? とも喜んでくれたようだ。

 俺も一口かじる。


「んん! 皮目はパリッとしていて香ばしい食感だが、中はふっくらとしている。これはじっくり時間をかけて焼いているのか。表面を覆うたれも味が強いかと思いきや、程よい甘辛さで食欲をそそられる味付けだ。中の身は魚本来の塩気が残されているのか。少し粘り気のあるタレを絡めとって胃の中へ流し込んでくれるから、後味も思った以上にスッキリしている。店主、いい腕をしている!!」

「うまいでござるー」

「カァカァ」

「あ、ありがとよ」


 俺の捲し立てるような説明に店主は若干引き気味に礼を言う。


「ちなみに店主。この魚は何なんだ?」

「これは湖で取れるカパカパさ。この辺りじゃよく取れる魚だ」

「これが……カパカパ?」


 俺は以前カパカパという魚を食べたことがある。それもこの町でだ。

 以前来た際は大して下処理がされていなかったのだろう。生臭さと泥臭さが強くて、とても美味しいといえるものではなかった。食感もゴムのようで噛み切りにくかったのを覚えている。


 元々こっちの方での依頼があまりないのもあるが、その出来事もあって今までこの町に来るのは避けていた。だがこの蒲焼きはこのために来てもいいくらいにうまい。

 早々にアミミを置いて町を出ようかと思っていたが、もう少しこの町で色々な店を調べるのもありかもしれない。


 俺たちは店主に礼を言うと、蒲焼片手に湖の淵を歩く。アミミは早々に食べ終わったので俺の串を渡してやった。


「前来た時はこんなに落ち着いて回れなかったんだがな。今は休みなのが有り難い」

「トール殿は無職でござるか?」

「お前、俺は冒険者だって言っただろうが」

「昔お爺さまが冒険者は働かないでも名乗れるから実質無職だって言ってたでござる」


 なんて爺さんだ。一体どう言う教育してるんだ。

 とは言え実際、冒険者らしいことをしなくても、冒険者を名乗る事はできる。だから無職みたいな奴がいなくもないが、そんなことしてたら生活ができないのでほとんどいない。


「いない事はないが生活できないな。食い扶持ぐらいは稼がなきゃならんから、よっぽどのヒモでもないと不可能だ」

「ヒモって何でござるか?」

「……お前はまだ知らなくてもいい話だ」


 アミミが文句を言っているが、俺は無視して湖畔を歩いた。


 暫く歩くと大樹の根本までたどり着く。

 その光景は実に壮観だった。大樹と呼ばれるだけあり、人が数十人いても周りを1周するのが難しそうなほど太い幹。枝の一本一本が最早通常の木々と同じぐらいの太さに見える。地面に落ちた葉も手の平大はあり、すべてのスケールがでかい。

 雄大であり壮大。まさにそんな言葉が似合うだけの迫力を有している、そんな樹だった。


 その樹の周囲には結構な数の観光客の姿が見られた。思い思いの場所から大樹を眺めたり、幹に触ったり、遠くから写生しているものもいる。

 湖の方へ目を移すと数隻のボートが波間を漂っていた。いずれも乗っているのはカップルばかり。どの世界でも男女がやることは変わらないようだ。


 そんな中ふと耳に聞こえてきたのはこの町や大樹の説明だった。


「この樹は生命の樹と呼ばれておりまして、この町ができる以前からここにありました。この湖と生命の樹があったからこの町ができたと言っても過言ではありません。正確な樹齢は分かりませんが、少なくとも1,000年以上は経っているだろうと言われています」


 どうやらガイドでもしているらしい。この町も本格的に観光業に取り組んでいるようだ。


「樹齢1,000年とはすごいでござるな。拙者の何代前のお爺様が生きている時代でござろうか?」

「知らんわ」


 アミミが歴代爺様を指折り数えているのを横目に見ながら、再びガイドの説明に耳を傾けた。


「この生命の樹ですが、精霊様が宿っていると言われており、この樹を傷つけようとしたものには罰が下ると噂されています。この話が真実かどうか定かではありませんが、少なくともこの樹を傷つけるのは無理でしょう。何故ならこの気はとても硬く、鋼鉄にも匹敵すると言われています。ですので表皮を削り取ることすら困難なのです」


 そう言ってガイドは大樹の表皮を鉄の棒で叩いた。すると硬質なものがぶつかり合う音が辺りに響く。ガイドの言う通り、この樹は相当な硬さを有しているようだ。


 ふと頭上を仰ぎ見ると、木の枝に座る緑が身の少女と目が合う。少女は微笑みながらこちらに手を振った。

 俺もそれに笑みを返して反応する。


「このように非常に硬いため、今まで幾度か切り倒されそうになったことがありましたがその都度危機を免れてきたと伝え聞いています」


 そもそもこれだけ歴史的価値がありそうな物を切り倒そうとすること自体どうかと思うが、歴史の中では遺物や貴重な遺産でも数多く失われている実績がある。征服戦争などすれば歴史の塗り替えや象徴物を壊すことなど、往々にしてあることだ。

 元の世界でもそうなのだから、この世界でもないとは言い切れない。それに時が遡れば価値観も違うのだ。貴重とは今になってこそ言える言葉だろう。


「この町にはもう1つ伝説がありまして、大樹の精霊様に並ぶ湖の精霊様がいると言う話も伝わっております。湖の精霊様はこの町にに水の恵みを与えてくださりました。この二柱の精霊様がいることで、この町は守られていると、そう信じられているのです」


 ガイドの説明が終わると、聞いていたものたちは次の目的地に向けてゾロゾロと移動を開始した。


 集団がいなくなった後、俺たちは大樹へと近づく。幹に手を当てるとどことなく暖かさが感じられた。


「何だかほんわかするでござる」


 どうやらアミミもこの温もりを感じているようだ。

 すると先ほど説明を行っていたガイドの男が俺たちに声をかけてきた。


「大樹のご説明は必要ですかな?」

「いや。さっきあんたが話した説明を聞いてたから大丈夫だ」

「そうですか。……この樹、触ると暖かいでしょう? 不思議ですよね。だから私は、この生命の樹にはきっと精霊様が宿っていると思うのです」


 そう言ってガイドの男は大樹に手を当てた。

 そんな男の様子を楽しげに樹上から少女が見守っている。


「そうだな。精霊はいるかもな。案外、あんたの頭の上にでもいるかもしれないぞ」


 するとハラリと1枚の葉が男の元へと辿り着く。慌てて頭上を見上げるが、そこには何もない。


「まさか、あなたは精霊様が?」

「さあね」


 アミミに声をかけ俺たちは大樹を後にする。背後ではガイドの男がいつまでも俺たちに視線を向けていた。





 それからすっかり時間が経ち、これからどうするか考えていた。

 冒険者ギルドで頼んだアングリーボアの換金後でギルドまで行くつもりだが、さすがにそれだけではアミミの財布が心許ない。何か別の金策をしたほうが良いのだが、ギルドでは少々目立ちすぎたので依頼も受けにくかった。

 かと言ってこの近辺で魔獣を狩るにしても、おそらく時間がかかるだろう。ここまで観光地化されているのだ。害獣駆除などは定期的に行っているはずだ。


 すると突然湖の方から悲鳴が上がった。

 と同時にザバンと何か質量のあるものが湖に突っ込んだような音がした。

 俺とアミミは慌てて音のした方へと向かう。


 その場は騒然としていた。

 遠くには舟底を天に向け転覆したと思われるボート。そのボートに2人の男女がしがみついていた。

 ピンク色をしたヒレだけが湖面に突き出ており、そのヒレが男女のボートを囲むようにグルグルと周回している。


 周囲の他の客たちはそのヒレを見て慌てて岸辺まで戻ってこようとしている。中には我先にと争うあまり、ボート同士がぶつかって転覆しているものまで見られた。

 ボートの貸し出し場にいた係員たちが慌てながら、慌てないよう大声を張り上げている。


 しかしピンクのヒレは一向に標的を変える事はなく、最初に見つけた獲物を確実に屠るつもりのようだ。

 その証拠に周回する間隔が狭まってきている。徐々に徐々に、ヒレは中心へと近づいていた。


 マズいと思い俺は走り出そうとしたとき、傍にいたはずのアミミの背中が視線の向こうに遠ざかっていく。そしてそのまま湖に飛び込んだ。


(あのバカっ!)


 慌ててアミミを追いかける。

 すると沈んだと思われたアミミの姿が宙に現れた。


 どう言うことかと足元を見ると、大渋滞となっていたボートに着地しては、次のボートに飛び移りという荒技を繰り返していた。

 時折転覆して上下逆さになったボートはその舟底を蹴りつけて高く舞う。


 アミミの桜色の上衣がまるで本当に桜が舞っているかのように、軽やかに、嫋やかに、しなやかに宙に軌跡を描いていった。


 しかし男女のボートまではまだ距離がある。

 そしてヒレと男女との距離はもう幾ばくもない。


 アミミはしかし、焦った様子もなく空中にありながら居合の態勢に入った。そしてなんの足場もないまま刀を振るう。


「桜刀斬」


 アミミが叫ぶと刀の軌道に沿って斬撃が飛び出した。斬撃の後にひらひらと花弁が棚引いている様だ。

 そしてその斬撃が湖面へとぶつかり、正確に周回してきたピンクのヒレに襲い掛かった。


『ギィェェェェェェェ』


 斬撃がぶつかった衝撃で豪快にしぶきを上げながらピンク色をした巨体が宙に打ち上げられる。それはピンクレーダーと呼ばれる魚の魔獣だった。

 そしてその軌道はちょうどアミミの真ん前。

 当然、その後に待つのは、


「往生するでござる」


 静かにアミミが言い放つと、ピンク色をした巨大な怪魚は真っ二つに両断された。

 2つに分かれたピンクレーダーの体はそのまま2つの飛沫をあげ着水。肉塊だけがその場にプカリと浮かんだ。


 そして当然ながら、アミミも重力に任せて自由落下を始める。ただし足元に着地できるボートはない。男女のボートまではまだ距離があるし、他のボートも逃げ出したため距離がある。


 仕方ないとアミミは刀だけ鞘に収めると、できるだけ抵抗なく水中に飛び込めるよう目を瞑り体を丸くした。が、暫く経っても着水した感覚は訪れなかった。

 アミミが恐る恐る目を開けると、どうやら自分が浮いていることに気づく。すると徐々に高度が下がりだした。

 遂にはぽふりと俺の腕の中に抱き抱えられる。


「全く。少しは後先を考えろ」

「トール殿? これは一体」

「魔法でお前を浮かせて受け止めた。まだ暴れてくれるなよ。今暴れると水の中に落としちまうかもしれないからな」


 アミミは抱き抱えられながらそっと下を見た。そこは湖面。そんな中、何事もないように俺が立っていることに、アミミは驚愕していた。

 故郷の妖術師にも水面に立つ術があると聞いたことがあるが、実物は見たことがない。こんな感じなのかと感慨にふけっていた。


 俺はそんなアミミに呆れた視線を向けながら、一先ず湖に落ちた2人をボートの上に引き上げた。そのまま湖を歩きながらボートを引っ張って岸まで連れて行く。

 途中横転している奴らは問題なさそうなので基本無視だ。


 岸に上がった俺たちにボート小屋の職員たちが慌てて駆け寄ってくる。


「大丈夫ですか⁉︎」

「俺たちは大丈夫だから、あっちの方を何とかしてやれ」


 そう言って俺は、湖で未だばたついている奴らを指差す。

 職員たちは数人、慌ててそちらへと走っていった。



「ありがとうございました!」


 2人が落ち着いた後何度も礼を言われるが、実質彼らを助けたのはアミミだ。俺はほとんどついでに過ぎない。


「礼ならこいつに。真っ先にあんたらの元に駆けつけたのはこいつだからな」


 俺の言葉に、2人はアミミへと視線を向ける。目線をまっすぐ合わせながら、揃って深々と頭を下げた。


「本当にありがとうございました!」

「私も、ありがとうございました!」


 アミミは2人のその姿に、自分の行いの結果を噛み締めているようだった。少し恥ずかしかったのか、はにかんだ笑顔を見せていた。


 暫くすると徐々に周囲の喧騒が大きくなってくる。職員たちが他のボートに乗っていた客を全て回収したようだ。いずれこちらに視線が向くだろうと考えて、俺時は2人に別れを告げる。


「俺たちはこれで。あまり騒ぎになるのも面倒だからな」

「そうですか。もし暫くこの町に滞在するなら、うちは宿屋をやっているのでよろしければ」

「商魂たくましいな。機会があれば利用させてもらうよ」

「ではまたでござる」


 アミミが力一杯手を振りながら、俺たちは湖を後にした。

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