6.冒険者でござる
やっと第6話。ほんとはもっと短いスパンで投稿したいけど、執筆速度が遅いのでご勘弁を。
町に入った俺たちは、ひとまず冒険者ギルドへと訪れていた。アミミに冒険者登録させることで身分証を発行させるためだ。
通常であれば登録をするにも身分や出自などを明らかにし、その裏付けを取ったりと、長ければ1週間ほどかかってしまうのだが、今回は俺がいるから問題ないだろう。
ギルドの制度としても、他の冒険者からの推薦があれば冒険者登録がスムーズに行えるというものがある。今回は俺が推薦者になることで問題なく登録できるはずだ。
ただそれをするとその冒険者としての親といった立場になるため、問題を起こした場合、こちらにまで責任が及ぶことがある。つまりそう簡単に切ったり切られたりができなくなるのだ。
まあアミミの場合、それほど心配しなくても大丈夫だろうと考えた上での判断だ。
それに多少の問題なら何とかなるだろうからな。
「ここが冒険者ギルドでござるか」
「ああ。まあ侍で冒険者やってる奴は少ないし、まだ子供だから少し目立つかも知れんが、俺もいるしあまり気にするな」
「分かったでござる」
アミミは妙に意気込んで返事をする。
目の前には無骨な印象の建物で、看板には冒険者ギルドと書かれている。大体町に1つは冒険者ギルドが建っており、住民の困りごとなどの依頼に答えている。
所謂何でも屋の派遣形態が冒険者だ。冒険者ギルドがその管理会社と言えるだろう。
早速俺たちはギルドの中に足を踏み入れた。
数人の冒険者がこちらに注目する。まず俺を見て、続けてアミミの方に視線を移すと少し苦い表情を浮かべた。
アミミは声を上げながら周囲を見回し、しきりに俺の名前を連呼する。
「トール殿、トール殿。冒険者っぽい人が一杯でござる!」
「当たり前だ。それよりさっさと受付行くぞ」
アミミの言葉に厳しい視線を向ける者や気にしない者、若干興奮した目で見ている者など様々だ。取り敢えず興奮してる奴は後で締めるため顔を覚えておくことにする。
しかし一応俺も冒険者なんだがな。
苦笑しつつ、半ばアミミを引っ張る形で受付カウンターへと向かう。
「いらっしゃいませ。何かご依頼でしょうか?」
受付をしているのは妙齢の女性だった。ややポッチャリとした体型だが、どこか愛嬌のある顔立ちをしている。
アミミを連れているからだろう。俺が何か依頼をしにきたと思われたようだ。子供連れの冒険者、或いはその子供を冒険者登録させようなどと思うはずもない。
なので俺の言葉を聞いた女性は、その表情を曇らせた。
「こいつの冒険者登録をしたい。一応俺は冒険者だから、冒険者からの推薦って形でいけると思うんだが」
「えっと……。すみません。いくら冒険者の推薦だとしても危険がある場合は、申請を受理できない規則なんです。それに冒険者登録は10歳以上でないと出来ませんので」
「一応10は超えてるぞ」
「拙者は12でござる!」
アミミが憤った感じでこちらを睨み付ける。子供扱いされたことが腹に据えかねたのだろうか。
「これで条件は達してると思うが、それでもダメか?」
「え、えっと……」
受付の女性はどう判断して良いかオロオロしていると、俺の背後から大柄な男が歩み出てきた。
服の上からでもわかる隆起した筋肉が威圧感を放っている。周囲の冒険者達も事の成り行きに注目しているようだった。
「おい。あまり俺らのアイドルを困らせないでくれないか」
「アイドル? 受付の彼女のことか?」
「そうだ。その娘はピルケスの冒険者ギルドで紅一点、みんなのアイドル、サヴェータちゃんだ!」
男が大仰に叫ぶと周りの男どもがヒューヒューと囃し立てた。当の本人であるサヴェータは頬を赤くしながら恥ずかしそうにもじもじしていた。
やめてやれ。サヴェータのHPはもう残りわずかだ。
「別に困らせてるわけじゃないんだがな」
俺が肩を竦ませると男はにかっと白い歯を見せて距離を詰めてくる。暑苦しさに俺は顔を逸らすが、男は逸らした分だけ前に出てきた。
「あんたに困らせる意図がなかろうと、現に困っているだろ」
「まあそうかもな。だがこちらだって困ってるんだ。お互い様だろう」
「ふん。貴様が困っていようが知ったことではない。そもそもそんな子供を冒険者にするなど非常識以外の何ものでもないだろうが」
「拙者は子供ではござらん!」
随分傲慢な態度だ。いつの間にか貴様呼ばわりになってるし。間にアミミの抗議が入った気がするが無視する。
「子供でも冒険者になっている奴は大勢いる。それこそ腐るほどにな。だからギルドは10歳を一つの基準として設けているんだ。その規則に従っているのに文句を言われる筋合いはこちらにはないはずだがな」
「ぐくぅ。貴様ぁ!」
男はいまにも殴りかかりそうな勢いでこちらを睨みつけた。周囲の冒険者達も皆俺たちに注目している。
アミミは文句を聞き入れてもらえず手持ち無沙汰になったためか、さっき買ったアプーの実を齧っていた。誰のためにやってると思ってんだこいつは。
「お前ら静まれ!」
大喝一声。姿を現したのはこれまた体格のいい老齢の男だった。目の前の筋肉バカよりはやや小さいが、それでも引き締まった体はバカ以上の迫力を放っている。
「これは一体何事だ?」
「ギルドマスター。それが……」
彼らのアイドル、サヴェータが支部長と呼ばれた老齢の男に事の仔細を説明した。話を聞き終えたギルドマスターはため息をつくと、俺に謝罪の言葉を述べた。
「すまなかった。ギルドの規則に則る以上、その少女の登録は問題なく行える。今回はこちらが適切な対応ではなかったようだ」
「そりゃよかった。じゃあ手続きお願いできるか」
「いや待て。確かに規則としては問題ないが、冒険者ギルドの存在意義は冒険者を守ることだ。いくら他冒険者からの推薦があろうと、実力が不確かな者をそうそう登録させるわけにもいかん。冒険者にも品位というものがある。お前さんもそれくらいは分かるだろう?」
確かにギルドマスターの言う通りだ。
推薦だけでなんの審査もなかったでは、実力が伴わないケースも出てくるだろう。まして犯罪紛いの行いをする者だっているのだ。冒険者全体の品位を守るため、その者の実力や人となりを把握しておく必要があるのだろう。
俺の紹介なので人となりの部分は俺の信用が足りないということだが、年齢の低い子供が冒険者になって命を落とすケースも多い。そういった点をギルドマスターは心配しているのだろう。
要するに、アミミの実力が分かれば問題ないと言うことか。
「ならこいつの実力が分かればいいって事だな」
「平たく言えばそういう事だ」
俺はアミミを見る。いつ手に入れたのかは知らないが、アミミは干し肉をガジガジ齧っていた。俺が視線を向けると今までの話を聞いていなかったのか、こてんと首を傾げる。
「干し肉齧ってないで、ちょっとは話についてこい。お前の実力がわからないから、このおじさんはお前を冒険者にして良いものか分からないんだそうだ。ちょっとお前の腕前を見せてやってくれないか?」
「おじさん⁉︎」
ギルドマスターがショックを受けていたが無視しつつ、俺はアミミの答えを待った。
アミミは干し肉をかじるペースを上げると、最後のひとかけらを口の中に放り込み嚥下する。ごくんと大きな音が聞こえてきた。
「なるほど。そこの御仁が拙者の実力を見たいと申すのでござるな。構わないでござるよ」
そう言ってアミミはギルドマスターに向き直ると軽く礼をする。徐に腰に下げた刀に手をかけた。
アミミがそっと目を閉じ、薄く目を開け深く呼吸をつく。
12歳の童女が刀を構えた。それだけのはずが、周囲の荒くれ者どもは息を飲む。辺りに漂う空気が張り詰めていた。
ギルドマスターですら、目の前の年端もいかない少女の威圧感に圧倒されそうになる。
「ふっ!」
気合一閃。
アミミは刀を抜くと、余人の目には追いつけぬ速さで目の前の空間を薙ぎ、返す刀でそのまま鞘に収めた。
鍔鳴の澄んだ音が辺りに響くと、その場にいた多くの者達がハッと我に帰る。それでも何が起こったか分からず、殆どが惚けたように口をぽかんと開けたままだった。
何が起きたか理解していたのは、俺を除くと恐らくギルドマスターくらいのものだろう。
ギルドマスターは今目の前で起きた出来事を噛みしめるように、ゆっくりと口を開いた。
「恐ろしく早い剣閃。私でなければ見逃していただろう」
そう言った次の瞬間、ギルドマスターのズボンがぱさりと落ちる。どうやら自分のベルトが切られたことに気づいていなかったらしい。
思い切りキメ顔でどこかの殺し屋みたいなコメントをしたのに、完全に見逃していたようだ。
「…………」
ギルドマスターの顔が徐々に赤く染まってゆく。
俺は汚いものを見せないようアミミの目を両手で隠しながら、ギルドマスターに問いかけた。
「これでこいつの実力は分かったんじゃないか?」
「あ、ああ……」
慌ててズボンを引き上げたギルドマスターは、ずれないよう片手で押さえながら、戸惑いながらもなんとかそう返事した。
周囲の人間は未だ何が起こったか理解が追いついていないようで、ギルドマスターと俺たちを交互に見ながら口をぽかんと開けたままだった。
「じゃあ冒険者登録をお願いしようか。サヴェータちゃん」
「ひゃ、ひゃうぃ!」
俺の呼びかけにびくりと反応した受付嬢、サヴェータは、慌てて受付カウンターへと走った。直ぐに登録用の用紙を取り出し俺たちがくるのを待つ。
他の冒険者達をその場に残し、俺はアミミを連れて受付カウンターに進んだ。
カウンターはちょうどアミミの肩あたりの高さがあるため、今は何とか背伸びをして覗いている感じだ。
「で、ではお名前や年齢をこの用紙に記入してもらえますか?」
サヴェータがその様子に、遠慮がちに紙を差し出した。少し黄色味がかった紙で、名前、年齢、その他に職業や出身地の記載項目があった。
アミミはサヴェータからペンを受け取ると各項目を記入しようとする。が、いかんせん身長が足らず、齷齪していた。
堪らず俺はアミミの両脇に手を差し入れると、そのまま見やすいように体を持ち上げてやる。
「おおー。トール殿。かたじけない」
にこりとこちらに笑顔を向けると、再び用紙への記入に戻った。
アミミはちゃんと字が書けるようで、丁寧に一つ一つ記載していく。気付いているかは分からないが、書きながら声に出してしまうのはどの世界の人間にもある事のようだ。
「アミミ・タガサ。年齢は12。出身は東方のアズマ。職業はサムライ、と。書けたでござる」
アミミは満足したように用紙をサヴェータへと渡した。それを受け取ったサヴェータは、水晶玉とその横に平たく伸びる石の台座がくっついた道具を取り出すと、平たい石の台座に先程の用紙を置く。
不思議そうなアミミの視線に気づいたのか、サヴェータは今操作している道具の説明をしてくれた。
「これは使用者の魔力を物体に定着させる道具なの。さっき書いてもらった紙は魔力感応紙と言って、魔力を注ぎ込むことで材質を変化させるんだけど、今からあなたの魔力をこの紙に定着させるわね」
子供相手だからかサヴェータの口調はやや柔らかくなったようだ。
俺がその様子をじっと見ていると、サヴェータは照れたように慌てて作業に戻った。
平たい台座に先程の感応紙を載せると、何やら水晶を操作し始めた。直ぐに終わるとアミミに水晶玉を差し出す。
「ではこの水晶玉に手を置いてください。アミミさんの魔力を登録します」
「承知したでござる」
アミミが水晶玉に手を置くと、水晶玉が光を発する。その光が感応紙に吸い込まれていくと、徐々に感応紙が形を変えて行った。
光が収束すると台座に残されたのは小さなカードだった。
「はい。これが冒険者カードです。アミミさんの魔力を登録してあるので、街に入る時の身分証にも使えます。初めはFランクからスタートなので、依頼は一つ上のEランクまで受けられます。再発行は金貨1枚必要になるので紛失には注意してくださいね」
手渡されたカードを受け取ると、アミミはしばらくそれを見つめた。
しばらく見つめたあと、俺の方へ振り返り表情を確認する。俺が少しだけ微笑むと、アミミは徐々に笑顔になりカードを頭上に持ち上げた。
「登録の作業はこれで終了です。これから冒険者として頑張ってください。アミミさんのご活躍をお祈りしています」
「感謝するでござる」
俺はアミミを下ろすと、アミミは暫くカードを見つめたまま動かなかった。やがて俺の方へと顔を向けると嬉しそうに口を開いた。
「トール殿。拙者も冒険者でござる。冒険者でござる!」
「ああ。そうだな。今日からお前も立派な冒険者だ」
俺はアミミの頭を撫でる。アミミは嬉しそうにカードを見つめて、俺に笑顔を向けた。
肩に乗ったワシもカァカァと声を上げた。
「ちなみにトール殿は何ランクでござるか?」
「俺か? 俺はSランクだ」
すると受付カウンターからガタンと音が聞こえる。見るとサヴェータが気を失って倒れていた。うわ言のように『Sランク』と呟いていた。