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5.湖畔の町ピルケス

 早朝、朝日が昇る頃に俺は目を覚ました。やや肌寒いくらいの気温に俺は体を震わせる。

 朝靄が周囲を包んでおり、枝葉は湿り気を帯びている。ややジメジメしているが、昔から使われている野営地ということもあって不快さはない。むしろ緑の匂いが清々しさを感じさせた。


 昨夜張った獣除けの結界は時間がたった今でも問題なく機能している。鳥などの小動物の気配は感じられるが、危険な獣などの気配は感じられなかった。


 俺は収納から真新しい薪を取り出すと、それを組んで火を起こした。湿気を含んだ燃えさしは除外する。

 薪を置く前に火の魔法で予め土の湿気を取り除いてから、薪と着火剤に藁を置いた。火種を与えると勢いよく赤が広がっていく。

 パチパチといこる焚き火が周囲の温度を上げていった。


 とりあえず朝食でも作るかと、育ってきた火の上に鍋を置き、取り出したベーコンや野菜などを軽く炒める。水とハーブを加え、ひと煮立ちさせてから塩やスパイスなどで味を整えれば完成だ。

 昨日あれだけ肉を食べたのだから、朝は軽くスープでいいだろう。


 匂いにつられたのかアミミがもぞもぞと寝袋の中から這い出してきた。一応レジャーシートのようなものを地面との間に敷いているので、多少動いた所で体が汚れることはない。

 ただ朝露塗れなので冷たいだけだ。

 アミミも俺と同じようにぶるっと体を震わせた後、目をコシコシと擦ると寝ぼけ眼で周囲を見渡していた。

 どうやらアミミは朝が弱いらしい。ふぁと小さくあくびをすると、だんだんと焦点があってきたのか俺の姿を確認してパチリと目を開けた。


「お早うでござる。トール殿」

「おはよう。よく眠れたか?」

「はい。ここ数日で一番よく眠れたでござる」


 安心し切った笑顔で言われると何となく背中がむず痒い感じがした。

 俺は誤魔化すように水の入った桶をアミミに手渡した。


「ほれ。とりあえずこれで顔を洗え。それが終わったら飯にするぞ」

「やや。こんな貴重な水、もったいないでござる」

「気にするな。どうせ魔法で生み出したものだからいくらでも出せる」

「何と。トール殿は妖術使いでござったか。拙者の里でも数人はいましたが、なかなか珍しいものでござるよ」

「こっちでは魔法使いな。それに厳密には2つは違うから、俺は妖術使いじゃない。そんな事より早くしないと飯がなくなるぞ」


 俺の言葉に慌てて野営地の端まで行ったアミミは、パシャパシャと水で顔を洗うと顔についた水を袖で拭った。急ぎ足でパタパタと戻ってくると、既に置かれていたスープとパンの前にちょこんと着席する。

 ワシも匂いに釣られたのか、いつの間にか目を覚ましてアミミの横に着いていた。


「んじゃ食うか。頂きます」

「頂きます」


 そうして鳥の囀りが聞こえる中、俺とアミミは静かに朝食を楽しんだ。



「ご馳走様でござった。トール殿、このスープも美味しかったでござる」

「お粗末様。そりゃ作った甲斐があったってもんだ」


 するとアミミがふふふと小さく笑った。俺は食器の片付けをしながら首を傾げる。


「どうした?」

「いや、何故かトール殿と話していると初めて会った気がしないというか。いや、口説き文句ではござらんよ? 『頂きます』とか『お粗末様』なんて、里を出てから久しぶりに聞いたゆえ、懐かしくなってしまったのでござる。失礼だが、トール殿は東方の国出身でござるか?」


 俺はアミミの言葉に答えを返せなかった。

 この世界の人間じゃない。アミミくらい単純なら信じてしまいそうな気もするが、やはりそんなばかなことを口にできるわけもない。


「秘密だ。人ってのは秘密が多いほど魅力的なんだぞ?」

「ほう。そうでござるか。トール殿には色々と見習うところが多いでござるな」


 アミミがニコッと笑みを浮かべる。その無邪気な笑顔にどこかバツの悪さを感じながら、しかしそれほど悪い気分ではなかった。こんな日常も悪くないなと少し思ってしまう。


「さて。そろそろ出発するか。昼過ぎには街につきたいからな」

「そうでござるな。湖畔の町でござったか。一体どんなご飯が待っているでござろうか」

「言っとくがお前、まともに払える金持ってないからな」


 俺の言葉を聞いたアミミは、ガーンと効果音がなりそうな表情を浮かべながら頽れた。すぐ隣でワシも同じようにショックを受けている。

 宝石の換金は時間がかかるし、ミスリル貨に至っては価値が大きすぎて通常利用ができない。

 実は昨日仕留めたアングリーボアを下取りに出せば金は工面できるのだが、無駄遣いしそうなのでいまは黙っておいたほうがいいだろう。


 俺は食器や寝袋などを空間収納にしまうと、野営地を後にしアミミ達と一緒に湖畔の町ピルケスへと進路を取った。





 太陽が天高く登る頃合い。

 あれから道中山賊や魔獣に出会すこともなく、安全な旅路を歩んだ。そうして何とか昼頃にはピルケスについたというわけだ。


 現在俺とアミミとワシは遠方に見えるピルケスの門へと向かっている。門はそこそこ大きさがあって、左右に門衛が立っている。

 俺たちの前には商人の荷馬車や数台の馬車が並んでいた。この街に入るための順番待ちをしているようだ。以前来た時はここまで人の入りが多くはなかったが、今日はそこそこ人がいるようだ。

 商人の隊列にアミミは目を輝かせており、田舎者丸出しのそんな姿に俺は苦笑した。


 暫くして、俺たちは商人たちとの距離がなくなった。

 ふと隣を見ると、アミミとワシの視線が一心に荷台へと注がれていた。つられて俺も視線を向けると、そこには黄色い果物が山積みになっていた。

 確かこの果実はアプーの実と言い、リンゴに似た味わいだったはずだ。

 もう一度アミミとワシを見ると、2人して涎を垂らしながら視線は全く外さない。

 俺は溜息を一つ吐くと、目の前の荷馬車に乗った商人に声をかけた。


「なあ、あんた。その荷台のアプー、いくつか分けてくれないか?」


 俺の声に気づいた商人が振り返ると、人の良さそうな笑みを浮かべて返事をした。


「ああ。いいよ。3つでいいかい?」

「ああ。3つ……いや、やっぱり5つ貰えるか?」


 隣のアミミから向けられた不服そうな表情を見て、俺は渋々注文数を増やした。

 途端にぱあッと明るくなったアミミを見て、商人も苦笑を禁じ得なかった。


 御者台から降りた商人はアプーを5つ皮袋に詰めると、それを俺に手渡してくる。


「アプー5つで銀貨1枚だ」

「ありがとよ」


 俺は代金を支払ってアプーを受け取ると早速一つを取り出す。服の袖で汚れを拭き取ると、それをアミミに手渡した。

 受け取ったアミミは唾をゴクリと飲み込みながら、俺の方に視線を向ける。なんなのかと思って黙って見ていると、徐々に眉間にシワを寄せ始めた。

 一体なんなんだと思っていると、商人がたまらず口を挟んでくる。


「食べていいか聞いてるんじゃないか?」


 するとアミミはその言葉にこくこくと何度も頷いた。それなら声に出せよと思ったが、どうやら涎を抑えるので精一杯だったらしい。

 俺がオッケーと返事をすると、アミミははむはむとアプーの実に齧り付いた。


「んー。トール殿、美味しいでござる! 甘いでござる!」

「そうか。そりゃ良かったな」

 

 俺はもうとつアプーを取り出すと腰のナイフを抜いて手早く4等分する。その一片をアミミの肩にいるワシへと差し出した。するとそれに気づいたワシは嬉しそうに一鳴きしアプーの実に齧り付く。


 その姿を見ていた商人は思わず笑顔をこぼした。


「可愛い娘さんだね。親子で2人旅かい?」


 ワシに差し出した手が空中で止まる。ワシが早くくれないのかと不服の声を上げていた。アミミは相変わらず食べるのに夢中である。

 とりあえず俺はワシにアプーを差し出してから商人に向き直った。


「俺はまだ嫁ももらってないんだが。そんなに歳食ってるように見えるか?」

「わ、悪かった。だからその笑顔はやめてくれるとありがたいんだが」


 俺は普通に笑顔を向けただけだったのだが、商人は少したじろいだように2、3歩後退りする。別に脅かすつもりはないので俺も表情を戻した。

 それを見て商人は少し安心したようだった。


「はぁ。今殺し屋みたいな表情になってたよ。まあ俺もすまなかったよ。で、親子じゃないなら一体どういう関係なんだい?」

「まあこの街までの道案内ってところかな」

「護衛の仕事かい?」

「いや。途中で会っただけだ。それにこいつ護衛いらないくらい強いから」

「ははは。そりゃすごいお嬢さんだ。ん? 呼ばれてるから先にいかせてもらうよ」

「ああ。じゃあな」


 そう言って商人は門衛の方へと荷馬車を動かし、2、3言葉を交わすとそのまま町の中へと入って行った。

 そうして俺たちの番がやってくる。


「やあ。この町にはどういった用で?」

「数日間の滞在を希望だ」

「身分証や許可証は?」


 俺冒険者証を差し出す。暫く確認したあと、門衛はそれを俺に返した。

 次にアミミを見るが、アミミはキョトンとしてしまう。

 普通は身分を証明するような物を所持していなければ大きな町などには入れないが、村や小さな町ではまだまだ門衛が居ないところも少なくない。

 特にアミミのような年齢だと身分証を持ってないケースも多いので大体は通してくれるのだが、どうやらピルケスはそこら辺もきっちりと管理をしているらしい。


「すまない。俺の娘なんだ」

「娘? あんたずいぶん若く見えるが……」

「そうでござる。トール殿へぶっ!?」


 アミミが余計なことを口走らないよう頭にチョップを喰らわす。門衛はやや不審な顔になるが俺とアミミを交互に見比べやがて許可を出した。


「まあ髪の色も同じ黒だし、冒険者ってのは若く見える奴も多いからな。通っていいぞ」

「ありがとう」


 俺たちは揃って門を潜る。目の前に広がる街並みにアミミは息を飲んだ。


 一直線に通る大通りの左右に建物が並び、大通りの先には一際大きな樹木が聳えていた。樹木は青々とした葉を茂らせ風に靡いていた。

 ふわっと緑の香りが鼻につく。


「トール殿! 凄いでござる! おっきな木が生えてるでござる!」

「ああ。あれはこの町のシンボルだ。あの木の向こう側に湖が広がっているんだ」

「おお! それは是非見に行ってみたいでござるな」


 俺達は左右に広がる店々をを眺めつつ、大通りを歩いていく。するとアミミが思い出したように声を上げた。


「そう言えば、先ほどはどうして拙者を娘と言ったでござるか? 商人の方と話した時は嫌がっていたのに」


 俺は少し嫌そうな表情を見せたが、何となく諦めてくれなさそうだったので俺は渋々口を開いた。


「まあ正直いうと結婚もしてないのに子供がいるなんて言いたくないが、嫁だっていうのも変な話だろ? それにお前、身分証明持ってなさそうだったからな。とっさに身内ってことにしといたほうがいいと思ったんだ」

「よ、嫁……」


 アミミは耳まで真っ赤にしながら狼狽を隠せないでいた。俺が視線を向けるとさっと服の袖で顔を隠してしまう。

 まあこの年頃は結構ませてたりするもんだからな。


 暫くして落ち着いたアミミはまだ俺に問いかけた。


「し、しかしそれなら、兄妹と言っても構わなかったのではござらんか? 髪色も同じでござるし、その方がすんなり納得してもらえた気がするでござるが」

「…………」


 アミミの言葉に俺は呆然となった。

 兄妹。その言葉が頭の中でリフレインする。


 それからどれほど経っただろうか。往来の邪魔になる程俺はその場に突っ立っていたらしい。アミミに引っ張られ道の端まで連れて行かれていた。


「ま、まあ、とりあえず町に入れたんだ。結果オーライだ」

「あ、トール殿。誤魔化したでござるな」


 アミミがにんまりと嫌らしい笑みを浮かべ、ワシがカァカァと鳴き声を上げる。

 なんかイラッとしたので、俺は2人にチョップを見舞うとそのまますたすたと大通りを進んだ。

 アミミは頭を押さえながら、慌てて俺を追いかけて来るのだった。

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