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4.旅は道連れ

「拙者はアミミ・タガサと申すでござる。こっちはワシでござる。先程は誠にかたじけなかった」


 アミミと名乗る童女はそういうと頭を下げた。傍らに控えるカラスも頭を下げる真似をする。と言うかワシ? カラスの間違いではないだろうか。いやいや、ワシと言う名前という可能性もある。

 俺はそんなことを考えながら、先ほどのことを思い返す。


 あの後正気に戻ったアミミは、極度にお腹を空かせていたのかすぐにその場に倒れ込んだ。

 俺は仕方なくアングリーボアの血抜きを済ますと、大容量無制限の空間収納に納め、アミミを背負って野営地まで来たのだった。


 野営地には誰もいなかったため、俺は空間収納から街で余分に買っていたサンドイッチを取り出すと、アミミに振舞った。

 あみみはガツガツとサンドイッチに貪りつく。


 話を聞くと、アミミは旅をしている途中に食料が尽き、あてもなく山の中を彷徨っているうちに見つけたキノコを食べたそうだ。

 それ以降頭がふわふわしてあまりよく覚えていないそうなのだが、猪を追いかけていたことと、誰かと戦ったことは覚えているらしい。


「その御仁、拙者の刀をいともたやすく避けていたのでござる。爺様には及ばないとはいえ、拙者も一応免許皆伝を受けた身。ああも簡単にあしらわれるとは恐ろしく強い御仁であった」


 ひょっとして俺だと気付いていないのだろうか。いや、流石にそれはないだろう。

 話が終わると直ぐにまたサンドイッチを頬張りもぐもぐと咀嚼する。時折パンをちぎっては肩に乗ったカラスに差し出し、カラスも細かくちぎられたパンを啄んでいた。

 が、一瞬の隙をついて、カラスはパンに口を伸ばしたかと思えば素早い動きでビッグヘッドスネークの肉にかぶりつく。


「あぁーーーーーー!! 拙者の肉がぁ!」


 そうしてドタバタと1人と1匹が目の前で醜い争いを繰り広げていた。

 どうやらカラスの方も腹が減っていたらしい。俺は空間収納から生肉を取り出すと、カラスに差し出した。

 するとアミミがその生肉にかぶりつこうとしてきたので慌てて止める。


「待て待て! これは生肉だ。こんなもん食べたら腹壊すだろうが!」

「だ、大丈夫でござる! 拙者の胃袋は鉄壁ゆえ!」

「その自信はどこから来る! キノコ食って正気失ってたばっかだろうが! ああもう、分かったよ。今お前の分を焼いてやるからちょっと待ってろ」


 俺は追加で生肉を取り出すと、塩と胡椒などのスパイスを数種類取り出し、ささっと肉に塗り込んでいく。

 そして大雑把に串にぶっ刺すと、焚き火の周りに配置した石で固定して火に当たるように配置する。

 カラスも何となく焼いた肉が食べたそうな雰囲気だったので、自分の分を含め3本を焼くことにした。

 途中、アミミとカラスが肉に飛びつきそうな勢いで乗り出してきたため、俺はじっと目を光らせて威嚇を放つ。それに屈したのか2人は突撃することなく大人しく待っていた。


 じゅーっと肉の表面に焼き目がつき、肉の焼ける香ばしい匂いがあたりに漂う。ポトリと落ちた肉汁が熱された石に当たりじゅぅっと音を立てて蒸発した。

 一応この肉もアングリーボアの肉で、その中で一番量の多い赤みの部位だ。それでも肉質は非常に柔らかく、それでいて肉汁が豊富でジューシー。

 高級な店や王宮で扱われるような素材である。


 先程討伐したものは熟成が必要なので、今使っているのは以前狩猟したアングリーボアの肉だ。

 それをじっくりと焼くことで、控えめな味付けでも肉の旨味を十分に味わえる。

 俺は串の方向をくるくると入れ替えつつ、1人と1匹に待てを出していると、徐々に出来上がっていく肉を前にして涎をポタポタ垂らし始めた。いくら腹が減っていたとはいえ、こいつらは少々意地汚い気がする。まあこの香りを前にすればそんなこと言ってられないかもしれないな。

 そうしてしばらく後、うまそうに焼き上がった肉串を取り上げるとアミミに2本渡した。


「言っとくが一本はカラスの分だからな」

「うぐっ、そ、そんなの分かっているでござるよ。後カラスではなくワシでござる」


 偉そうなことを言うが、何故今言葉に詰まったのか説明してもらいたい。そしてやはり名前がワシなのだろう。どう見てもカラスだからな。

 ワシが感謝の意を込めてなのか、カァと一鳴きした。やっぱりカラスだ。

 疑問が氷解したところで俺も自分の分の串を取り口に運ぶ。


 ひと口かぶりつけば肉はほろっと引きちぎれた。しかしギュッと噛み締めるとしっかりとした肉の弾力が跳ね返ってくる。それでいて口の中に肉の旨味が溢れてきた。果物のようなジューシーさに、ほんのりとした塩気がいい塩梅だ。

 後から取り出したパンと一緒に食べながら、俺は串焼きをあっという間に平らげてしまった。

 みるとアミミ達も食べ終わってしまったようで、名残惜しそうに串を眺めていた。そしてまだ肉片が残っていないか串をしゃぶっていた。

 俺は呆れ顔でその光景を眺めながら、もう何本か串を空間から取り出す。それを見てアミミとカラスは目を輝かせた。


 なんの嫌がらせか、それから十数本の串を食べ終えたあたりでアミミ達は満足したようだ。俺は抜け殻となった串を回収しながら、半眼でアミミ達をみるが全く気にした様子はなかった。

 アミミはお腹をさすりながら一息ついたのか、改めて礼を言ってくる。


「本当に助かったでござる。旅に出て1ヶ月、食べるものがないとはどれほど辛いことか、今回のことで教訓になったでござるよ。それで、貴殿のお名前を伺ってもよろしいでござるか?」

 

 そう言えば自己紹介をしていなかった。まあ旅の出会いは一期一会、名前くらい教えておいても構わないだろう。


「俺はトール。冒険者だ」

「トール殿と申すでござるか。トール殿、この度は食料を分けて頂きお礼申し上げるでござる。トール殿がいなければ拙者はこの森でのたれ死んでいたであろう。でござる」

「いや、無理やりござるつけなくてもいいと思うぞ」

「……して、トール殿はこの先どちらへ向かわれるのでござるか?」

「露骨に話題転換したな……。一応俺は、この先にある湖畔の町へ向かっているところだ」

「そうでござるか。実は拙者、この辺りの土地勘がなく、でござる。よろしければご一緒してもよろしいか? でござる」

「いや、無理やりにも程がある付け方してるだろ。もう少しまともな話し方をしろ」

「い、一応拙者のあい、でんててー? ゆえ、口癖になってしまっているのでござる。ま、まあもう少し砕けた感じで良いと言うのであれば、お言葉に甘えるでござる。それで、お供しても良いでござるか?」


 アミミの提案を聞いて黙考する。

 こちらとしてもダメな理由はない。寧ろ人数が多い方が、山賊などに目をつけられにくい利点もある。まあ1人、2人では変わらないが、一応腕も立つようだし。

 それにピルケスでお別れするのだから、明日の朝に発てば昼ごろには着く。半日ほどの共で構わないなら問題ないと言うのが正直なところだ。


 こいつらにとっての問題は寧ろ街についてからどうするかだろうが、俺もそこまでお人好しじゃないし、個人の旅を邪魔するつもりもない。何よりこちらが邪魔されたくない。


 そう言えばアミミは食料を持っていなかったが、金はあるのだろうか。もし金がなくてどこかでのたれ死んでしまっては、こうして知り合った手前寝覚が悪い。

 そこいらのごろつきに絡まれる程度であれば、アミミの強さなら問題なく対処できるだろう。だがこいつは単純そうだから、誰かに騙されかねない危うさがあった。

 短い時間だが、こうして接してみて感じたのが、アミミはどこか抜けている。はじめに攻撃してきた件があるとは言え、俺のことを疑うことなく信用しているようだ。

 もし俺が山賊やごろつきであれば、言葉で拐かして金品を奪うことも可能だろう。人を疑わないのはある意味美徳だが、この世界を渡り歩くには少々不用心である。そういうところがどうにも不安を掻き立てる童女だった。


「で、どうであろうか?」


 俺の沈黙が長かったせいか、不安げな表情を浮かべながらアミミが尋ねてくる。


「一緒に行くのは別に構わない。ところでお前、金は持ってるのか?」

「路銀でござるか。宝石であれば支払えると思うでござるが」


 アミミはいそいそと懐から取り出した財布を開けると、中から1枚のミスリル貨といくつかの宝石が姿を現した。それをみた俺は驚愕に顔を歪める。


「お前、ここまでの旅でその金使ったのか?」

「この青白いのでござるか? 使ってないでござる。これはどうしようもなくなるまで取っておけと爺様に言われたゆえ。何か不味かったでござるか?」


 俺はその言葉になんとか安堵の息を吐いた。どうやらこのまま放り出しては、この先アミミがのたれ死ぬのは間違いないようだ。

 そうなる前に金に関して最低限の知識は与えておかなければと、俺の世話や気心が発揮される。


「お前にはまず金銭感覚を教えなきゃならんようだ」

「金銭感覚、でござるか? 流石に拙者もそれくらいの知識は持っているでござるよ」


 アミミは偉そうに無い胸を張ったが、俺は手持ちの硬貨を取り出すとそれを順に並べていった。

 赤貨、銅貨、銀貨、金貨、ミスリル貨。5種類の貨幣を並べ、1枚ずつアミミに説明をする。


「この国じゃこの5種類の硬貨が流通している。まず赤貨だが、これは質の悪い銅で出来ていて、この中で最も価値の低い貨幣だ。次に銅貨、銀貨、金貨、ミスリル貨の順に価値が高くなっている。で、これらの価値だが、赤貨10枚で銅貨1枚。銅貨100枚で銀貨1枚。銀貨100枚で金貨、金貨100枚でミスリル貨という価値基準になっている。ここまでは理解できたか?」

「え、えっと……よく分からん!」

「そ、そうか……。基本的にはどこの国でもこの貨幣基準が統一されているんだがな」

「拙者の故郷ではこのような硬貨を使ったりはしなかったでござるが」

「まあ東方の国は長らく鎖国してたそうだからな。あまりこっちの貨幣が流通してないんだろ。それで肝心の金銭感覚の部分なんだが、パン1つでおおよそ銅貨5枚、一般的な宿に泊まるなら1泊で銀貨5〜10枚程度あれば足りる。ここでお前の財布を見てみると、ミスリル貨1枚と宝石少々か。金はこれだけか?」

「う、うむ。一応爺様には他に金貨10枚持たされておったが」

「……その肝心の金貨がどこにも見当たらないんだが?」

「そ、それは……。全部使ってしまったでござる!」


 何でこいつは一々こんな自信満々に宣言できるのだろうか。確か旅に出て1ヶ月とか言ってなかったか?


 早いだろう早すぎるだろう! 金なくなるの!

 1ヶ月で金貨10枚とかどこのお貴族様だ。金銭感覚とかの問題じゃないぞこれ。


 あまりの驚きに俺は思わず天を仰いだ。金貨10枚。日本円に換算するとおおよそ100万円程度。

 それをこんな子供に持たせる爺さんもそうだが、その肝心の金貨を使い果たしてしまうこいつもこいつだ。


「ちなみに金貨は一体何に使ったんだ?」

「えっと、地図と食料でござる。後は宿賃などであろうか」

「いや。いくら何でも高すぎるだろ。それ騙されてるぞ絶対」

「な、何ですと!」


 紙が普及する前は地図もかなり高い金額で取引されていたのは事実だ。商人にはまだしも、一般庶民では携行できる地図は過ぎた代物だった。

 だが紙が安価になってからは少しずつ生産量も増え、今では銀貨50枚程度で取引されているはずだ。国からの要請で精度や枚数に制限はあるが、高すぎるほどのものではなくなってきている。

 食料も1ヶ月過ごすのであれば金貨1枚もいらない。高級な宿に泊まったりでもしなければ、流石にこの短期間で金貨10枚を消費することはできないように思う。

 となると可能性は一つ。田舎者のアミミを相手に、誰かが金を騙し取ったと言うことだ。


「まさか拙者が騙されていたなんて。地図と紙を20枚買った時に割引してくれたのは、本当の値段を隠すためだったのでござるか」

「…………ん?」

「しかし参ったでござる。今から戻るにはそこそこの距離があるゆえ、あまり時間を無駄にしたくはないのだが。何か良案はないでござるか、トール殿」

「いやちょっと待て。お前今何を何枚買ったって?」

「地図と紙でござる。20枚」


 地図は銀貨おおよそ50枚。紙もそれより若干安いが、銀貨40枚程と庶民にはかなりお高い値段だ。

 仮に地図を1枚、紙を19枚買えば金貨8枚に銀貨10枚。おまけしてもらって金貨7〜8枚か。

 それに加えて食料と宿泊費。


 ……まあまあ金貨10枚の帳尻があってしまう。


「分かった」

「何か良案が浮かんだでござるか!」

「お前が騙されていないこととバカだと言うことが良くわかった」

「な、拙者を愚弄する気でござるか!」


 アミミは声を荒げ立ち上がった。拍子にカラスが一鳴き、アミミの頭をゲシゲシと蹴る。


「いたっ! ちょっとワシ、やめるでござる」

「いや。そいつは馬鹿なお前を諌めてるんだろ。そもそも何で地図と紙を20枚も買う馬鹿がいるんだ。そんなのすぐに金がなくなるに決まってるだろうが」

「それはもちろん地図を書くためでござる」

「何言ってんだ。地図買ったんだろ」

「買いはしたものの、あまり精度が良くなく分かりにくいのでござるよ。そもそも拙者の旅の目的は、世界地図を書くことでござるからな」

「世界地図か……。止めはしないが、ろくなことにならないからやめといた方がいいとだけ忠告しておく」

「爺様にもそう言われたでござる。しかしこればかりは拙者の夢であるからな。曲げることはできんでござるよ」

「そうか……」


 まあ軍事利用などされなければそれほど問題ないだろう。それにそこまで高い精度で地図を作ること自体が難しいのだ。

 以前軍部で利用している地図を見せてもらったことがあるが、それでも穴抜けや誤差が所々に見られた。軍ですらそのレベルなのだから、一般の人間が作ろうと思ってそうそうできるものではない。


 最低限の貨幣価値を伝え終わった俺は、これで話は終わりと寝袋を取り出しアミミへと放り投げた。

 アミミは小さく声を上げてそれを受け取る。


「明日は早い。もう寝ろ。それに俺が付き合ってやれるのも次の街までだ。一応金のことだけは教えてやったが、ここから先はお前の旅だ。お前1人で決めなきゃならん。だからもっと慎重に考えて判断しろよ」


 それだけ言って、俺は寝袋にくるまり背を向けた。

 背後からは寝袋を準備しているのか、布の擦れる音だけが響く。


「かたじけない」


 暫くするとアミミの寝息が聞こえてくる。俺はその無用心さにため息を漏らすが、それを責めることはできなかった。

 その夜、パチパチと爆ぜる焚き火の音が妙に煩くて、寝入ったのは夜半を過ぎた頃だった。

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