クリスの恨み 1
やはりあの短文だけで、続きを明日はどうかと思い今日から開始します。
次話は明日のこの時間帯です。
魔王騒動から一ヶ月と二週間。
王都は今、動乱の時代を迎えていた。
なぜなら英雄が十六年の時を経て、表舞台にその姿を現したからだ。
「紹介しよう。今日からおまえたちを指導してくださる、オスヴァルト・アーレンス氏だ」
ある日突然、そんな紹介を受けて姿を見せたオスヴァルト・アーレンス。
聖騎士養成校の生徒たちは、最初は冗談か何かかと思ったらしい。すぐに冗談ではないと知ると、そこからはパニックだ。
今までその顔を知る者はほとんどおらず、その顔を売るかのように、英雄はあらゆる所にその姿を覗かせた。社交界だけではない。庶民が催すようなちょっとしたイベントにも、彼は涼しい顔で降って湧いてきた。
その度にあっちこっちで大騒動。喜びの悲鳴が日々鳴り続け、あの英雄が帰ってきたと賑わっていた。
英雄の息子、ギルベルト・アーレンス。
その母はなんと、智者エミーリア。
エミーリアもまた、英雄の物語を彩るキャラクターとして、高い人気があった。それがギルベルトの母親だったと知り、熱狂すると同時に、既に没していたことに悲しみにくれる者もいた。
そんな亡きエミーリアの代わりに、もう一人の親として、その兄が面倒をみてきた。
妹から受け継いだ才能を、その意思を継ぐように惜しみなく育てあげたのである。
かくしてギルベルトは、レデリック王立魔導学院、その主席へと至った。
世間はギルベルトのその在り方に納得したのだ。
同時に、そんなギルベルトを育て上げてきた彼が、魔導学院で教鞭を取る。
騒ぎはそれだけでまた大きくなる。
相乗効果でどんどんどんどん騒がれて、気づけば魔王騒動は有耶無耶になっていた。
ギルベルトの身体に魔王の呪いが残り、それが身体を乗っ取り騒ぎが起きた。そんなこともあったが、ギルベルトも大変だったな、くらいにしか世間は思っていない。
むしろそんな大変なことが起きたおかげで、英雄は表舞台に帰ってきた。むしろ彼らはギルベルトへ感謝しているくらいだ。
一方、そんな騒がしい日常は、私、クリスティーナ・フォン・ラインフェルトにも降り掛かっていた。
魔王を倒した破壊の神として、日夜注目されるはめになったのだ。
マルティナがあの時のことを、積極的に世間へ吹聴したせいだ。
英雄たちが表舞台に上がる序章として、私が魔王を打倒した話が広まったのである。
私の実力を正しく知るのは一部の者だけ。『クリスの手袋』と学園で恐れられている私ではあるが、世間はそれを子供のケンカで常勝無敗なだけ、としか認識していない。
ギルベルトが白い目で見られないのも、聖騎士ではない私が倒したことで、魔王はその程度の驚異としか思わなかったのだろう。むしろ身体の状態が状態なだけに、ギルベルトは本当にただの被害者扱いとなっていた。
ギルベルトは気軽い人間なので、周りからその時の様子をせがまれても、
「悪いが勘弁してくれ。面白おかしく語ったら、やっぱりおまえは魔王だと言われて同じことをされちまう」
おどけて話を流している。
少なくともギルベルトの日常は、父親の分だけ騒がしくなっただけで、そんなに変わっていない。
ギルベルトは誰にも気軽く明るく優しい、鼻につかない少年である。
主席がこんなだから、特待生と一般学院生の交流も増える形になった。お昼を誰とでも囲み、自分の今までの経験を面白おかしく語っているのだ。
その光景は和気あいあいとしており、どちらが上だとか下だとか、バカらしく思ってきた人間が増えたのだ。悪しき風習は、このままその姿を消してしまうかもしれない。
なにせギルベルトに近いトールもまた、一般学院生と打ち解けている。ギルベルトのユーモアに引っ張られながら、近寄りがたい公爵令息が近しい存在になったのだ。
そしてもう一人、特進クラスの人間で一番変わった者がいた。
「御機嫌よう、クリスさん」
「ええ、御機嫌ようテレーシアさん」
「よければお隣、よろしいですか?」
「はい、喜んで」
公爵令嬢、テレーシア・フォン・グランヴィスト。
彼女は高慢にして傲慢にして驕慢である。
それらは全て、彼女の持つ高潔さと高尚さに裏付けられており、それを当然のように誇り、持たざる者を下に見るのだ。
「貴女が食べられる量は、相変わらず圧巻ですわね」
「私は身体こそ資本ですから。こうやって工夫していかないと、ダメになっちゃうんです。でもテレーシアさんのお皿も、いつもより量が多く見えますね」
「ええ。貴女を見習って色々と工夫しているのです。美容にとって食事が一番重要だというのなら、疎かにする訳にはいきませんものね。これからも色々と、ご指導ご鞭撻をお願いしますわ、クリスさん」
まるでどこにでもいる、親しい友人に教えを請うテレーシア。
毒などまるでなく、ただの美しい少女がそこにはいる。
あの日、私が取り返してきた彼女の誇り。いつものテレーシアと明日からも会うために、この身をボロボロにしながら魔王を倒したのだ。
だが、私の知る彼女は帰ってこなかった。二度と帰ってこないのだとわかった。
とても寂しいものであるが、悪いことでは決してない。私の大好きなテレーシアは死んだのではなく、大きな成長をしてしまっただけ。彼女にとってそれはプラスなことであり、拍手を送るべきものなのだ。
なにせテレーシアは私に対してだけではなく、世間への対応を改めたのである。
復帰して一日目。
賑やかなこの食堂で、一般学院生の皆に話がある、少しだけ耳を貸してくれとテレーシアは求めた。
なんだなんだと皆が注目すると、彼女は皆に頭を下げたのだ。
入学式、一日目。私を恥ずかしめ貶めるために、一般学院生を見下し侮辱する発言をしたことを、謝罪し始めたのだ。許されないことを言ったのはわかっている。もし許せぬようなら、いつでも来てくれ。何度でも個人個人へ、自分は頭を下げると言ったのだ。
ポカーンとする一般学院生たち。
彼女の高慢さは学園時代より知る者も多く、彼女の変わり身に何があったのだと驚嘆している。
もちろん、彼女に謝罪を求める者はいない。変わり身の謎が大きすぎて、前より彼女を恐れたからだ。
トールとギルベルトと比べて、まだまだ一般学院生との壁はあるが、彼女もまた悪しき風習を取り払うのに一役買ったのだ。
大好きになった部分は失われてしまったものの、私はまた、彼女の中に新しい好きを見つけている。
あの時の関係より、今の関係が幸せである。
ただちょっぴりだけ、寂しいだけなのだ。
それに私が好きだったテレーシアは、完全に死んだ訳ではない。
「よう、ラインフェルト」
「僕たちも一緒にいいかい?」
私たちに同席を願いでる、男子が二人。
顔を向けるとそこにいるのはトールとギルベルト。彼らとならいつでも喜んで、首をこうして縦に振る。
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