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43 ラインフェルト家の難題

次話は夜前に投稿します。

 王から下がってよいというお言葉を頂くと、せっせと逃げるようにして後にした。


 テレーシアと別れてようやくお父様の顔を見上げると、珍しい冷や汗を搔いていた。


「久しぶりに寿命が縮んだぞ」


 王への解答は百点満天。ただし肝は相当冷やしたらしく、珍しく恨みがましくお父様が言ってきた。


「私のせいでご心労をおかけしました。臨時収入が入ったと思って、可愛い娘をお許しくださいお父様」


 減らず口を叩く娘に肩をすくめる。


 今回の臨時収入をどんなものにするかは、お父様の手腕にかかっている。面倒なことは可愛く甘えてお任せしよう。


「よう、クリフォード」


 お父様の名を呼ぶ声があった。この場には似合わない軽さを含んだ、友好的な声である。


「やあオスカー」


 相手は聖騎士団団長であった。


 お父様は軍務局に務めており、それは幼い頃から決まっていたこと。それに伴い聖騎士団養成校に通っていた。筋があるかどうかはともかく、そういった所でできる縁を大事にする目的のようだ。


 リーフマン団長は私たちとは違い、警護で来ている。この場に沿うものではなく、聖騎士団として沿う正装であった。多少着飾っている所もあるが、場を乱す無骨すぎる面を見せるわけにはいくまいからだろう。


 声をかけてきたリーフマン団長であったが、いたのは一人だけではなかった。


「こんばんは、クリフォード。クリス」


「ご無沙汰しております、ラインフェルト子爵。クリスは昨日ぶりかな」


 トールとヒルデ様も一緒であった。


 私たちはそんな二人に挨拶を返すと、すぐにトールへ疑問を投げた。


「アーレンスさんと一緒だと伺っていたのだけど。彼はどうしたのかしら?」


「一通り回ったんで、やった終わったか、とか言って逃げ出した。外に涼みに行ってるようだが、この後に役目もあるんだ。すぐに帰ってくる」


 どこまでもギルベルトらしい。


 トール経由で私たちの参加を知っていたのか、ヒルデ様は私がここにいることに驚いてはいない。


「そういう君は、王に呼ばれた戻ってきたところかな?」


「ええ。王様の後ろにマルティナさんがいて驚いたわ」


「おまえが来たことにびっくりしていただろ? 俺もさっき知って驚いた」


「ええ、とてもビックリしていました」


「あいつは軽いからな。だがもう二年目だ。軽いだけではいられないと学んで貰わんとな」


 どうやらスパルタ教育で、今あの場に立たせているようだ。


「どんな話だったのかしら? 貴女くらいの娘が王から直々にお呼び出しを受けるなんて」


「前にお会いした時のアデリナ様と同じです」


「彼は娘がいない分、テレーシアを可愛がっているものね。納得したわ」


 王を彼、と表現するのは親しさの証か。アデリナ様と親友であるのなら、王との交流は深かったのだろう。


「テレーシアさんの命相応の褒美をやると言われて困ってしまいました」


「それは……また難しい問題だね」


 意味を察するトール。


「欲しい物を今ここで聞かせろって、試されているようだったわ」


「何をお願いしたんだい」


「ラインフェルト家への功績にしてくれてって矛先を逸したわ。どうやら向こうも、そう言って欲しそうだったから」


「何か裏があったという訳か」


「詳しい話は追々話すわ。今は無罪で釈放されたことを祝って頂戴」


 軽口を叩く私は、親子に揃って笑われた。


「そもそも、クリスへの贈り物なんて我が家でも一番難しい問題だ」


 お父様はそんな私を困ったように頭を撫でる。


「年頃の娘が欲しがる物に興味がないから、いつも困っている。それこそ宝石なんて贈ろう物なら、そのまま一生引き出しの中だ」


「あら、宝石を頂けるなら喜んで頂きますよ。こういう場で飾り付ける物がないと困りますもの」


 そういうことを言っているのではないと、お父様の目は語っている。


「ドレスは喜ばんのか? こうして見ると、良い物を送ってやっているではないか」


 確かにこれは良いものである。自然界から取れるものだけではなく、遺跡からもたらされる品も使われている。ちょっとしたことで破れたりすることもなければ、ろうそくの火で焦げたりもしないだろう。お転婆な私に相応しい耐久性である。


「喜ばんとは言わないが、どんなのが着たいという要望がないんだ。贈り甲斐がない」


「自分のセンスより、その道に詳しい方にお願いしたほうが間違いありませんもの。私をどんな風に可愛く着飾ってくれる物なのか。新しいドレスを贈られる度に楽しみにしていますよ」


 やはり呆れているお父様。


 女の子があんなものを着たいと言って、自らを可愛く着飾りたいと願うのは世の常だ。クリスティーナは容姿に恵まれている。なおさら可愛く着飾るたく思うのは当然だ。


 要望を叶えながら自らのセンスを磨くのも大事なのはわかるが、我が家は貴族でありお金持ちだ。なら一流のセンスに初めから任せた方が早いし楽である。


「まったく、無欲なのもいいけど、ちゃんと欲しい物はねだらなきゃダメよ?」


 そんなお父様に同情し、ヒルデ様は窘めてきた。


「可愛い子供の無茶に応えるのもまた、親の楽しみ。それが可愛い娘ならばなおさらよ」


「あらヒルデ様。勘違いしていられるようですが、私は無欲とは無縁ですよ。我が家で欲しい物の無理難題を言って、一番お父様を困らせているのは私ですもの」


「あら、そうなの? 意外だわ。貴女って何を喜ぶかわからないから、参考までに聞きたいわ」


 ふとヒルデ様は息子を横目に見る。


「この子にどんな物をいつも送っているのか聞いても、食べ物や飲み物ばかり。全く、猫に餌付けしている訳じゃないんだから」


「下手に身につけるような物を贈っても困らせるだけだ。クリスの好みを考えみて贈るというのなら、一番喜ばせている自信はあるよ」


「そうね。いつも貴方からの贈り物は、中身を開けるのが楽しみよ」


 あまりの色気のなさにガッカリするヒルデ様。リーフマン団長もその右にならい、お父様は恥ずかしそうに口を開く。


「クリスに驚かされたのは、八歳の誕生日でしたか。欲しい物を尋ねたら、庭に欲しい物があると言うんです。何だと思われますか?」


「自分専用の、茶会スペースとかか?」


 真っ先に答えるリーフマン団長に、お父様は否定の首を振る。


「今までの話を聞く限り、可愛らしいものではなさそうね。……ダメ、お手上げよ」


 そしてヒルデ様は降参した。


 一方、トールは吹き出した。


「やはり君にはわかるかい、トールヴァルト君」


「ええ、確かにあれは年頃の娘が頼むものではない」


「クリスは何を欲しがったというの」


 まさかの解答を知る息子に答えを求めた。


「大きな革に砂を詰め込んで、それを鎖で吊るすんだ。クリスはそれを庭に設置して欲しいと頼んだんだよ」


 恥ずべくようにそうだと頷くお父様。


 流石親友。私が当時欲したものはサンドバックだった。少なくとも貴族社会でその存在を知る者はいないだろう。


「……そんなので一体何ができるんだ?」


「叩いたり、蹴ったりできますよ。良い鍛錬になるんです、あれは」


 ヒルデ様の開いた口が塞がらない。一方リーフマン団長は納得げに深い息を吐いている。


「他には腕輪を欲しがり、ようやく女の子らしい物をねだってくれたと思えば……腕や足に重りを固定するためのバンドだ。あれにはガッカリした」


「あら、それでも私の意見を最大限に取り入れた物を、いつも用意してくれているではないですか」


 アンクルウェイトだ。しかも重りを調整できる、特注品。成長に従って新しい物を求めるので、日に日に改良が進んでいる。


 そんな物を嬉々として求める私に、リーフマン団長は心配そうな目で見てくる。


「そんな物ばかりを欲しがっていたら、嫁の貰い手がないんじゃないか。……いや、悪いクリフォード。おまえの前で言う言葉ではなかったな」


 実の父親の前で嫁の貰い手を気にしたリーフマン団長に、仕方ないことだとお父様は苦笑いをする。


「クリスにその心配はありませんわよ。我が家で引き取らせて頂く予定ですから」


「母さん!」


 ここぞとばかりに言う母親をトールは窘めた。


 そんなヒルデ様に苦笑いを浮かべつつも、お父様はその表情を和らげる


「実はクリスの嫁ぎ先ついては、重要なことだと思ってはいないんです」


「あら、なぜかしら。大事な娘の大事なことじゃない」


「もちろん大事なことです。ただ良い相手に恵まれず、クリスがそれを良しとして独り身を貫くのであれば、それはそれで構わないと思っています」


 意外な言葉にヒルデ様やリーフマン団長は驚いていた。


 貴族社会での娘という存在は、他家と縁を繋ぐために育てられる。他家へ嫁ぎ、家を守り、そして後継者を生み出し育てる役割だ。


 領地経営や、代々継いできた地位の保守と向上などは男に任されるもの。娘が任されることなど、男尊女卑の世界でそうそうあることではない。


 貴族の娘に独り立ちなど求められてはいない。独り立ちしたければ、それこそマルティナのように聖騎士になるか、魔導学院へ席を置き、成果と名誉を手に入れるしかないだろう。


 それをお父様は、私が一生独り身でもいいと言ってくれたのだ。普通では考えられない愛の与えられ方であり、ヒルデ様たちが驚くのは当然である。


 一度私を見たお父様。


「クリスは元々、身体が弱く、成人を迎えられるかも怪しい時期がありました。外に出ることもできず、明日の心配をするばかりの日々。妻よりも早く逝くかも知れないと、正直覚悟もしていました」


 クリスティーナの身体は、あまりにも弱かった。


 ちょっと歩けば息切れし、食も細く三食食べないのも当たり前。机で学ぶことはあっても外で学ぶことはできない。ちょっとしたことで寝込むことなど、まさに日常茶飯事。学園は一回通えば二回休むことも珍しくなかった。


 だから私は、その全てを振り絞って身体を鍛えた。息切れしようと身体を動かし、細い食に無理やり詰め込み、胃の中に入れた。辛い日々ではあったが、皆私を気にかけ愛してくれる。それだけでいくらでも立ち上がり、辛いと思わず頑張ることができた。


 日に日に歩ける距離が増えていった。あれだけ辛かった食の量が苦ではなくなった。気づけば私は外を走り回れるようになっていたのだ。


「それがどんな訳か、クリスは自らの力でそれを克服した。気づけば外を自由に駆け回れるくらいまでになりました。それだけではなく曲がることなく、真っ直ぐと誰かを思いやれるような娘となって、王にはそのことについてお褒めのお言葉を頂けたくらいです。これはクリスの意思を尊重し続けてきた結果なら、そのまま好きなように生きてもらいたい。それだけが私のクリスに対する願いです」


 今までしっかりとこういった話はされてこなかった。


 初めて私は、お父様の本当の思いを聞いた気がする。それに対して、少し目頭が熱くなりそうになったが、


「ただし、元気になりすぎて遺跡を駆け回っているのは困っている。あんまり私を心配させないでほしいな、クリス」


 最後にそんなことを言って、お父様は皆を笑わせた。


「クリスの意思を尊重する、か。良いお父上だね、クリス。君は幸せ者だ」


 お父様を手放しで褒めるトール。これはあまりにも誇らしい。


 ただそんな彼の目は、すぐに自らの母親へと向いた。


「皆が見習うべき素晴らしい方だよ、ラインフェルト子爵は」


「あら、皆とはどの皆に見習わせたいのかしら?」


 自らの息子の皮肉に、真っ向から立ち向かうヒルデ様。


「まずは僕の生みの親かな。真っ先に見習うべきだ」


 皮肉と皮肉の応酬。負の連鎖である。


 笑い合う素晴らしい親子に対し、お父様はヒルデ様の肩を持つつもりで口を開いた。


「クリスが相手を探してきてくれと望むなら、いくらでも気に入る相手を探すつもりでいる。ただ君のような少年がいながら、良い人などいないと言われれば私にはお手上げだ。結婚をしたいのなら、自分で探してきてもらうしかないな。おまえが連れてきたのなら、どんなろくでなし相手であろうと泣いて受け入れるよ」


 困った娘の頭をポンポンと何度も叩く。


「大丈夫よ、クリフォード。今足りないのは時間だけ。貴方の心配するようなことにはならないわ」


「母さん!」


 何度やってもこりないアデリナ様。


 トールは我が父に見習わないそんな母親の姿を、呆れたように窘めていた。

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