41 生誕祭当日
次話は昼過ぎ辺りに投稿します。
ついに訪れてしまったこの日。
王の生誕祭は中止することなく当然のように行われ、私は今、心の中で大きなため息を吐いていた。
王宮内の更に深部。
王が君臨する玉座の間にて、生誕祭は行われている。
招待客は重鎮ばかり。一番身分の軽い者は、それこそ私たちラインフェルト家かもしれない。
完全に場違い。
お兄様などは来ていない。ラインフェルト家で名指しで呼ばれたのは私である。流石にお父様の同伴は許されており、それだけは助かった。
クリフォード・フォン・ラインフェルト。
我が父であるラインフェルト家当主。ラインフェルト子爵その人である彼は、私のように緊張が見受けられない。整えられた茶髪の下に隠れた額から、汗一つ流れてこない。立ち振舞は堂々としており、自分より身分が上の相手であろうと、難なくこなしてくれている。
私はお父様の隣で、にっこり笑いながらお辞儀をする機械と化していた。
招待されているのは私であり、お父様はただの同伴。それなのに全て任せてしまって申し訳ないが、可愛らしい娘として甘えさせてもらっている。
「あら、クリフォードじゃない」
「アデリナ様。ご無沙汰しております」
意外な人物を目撃したとばかりに、アデリナ様はにこやかに寄ってきた。
「久しぶりね。こうして会うのは何年ぶりかしら?」
「最後に言葉を交わしたのは、この娘が学園の初等部に入ったばかりの頃だったかと」
「そうそう。テレーシアの付き添いで学園へ足を運んで、たまたま廊下で鉢合わせた時ね。あれからそんなに経つのね。子供たちが大きくなる訳だわ」
「そういう貴女は、まるでお変わりがない」
「その言葉、ヒルデと比べて子供っぽいと言われているようで嫌だったけど、今となっては褒め言葉ね」
歓談を交わす二人。
さっきまでの堂々とした振る舞いが、今や自然体となっているお父様。
どうやらアデリナ様とお父様は、学園時代の既知の仲。同じ特待生として同じ教室で過ごした同級生。特別仲が良かったという訳ではなさそうだが、やはりお父様たちくらい歳を重ねると、懐かしむものがあるのだろう。
「そういえば今日はなぜ貴方がここに?」
下に見ている訳ではない。お父様がここに呼ばれるような身分ではないのを承知しているだけだ。
「娘に招待状が届いたもので。流石にこのような場へ一人送り出すこともできず、その付き添いでいます」
お父様は困ったように私を見ながら、その手を向けた。
「おっと申し訳ない。娘の紹介が遅れてしまいましたね」
「あら、大丈夫よクリフォード。この前クリスティーナさんに挨拶はさせてもらったわ」
「おや、そうでしたか」
そういう話は予めしておけ、と言いたいばかりのお父様の視線を感じる。
あの日はショックがでかすぎて、トールのおかげで何事もなく終わったくらいにしか伝えていない。
「お久しぶりでございます、アデリナ様」
「ええ、お久しぶりねクリスティーナさん。まさかこういった形でお会いできるとは思わなかったわ」
「私もこのような場に呼ばれるなど思いませんでした」
「アデリナ様は何かお知りではないですか?」
私の代わりにお父様が問いかけてくれる。
アデリナ様は王の双子の妹。話を知っているかと思ったのだが、
「いいえ、何も。兄とは催事などでくらいしか、最近は顔を合わせる機会がないから。むしろテレーシアの方が顔をよく見せに行くくらいよ」
王の姪であるテレーシア。
「貴方にも改めて紹介したいし、テレーシアに聞いてみましょうか」
アデリナ様は近くの侍女に声をかけると、テレーシアを呼んでくるよう指示した。
「み、ミス・ラインフェルト!? なぜ貴女がここにいるのですか!?」
すぐに現れたテレーシアに、信じられない物をみたとばかりに驚嘆された。どうやら彼女は何も知らなさそうだ。
「あら、その顔を見るに何も知らなそうね」
「お母様、なぜ彼女がここに?」
「どうやら兄さんが、クリスティーナさんを直々にお呼びしたそうよ」
「伯父様が……ミス・ラインフェルトを?」
一体どんな要件なのかとテレーシアは訝しがる。
「それを貴女に聞きたかったのだけれど、アテが外れたわね。知らないのならそれでいいわ。こちらの方はラインフェルト子爵よ、ご挨拶なさい」
「この方がミス・ラインフェルトの……」
佇まいを直すテレーシア。その姿は公爵令嬢に相応しい姿だ。
「お初にお目にかかります、ラインフェルト子爵。わたくしはテレーシア・フォン・グランヴィスト。クリスティーナさんとは、学園時代より仲良くさせて頂いております」
自然な挨拶。あまりにも当然のような見本の挨拶だ。
ただ、学園生活でのテレーシアが、私にどのように相対しているのかは、私が言わずともお父様の耳に入っている。大丈夫なのかと何度も心配されてきた。
彼女の仲良くを、果たして今お父様はどう受け取っているか。
「そして先日の遺跡の実習で起きた騒動ですが、感謝と共に、わたくしのせいで大事なご息女を危険な目に晒してしまったことをお詫びさせてください」
深々とお辞儀をし、誠意を見せるテレーシア。
まさか私のことで、こんな言葉が聞ける日が来るとは思わなかった。そもそもテレーシアから、あの事件の後お礼もお詫びの言葉直接もらってなかった。
社交場での外面だけは良いようである。
「いいや、あれは君のせいで起きた事件ではない。危険な目というのなら、君が頭を下げるようなことではない」
「いいえ、ラインフェルト子爵。最後にはギルベルトさんに助けられましたが、それまで身を挺して守ってくれたのは間違いなくクリスティーナさん。わたくしがいなければ、きっと彼女は傷一つ負うことがなかったでしょう。わたくしがこうしていられるのは、彼女の献身があってこそだと思っております」
意地でも頭をあげないテレーシア。
普段なら絶対下げない頭をここまで下げるのは、あの時の私への感謝か。対外的な貴族としての対応か。
前情報のテレーシアからは信じられない言葉に、お父様もどこか戸惑っている。
「謝罪を受け取って上げて。いつもクリスティーナさんに負けて悔しがっているこの娘だけれど、今回ばかりは足を向けて寝られないそうよ」
「お、お母様!」
慌てながら顔を上げ、自らの恥部を晒した母親に慌てふためく。
「そういうことであれば謹んで君の誠意を受け取らせてもらうよ。これからもどうか、娘と仲良くしてあげてほしい」
お父様はそんなテレーシアをおかしそうにしている。
これにて終わりとばかりの場の雰囲気を察して、テレーシアは私の腕を取る。
「ミス・ラインフェルト、少しよろしいですか?」
「あら、なんでしょうかテレーシアさん?」
手を取られるがままお父様たちから距離を取ると、こそこそと私の耳元に彼女は囁いた。
「秘密の件については、当然誰にも言ってないでしょうね?」
秘密の件。
ギルベルトとのお付き合いの話だろう。
私を信用しているから内密にしてくれと言ったあれだ。
「もちろんですテレーシアさん。貴女の秘密は誰にも漏らしておりません」
嘘である。
一時間後にはエリーに漏らした。慰めてもらいたいばかりに。
「それならばよろしいのですが。本当によろしくお願いしますよ?」
嘘をつく時は大胆に言うのがコツである。テレーシアはどうやら信用してくれたようだ。その信用が既に裏切られていると知らずに。
「あら、話はもういいの?」
「ええ。ただの確認ですから」
アデリナ様たちの下に戻ると、テレーシアはそう言った。
「どんな話をしていたの、クリスティーナさん?」
「乙女同士のお話です。いくらアデリナ様相手とはいえ、お話できません。これは二人だけの秘密ですから」
嘘である。
トールにもちゃんと、テレーシアから直接話を聞き出したと伝えている。
「残念ね。乙女同士の秘密には、わたしは入れてもらえないの?」
「乙女を名乗れるのは、期間限定ですわ、お母様」
「あら、可愛くないわね」
拗ねるようなアデリナ様。してやったりといったテレーシアは、さっきの恥部の流出の仕返しのつもりのようだ。
「そんな可愛くない所、ギルベルトさんに見られても知りませんよ?」
うっ、とテレーシアは言葉に詰まる。見られることを恐れたのではなく、隠し事の本題を突かれビクリとしたのだろう。
「そういえばアーレンスさんはどちらに?」
私と比べ、ギルベルトが呼ばれていることは自然である。
こういう時こそ挨拶周りに張り切りそうなテレーシアだが、私が邪魔をしてしまったという訳でもなさそうだ。
「トールヴァルトさんに連れられて、挨拶に回っていられますわ」
「トールと?」
「ええ。こういう時は殿方と一緒の方が、ギルベルトさんの顔の覚えもいいですから」
自分との関係を見せびらかしたがると思ったが、どうやら違ったようだ。
付き合っておりそれを隠しているからこそ、変に意識してしまっているのだろう。何というか、テレーシアらしかぬ可愛らしさだ。
「ラインフェルト子爵、クリスティーナ様」
彼らを目で探そうとすると声をかけられた。
「王がお呼びです。どうぞこちらへ」
王のお付きの者が、ついに私を呼びに来たようだ。
王に呼ばれることに驚きはない。わざわざ呼んだのだから、何か言葉をかけられるのは覚悟していた。
謎の招待がようやくハッキリする。
私は緊張しながらお父様を見上げると、落ち着かせるように微笑みかけてくれた。
「おや、テレーシア様もこちらにおられましたか。お二人方と共に、王は貴女のこともお呼びになられています。どうぞご一緒にこちらへ」
「え、わたくしもですか?」
テレーシアの同席に、ますます謎が深まるばかりである。
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