ハゲとぅ・ざ・わーるど
銘柄野菜としての指定を勝ち取ること!!
それは、並大抵のことではなかった!
なにしろ、通常よりも品質が高く!
高い対価を出すにふさわしい品であることを!!
ゴブリン農業協同組合が責任をもって、特別に認めた品ということになるのである!!!
一度指定して、もしその「銘柄野菜」の品質が落ちるようなことがあれば!
ことはそれを作った生産者だけの責任では済まされない!
指定したゴブリン農業協同組合も、大きな責任を負うことになるのだ!!
被害者が被った損害を、農協がすべて補填することも珍しくない!
そこまでするからこそ!
農協が指定する銘柄野菜には、多大な信頼が寄せられるのである!!
だからこそ!!
銘柄野菜への指定審査は、厳しいものとなるのだ!!
「では、拝見します」
トラヴァン氏は倉庫の一角で厳重に保管されていた芋を、その手に取った!
デカい!!
重い!!
大きいだけの芋は、時に中身がスカスカなこともある!
この芋は重く、とりあえずその心配はなさそうである!!
「品種は、まさかホワイトイローですか。ただでさえ大きく育てるのが難しい品種なのに」
トラヴァン氏が驚くのも無理はない!!
「ホワイトイロー」は、ただでさえ育てるのが難しい品種であった!
苗同士の距離感はもちろん、肥料のやり方ひとつとっても熟練が必要な芋なのだ!
対して!
同じような知名度である「ショーワノキギョウバトラー」は、どんな過酷な状況でも収穫できるとうたわれる芋であった!
二十四時間発育し、風の日も雨の日も雪の日も関係なく、安定した収穫を見込むことができる!
ド辺境に生きる農民たちの強い味方なのだ!!
「それにしても、大きい。いったい、どうやって」
様々な農業知識を持つトラヴァン氏でも、すぐにそれを見破ることは出来なかった!
だが、そこは農協の査定員でもあるトラヴァン氏である!!
ある可能性に行きついたのだ!!
「まさか。間引きをしたんですか! 土の中にある芋を!」
「おお! 気が付かれるとは!」
「さっすが査定員さんは何でもお見通しだぜ!」
トラヴァン氏の見立てに、村人達は大いにざわついた!
それが的確な見立てだったからである!
間引きとは!
一部を育ち切る前に取り除くことにより、栄養を集中!
より高品質な作物を育てるための手法である!!
通常、この方法は、芽が出る頃の葉野菜!
あるいは、果樹などで行われる!
シャーチク村はそれを、地面の下にできる芋で行ったのだ!!
苗を掘り返し!
出来立ての小さな芋を間引いて植えなおす!
どこまでも手間のかかる作業である!!
芋を掘るというのは、ただでさえ重労働!
まして!
根や出来立ての芋を傷つけないようにその作業をしようと思えば、恐ろしい労力を要することになる!!
「作るだけならばともかく、銘柄野菜として流通させるにはそれなりの量が必要です。確かにこの芋は素晴らしい出来ですが、作り続けるのは難しいのでは」
銘柄野菜として流通させるには、一定程度の流通量が必要であった!
高品質である、というだけでまず手に入らない様なモノでは、付加価値足りえない!
食べてみたいしお金も出せるけど、手に入らない!
そういったモノは案外、多かったりする!
「あの〇〇よりも数値的にも味的にも優れていると証明されているけど、ごく一部地域でわずかしか流通していないから銘柄野菜にならない」!!
多くの農村が抱える悲しきジレンマである!!
この芋も、そうなりかねないとトラヴァン氏は睨んでいた!
あまりにも労力がかかりすぎると考えたのだ!!
しかし!!!
「確かに、芋を掘り返すのはかなりの労力が必要です。ですが、それを解決する方法は既に用意してあるんですよ」
「うちの村、ゴーレム作れるやつが結構いまして。芋を間引くための、土を掘り返す専用ゴーレムを作ったんです」
農業用ゴーレム!
魔力さえあれば稼働し、人間よりもはるかに高い作業効率を誇るそれは、農家のマストアイテムである!!
一般的には農協などから購入するものであり!
自分達で作るものではない!
村で作ったというのは、いわば!!
「ちょっと不便だったからエンジンから組み立てて耕運機作ったんだわ」
と言われている位の感覚である!!
出来なかないけど、そこまでやる?!
思わずそう言ってしまいそうな状況!
シャーチク村は、とことんまでやったのである!!
今となっては子供達の教育費を稼ぐという大目的もあるが!
根本にあったものは別のものであった!!
そう!!
隣村になんざ負けねぇという、強い想いである!!!
「どんなことをしてでも絶対に隣村には負けないという気持ちで、ゴーレムまで作りました!」
「今は色々思うところはありますが、やっぱり出発点はそこですよね!」
いい笑顔で語る村人達を前に!
トラヴァン氏は納得の表情!
ド辺境の農村同士の戦いは、熾烈を極める!
農協の査定員として村々を回っているトラヴァン氏も、そのあたりのことは先刻承知なのである!!
「収穫量ですが、とりあえず今年はこれだけ作ることができました。コレが、作付面積などの数値の資料です」
倉庫内にある芋の数と資料の数字は、一致しているようであった!
念のため、トラヴァン氏はほかの芋もチェックしていく!
大きさにばらつきがないかの確認である!
次いで!
味の確認が行われた!
トラヴァン氏は手持ちのナイフ一本で皮を剥き!!
豪快に丸かじりした!!!
「こ、これはっ! 美味い! 銘柄野菜に指定されている芋に、まったく見劣りしない味だ!」
思わず漏れたというような言葉!!
村人にしてみれば、これほどの誉め言葉はない!!
喜びの表情で健闘をたたえ合う村人達、だが!
トラヴァン氏は厳しい表情を作った!!
「とりあえず、資料と現物を見る限りにおいては、問題はないでしょう。ただ」
村人達の表情が引き締まり、緊張が走る!!
「銘柄野菜への指定は、作付から収穫まで調査をしたうえで行うものです。その調査を行うにも、査定員の推薦が必要なのですが」
息を呑む村人達!
そこで、ふとトラヴァン氏の表情が和らいだ!!
「味と量に関しては、全く問題ありません。あとで作業場や件のゴーレムを見せて頂くことになりますが、私の名前で推薦を出すことになると思います。そうなったら、そのまま私が長期間の調査を担当することになります。一緒に、がんばりましょう!」
シャーチク村が銘柄野菜を手に入れるまでの道筋が、はっきりと見えた瞬間である!!!
トラヴァン氏のハゲヅラがズル剥けになったのは!!
まさに、そんなことがあって共同倉庫を出た瞬間のことであった!!!
凍り付く村人達!
そして!
膝から崩れ落ちるトラヴァン氏!!
「な、え? なにこれ。どうするのが正解のやつなの」
「いやいやいや。わかんないわかんない」
「えっ、と。とり、あのー、とりあえず。大丈夫、では、ないっぽいですけども。あのー、トラヴァンさん、その、だい、じょぶ、ですか?」
「ええ、はい。大丈夫。大丈夫です。はは。いや、御見苦しいものをお見せしまして」
硬い表情で苦笑しながら、何とか立ち上がろうとするトラヴァン氏!
慌てて村人達が、手を貸しにいく!!
「そんな! いえ、こちらこそその、申し訳ありません!」
何と声をかけていいか!
わからなかったのである!!
笑って済ませられるパターンもあるだろう!
ガチでシャレにならないやつな場合も考えられる!!
どんなリアクションをしていいのかわからず、村人達は全く動けない!!
それを見て取ったトラヴァン氏は、気にすることはないというように首を振った!
「そんなに気になさることはありません。まあ、たしかにここまでフサなゴブリンを見ることはないと思いますが」
フサ とは!!
村人達の気持ちが一つになった!
猛烈な勢いで思考を巡らせるなか!
おおよそすべての村人が、同じ結論を導き出した!!
ああ。ハゲの対義語的な。
実際!
その通りだったのである!!
「普通、ゴブリンは頭髪が殆どありません。大体が他種族で言うところの、ハゲています。なので、フサっているゴブリンというのは、皆さんの目には奇妙に映るでしょうね」
うん、そうだね!
とは素直に言えない状況である!!
しかし!
サラサラでキューティーな金髪ロン毛ゴブリンというのは!!
違和感バリバリだったのである!!!
「最近では、多様性やらなんやらが取り沙汰され、フサっていうからといってわかりやすく笑いの対象にされることも減りました。ですが、ここまでモフッフサだと、誰だってぎょっとします」
モフッフサ とは!!
再び村人達の気持ちが一つになった!
素早く回転する頭脳が!
やはり村人全員に、同じ結論をもたらす!!
ああ。ツルッパゲの対義語的な。
的確な理解だったのである!!!
「私だって、年頃の男です。そういった視線は気になりますし、いくら指摘されないとはいえ、相手に気を遣わせたりすることもあります。それはあまりにも心苦しい」
確かに!
これだけふっさふさなゴブリンが現れたら、リアクションに困るだろう!!
下手をしたら、ギャグかと思ってツッコミを入れちゃったりするかもしれない!
想像していただきたい!
髪の毛がふっさふさで知的なゴブリンを!
その違和感に耐えられる人間が、果たして!!
どれだけいるのかを!!!
「だから、私は。いいえ。それは、言い訳ですね。銘柄野菜指定調査のため、私はしばらくこの村にいることになるでしょう。だからこそ、正直に言います。私がハゲヅラを使った、一番の理由。それは」
モテたかった……!!!
刹那!
村人男子全員の目から、流れる!!
涙が!!!
滂沱の如き、涙!!
気持ちが分かるからこその!
共感の涙である!!!
モテたい!!
それは多くの男子に共通する思いだろう!
カッコつけるのも見栄を張るのも、モテたいゆえ!!
そんな男子は、少なくないはずである!
事実として!
おおよそこの場にいる男は全員!
心の底からモテたいと思っていたのである!!
もちろん!
それは子供達も同様であった!!
ストフレッド達も、沈痛な面持ちで涙を流している!!!
「確かに口ではフサなんて気にしないという人は増えていますし、それに対する違和感などを口に出す人もほとんどいません。ですが、内心は別です。ツルっとしたハゲスタイルのイケメンがモテるに決まってるんです」
悲しいかな!
ビジュアルはモテに直結するのである!!
もちろんそんなケースばかりではないだろう!
だがっ!!
往々にしてそういう場合が多いことは!
否定できないはずである!!!
「学生時代は勉強を頑張り、今は農協へ入って安定した収入を得られるようになりました。それでも……!!」
モテなかったんです……!!!
「トラヴァンさん! もう、もうっ!」
「分かりましたっ! わかりましたからっ!!」
悲鳴のような声が上がる中!
一人、決意の籠った表情の少年が!
トラヴァン氏の肩に、力強く手を置いた!!
そう!!
ストフレッドである!!!
「ごぶりんさん。だまって、ぼくにまかせてくれませんか」
「君は、さっき道を教えてくれた少年?」
「みためをかえることには、おおきなていこうがあるかもしれません。でも、じぶんにじしんをもつために、そういうことをすることは、わるいことばかりじゃないとおもうんです」
「それはまずいんじゃないの、すーさん!」
「そうだよ! すきるつかうつもりなんでしょ! それはさすがにアレだよ!」
「ぼくだっておとこさ。つらいおもいをしているおとこに、おとこがちからをかすのに、ごたいそうなりゆうなんていらないんだよ」
ストフレッドは極太眉毛な劇画調フェイスで、力強く言い切った!!
こうして!
一人の青年の悩みは消え去り!!
シャーチク村ではしばらく、スキンヘッドが流行したのである!!!
村長がいっそスキンにしようか悩んだり!
トラヴァン氏が村に駐屯する準備を整えている、その頃!
村近くの都市では、新たなイベントが!!
起きようとしていたのである!!!