のうきょう・めい・くらい
無軌道な若者達の行いのせいで、そこに属する全体が白い眼を向けられる!
悲しきかな、世間ではままあることであった!
以前のゴブリンに対する世間一般のイメージは、まさにその典型と言えるものだったのである!!
集団で酒とかを飲み散らかしながら意味不明なことをわめき散らしつつ、暴力を振るう!
そう!
ヤバいタイプの珍走族とかチーマーとか呼ばれていた連中と、行動原理がほぼ同じだったのである!!
だが、それは実際のゴブリンの生態とは、大きく異なるものだったのだ!
本来のゴブリン!
それは畑を耕す、農耕種族であった!!
ゴブリン芋と呼ばれる種族独自の芋を育て、代々受け継いできた畑を守り!
森の奥でひっそりと生きながらえるような生活を送っていたのである!
だが、そのあまり外界とかかわらない生き方が、災いを呼んだ!!
無軌道で後先を考えない、一部の若さと暴力性をはき違えたバカ共が外で暴れまわったせいで、外界におけるゴブリンのイメージは激烈に低下!
見かけただけで追い回され、最悪命を取られるような立場になってしまった!
畑を耕し作物を収穫することしかしてこなかった彼らに、大義名分を得た戦闘種族共と渡り合うことなどできるはずもなし!!
ゴブリン達は森の奥へ、さらに奥へと逃げ乗ることしかできなかったのである!!
そんな、ゴブリン不遇の時代!
いつものように農業に精を出していた一人の青年ゴブリンが、ふとこんなことを考えた!!
「芋を植えれば、芋ができる。じゃあ、大きい芋を植えたら、大きい芋ができるのでは?」
それは、何気ない思い付きであった!
早速青年ゴブリンは、その思い付きを試してみた!
種芋として、小さい芋と大きい芋を使ってみたのだ!
幾度か試した結果!
小さい種芋からは小さな芋が!
大きい種芋からは大きな種芋が育ちやすい、ということが分かった!
その試しの中で、大きい種芋を使ったものの中にも、大きな芋と小さな芋のばらつきがあることに気が付く!
一体なぜ!
そんな試しをつづける青年ゴブリンの姿を、他のゴブリン達ははじめ奇異の目で見ていた!
だが、その試みの意義に気が付き始めた少数のゴブリン達が、やがて一人!
また一人と!!
青年ゴブリンを手伝うようになっていったのである!!
その波はいつしか村中へ!
やがて、ゴブリン種全体へと広がって行った!!!
その結果、ゴブリン達は大きく、栄養たっぷりで、病害虫にも、天候不良にも強い芋を作り出すことに成功したのである!!
青年ゴブリンとその仲間達は、この芋の種芋を、分け隔てなく多くのものに分け与えた!!
それは研究に協力しなかったゴブリン達だけでなく!!
種族の壁すら超え!
請われさえすれば、辺境に住む他種族の農村へも!!
この芋は、多くの飢えに苦しむ者達を救った!!
そうしてゴブリンと交流を持った者達を中心に、やがてゴブリンに対する偏見は消えていったのである!
ゴブリン達はその後も、様々な作物の研究開発を続けていった!
やがてその輪は組織立った大きなものへとなっていき!!
今の「ゴブリン農業協同組合」へと変化していったのである!!!
現在、「ゴブリン農業協同組合」は、一大勢力として世界に君臨していた!
種族や国家を問わず助けの手を伸ばしてきたことで、民衆からの人気も高い!
戦時中であっても、「ゴブリン農業協同組合」に手を出すことはタブーとされ!!
うっかり手を出して民衆の怒りを買い、潰された貴族や国は一つや二つではないのである!!!
「ついに決戦の時だ! 皆、準備はいいか!」
「「「応!!」」」
長老以下農民達は、異様なほどの気迫を全身から漲らせていた!!
それもそのはず!
この日来る農協職員による検査で、シャーチク村の作物の買い上げ金額が決まるのである!!
シャーチク村は、ド辺境の農村であった!
周りに栄えた場所はなく、街と呼べるような場所へ行くには七日から十日はかかる!
しかも途中には魔獣などが出る危険な土地もあり、実際に向かおうとすればその危険度は相当なものになった!!
そんな土地であるシャーチク村であるが、それでも一応外貨は獲得しなければならない!
自分達の村だけで賄えないものは、外から買ってくるしかないからである!
農村であるシャーチク村が売れるものと言えば、農作物のみ!
とはいえ、それを買い取ってくれるような場所に行くには、恐ろしい危険が付きまとう!
一見八方ふさがりのようにも見える状況!
しかし!
それを打開してくれる存在があった!
そう!!
「ゴブリン農業協同組合」である!!!
彼らはシャーチク村の農作物を、適正価格で買い取ってくれる上に!!
なんとその運搬まで肩代わりしてくれるのだ!
つまり、こっちは何もしないでも、わざわざ向うからやってきて街で売るのと同じ値段で商品を買い取ってくれるのである!!
有難い点は、それだけではない!!
作物の代金を現金だけでなく、種や苗とも交換してくれるのだ!
農協が作った安心安全で、美味しくて病害虫にも強い最新品種と、である!!
シャーチク村のようなド辺境田舎農村にとってはまさにネ申!!
これ以上ないありがたい存在なのである!
「農協さんはシビアだ。作物を安くも見積もらないが、高くも見積もらない。まさに適正な価格で買って行ってくれる」
「だからこそ、俺ら農家はやりがいがあるんだけどな」
「おうよ。査定に来た査定員が目を剥くぐらいの作物を見せてやる!!」
村人達は、皆張り切っていた!
農家にとって「ゴブリン農業者協同組合」は絶対の存在!
そこに自分達が作った農作物が高い評価を下されるというのは、大変な名誉であり誇りであった!!
なんなら高く買い取ってもらえるということ以上に、嬉しいことといっても過言ではない!!!
そしてなにより!!
「はぁ、緊張するよなぁ。査定員さんだぞ? 農業のプロフェッショナルじゃないか」
「ヤベェよ。どんな査定員さんがくるんだろう。ヤベェよ」
「ドンナってお前、農協の査定員さんだぞ。農家のエリート中のエリートなんだぞ」
「やめろよ! 緊張してくるだろ!」
農協の査定員さんといえば、ありとあらゆる農作物に精通したものしか就けない仕事!
農家of農家といってよい存在である!
ド辺境農村で暮らす農家からしてみれば、超一線で戦っている憧れの対象!!
少年野球で頑張っている子供達から見た、メジャーリーガーのような存在なのである!!!
「落ち着け! まったく、おたおたしてみっともない」
「そういう村長だって膝めっちゃ震えてるじゃねぇか!」
「知ってんだぞ! サイン書いてもらう用のシャツ新調しただろ!」
「うっせー!! いいだろうが自分のものなんだから幾ら作ったって! それよりも芋だ! シュズッキー! 芋はどうなってる!」
「そうだった! 芋だ、芋!」
「おう、任せろ。このシュズッキーがいる限り、村の農作物にはカビ一つ生えさせねぇ!!」
シュズッキーの持つスキル!
一定の空間を瞬時に氷の牢獄へと変える氷系能力!!
その名もステキ!
「氷寒牢獄」!!
氷の壁や柱を作り出し、内部の空間を吐く息も瞬時に凍てつく極寒地獄へと変える!
瞬きする間に閉ざされる範囲は、家一軒分以上!!
閉じ込められた相手は、分厚い氷の壁に阻まれ、成すすべもなく鮮度を保たれるのだ!!!
そう!!
シュズッキーの「氷寒牢獄」は、主に冷凍庫として使われているのだ!!!
「しかし、本当に認めてもらえるのかね」
「わからん。こればっかりは何とも。ただ、良い芋ができたことは間違いない」
シャーチク村で育てている芋は、「ゴブリン農業協同組合」から入手しているものである!
もちろん栽培方法も農協から指導が入る、のだが!
やはりと言うべきか、多くの村が独自の栽培方法に挑戦していた!
その大半が失敗していたのだが!
中には農協すら思いがけない成果を上げる村もあったのである!!
例えば!
シャーチク村の隣村で作られている「カローシカボチャ」!!!
イッカクカボチャと呼ばれるカボチャを、門外不出の方法で栽培したそれは!!
他の村が作ったイッカクカボチャより小さいものの、群を抜いて甘い!!
その甘さたるや、サトウキビのごとし!
蒸かしただけでスイーツとして提供されることすらあり、その評価額は通常のイッカクカボチャの五倍!!
そんなものが近所にあるというにもかかわらず!
シャーチク村にはこういったいわゆる「銘柄野菜」が存在していなかった!!
隣村であるカローシ村にはあるのにもかかわらずである!!
これは、由々しき事態であるといわざるを得ない!!!
「カローシ村の奴らめ、自分達の方が先に銘柄野菜を手に入れたからって、自慢しやがって!」
「村に銘柄野菜ないやつおるぅ? とかぬかしやがったんだぞアイツら! ぜってぇーゆるさねぇ!!」
「ウチより優秀な隣村なんていねぇ!!!」
シャーチク村とカローシ村は、ことあるごとに張り合ってきていた!!
村から村への移動が大変な辺境にあって、比較的距離が近かったこともその理由の一つだろう!
似たような環境にある、似たような村!!
張り合わないわけがないのである!!!
「銘柄野菜となれば、買取金額は今までの何倍にもなる。それがあれば、より現金が手に入るからな」
「ああ。農協に認められるってのもうれしいが、それも大きいよな」
「村には足りないものが多いからなぁ。子供らが勉強する用の本なんかも足りないしな」
「知識はいいぞ。持っていて重くない財産だからな」
シャーチク村は決して豊かな村ではない!
教育に割ける予算も、ごく限られているのだ!
今回の芋が正式に銘柄野菜として認められた暁には!
そこから捻出された予算の大部分は、教育に充てられる予定なのだ!!
「今の子供達は、今後が大変だろうからなぁ」
「そうだな。いろいろ抱え込んでもらわにゃならん」
もちろん、ストフレッドのことである!
彼や彼を取り巻く状況は、正直なところ物騒なものであった!
投げ出す方が、お上にお恐れながらと訴えでたほうが安全と考えるものがいたところで、おかしくはない!!
しかし!!
大人の村人達は誰一人として、そんな気は毛頭なかったのである!
もちろん!
子供達の中にもそういった了見のものが一人もいないであろうことを!!
疑ってすらいないのである!!!
「すまんなぁ、皆。うちの息子のために」
「何バカなこと言ってんだ。子供は村の宝だぞ」
「そうだ。それにな、うちのガキがなんかあったら、助けてもらわにゃならねぇ」
「持ちつ持たれつってやつだなぁ」
「さぁ、そんなことより、ゴブリン対策だ!」
「もう村に入ってるらしいぞ!」
「なんだと!? よぉし、皆の衆! 気を引き締めていくぞ!!」
「「「応っ!!!」」」
住民達の心が、一つになる!!
ちなみに!
収穫物は既に全部保管庫にしまわれているので!
住民たちが張り切る意味は!!
皆無だったのである!!!