仲良し兄弟
魔法。それ自体は最近ではそこまで稀有な存在でなくなってきたが、特殊で便利な魔法は扱いが違う。
とてもいい待遇を受けたり、良くない組織に攫われたりする。と兄弟が言っていた。
魔法は呪文を唱えるわけでもなく、その人個人の生まれ持った特技のようなものだ。才能があるかないかの振れ幅はかなりある。
王都にある学校に、魔法を研究するチームによって魔法を制御し高める学科がつくられたのは随分と前の話である。
ところで私は魔法が使えない至って平凡な8歳だ。
しかし最近、来年からその学校に通わなくてはいけなくなるトーマが寝る間を惜しんでまで私に使える魔法を探している。
曰く、長期休みしか帰宅できないのが死ぬほど嫌だと言う。
さらに言えば魔法科の制服を着た私が見たいのだと言う。
トーマの部屋に子供だけで集まって魔法の練習をするのにももうそろそろ飽きてきたところだ。
『お兄様、いくら頑張ったってできないものはできませんわ。こればかりは仕方ありませんもの。』
「いや!ある日突然才能が開花するかもしれない!」
付箋が大量についている魔術書のような本を手に、血眼でまだ試していない項目を探しているトーマは、もうすごいなんと言うかかなり怪しい。
今まで初歩的な炎、光、水などの魔法から、治癒系の珍しい魔法まで試したができなかった。つまり私には魔法の才能がない。
マフィンを頬張るシャルが可愛らしく小首を傾げた。
「姉さまは既に魅了の魔法が使えていると思いますよ。」
「それは魔法ではない…ミュリーという存在の奇跡に伴う副産物に過ぎないんだ…」
トーマが膝から崩れ落ちる。
最近よくわからないことばかりを言うのは寝不足のせいか、危機感のせいか。
床に転がって泣くトーマをシャルが面白いもんみぃつけたと言うように軽く蹴飛ばしている。
「ミュリーの入学してこない学校になんて行きたくないよ…」
『お兄様、諦めて素直に入学してくださいませ。私も普通科に入学しますから。』
「兄さま、学校で良い女見つけてきてくださいね。良い条件の婚約者は早いうちに売り切れますからね!」
蹴るのに飽きたシャルがソファに沈み地雷を踏み抜く。
婚約者、最近のNGワードだ。
転がったトーマがむくりと起きる。そして私にタックルするかのように抱きつき、腰にしがみついておいおい泣いている。最近大人っぽいきりっとした表情をするようになってきたかなと思っていたのにこれだ。
「お兄ちゃんはミュリーと結婚したかったんだよ…!なんであんなやつに!認めない!お兄ちゃんは認めないからな!ミュリーを泣かすやつはみんなまとめて牢にぶち込んでやるー!!」
私のドレスが大量の涙で濡れる。
もういつものことだ。某うさぎを追いかけて穴に落ちてしまった女の子のようなエプロンドレスしか最近着てない。
エプロンドレスならばいちいち着替えなくともエプロンを替える手間だけで済むので楽なのだ。
「わー婚約者いる女の子に抱きつくなんて常識がないですね兄さま!」
また茶化すシャル。最近トーマに対してだけかなり反抗的な態度をとる。
素行の悪さはまだあまり見られないが、将来が心配である。こんな綺麗な顔のヤンキーがいたらあっという間に天下統一が成し遂げられるだろう。ヤンキーなんてものは今世には登場しないが。
『こらシャル、あまりお兄様をからかわないの!お兄様も、私に対して過保護すぎます!なにもできない赤子じゃないんですからね!』
はぁいと気のない返事をするシャルは少し不満気だ。
ぐりぐりと顔を押し付ける奇怪な兄は小さく呪文を唱えている。
「お兄ちゃんはミュリーを赤子扱いしたいよ、いつまでも手のかかる妹でいて欲しかったよ、ずっと一緒にいたかったよ、人形のように着せ替えたかったよ、伴侶に選んでもらいたかったよ…」
何なんだろうこの兄は、と心の底から思う。
私達は狭い世界で生きている。この家の中と、お父様の親しいご友人主催の小さな茶会程度の狭い狭い世界だ。
これが学校に入って視野が広がったら私と結婚だなんて言わなければよかったと思い直し後悔するだろう。
今こうやって口から垂れ流しているのはいずれ黒歴史となるのだ。
そう考えればこの兄が少し不憫に思え、よしよしと頭を撫でてあげた。
前までは自分から触るのは避けていたが、少しくらいはいいだろう。家族なのだから。
と、シャルがソファから立ち上がりわなわなと震えた。
「兄さまだけずるーい、俺も撫でてくださいよ!」
「駄目だ駄目だ、お兄ちゃんだけの特権なんだ!」
「兄さまは兄さまなんだから俺に譲ってよ!」
シャルにぐいっと手を引かれた私はバランスを崩してソファに倒れ込んでしまった。
シャルを下敷きにして。
『っうわぁあ、シャルっ、怪我はない!?』
咄嗟の悲鳴は令嬢とは思えぬものだし、今の歳頃は女の子の方が発育がいい。完全に潰れたはずだ。
押し倒すような姿勢でいるのもまずいだろうと起き上がろうとするとシャルによって阻まれた。
最近剣の稽古によって鍛えたらしく、力が強くなってきている。
私は特に抵抗も出来ずにまた倒れ込んだ。
『…シャル?』
「姉さまいい匂い…、甘くてふわふわであったかい…」
変態発言に思わず言葉を失う。
いやいや待て、違う、まだシャルは7歳で、素直なだけだろう。
このかわいい子が邪な思いで匂いを嗅ぐわけがない。
夢の中で“匂いを嗅がれる”は情事と直結だったから少し身構えてしまった。
「お兄ちゃんも混ぜてほしいなぁ〜寂しいなぁ〜」
と、トーマもソファにしなだれ込み、私を真ん中にして3人並んで寝転がる形になった。
そして2人からすんすんと髪の匂いを嗅がれた。
さっきシャワーを浴びたばかりだから甘い匂いは違うと思うが、いい匂いであるのはまあ確かだろう。
『もう…人前ではやめてね?』
「「はーい」」
つくづく兄弟の笑顔に甘いものだ。
先日人間関係の理解のために本を読んでいると、家族というものは不思議なもので、日本の私のように片親で貧しくなんの関わりもない家族もあれば、とても仲が良く旅行にたくさん行く家族もあった。
その家庭によりけりなのだとわかった時は心が軽くなったものだ。
正解がないのなら、私たちの距離感も正解でいいだろう。
「姉さまー、ちゅ!」
「シャル、抜け駆けは狡いだろ!?」
「してませーん」
頬にキスだって、有り得たりするのだろう。
ここは西洋ちっくでファンタジーな世界観なのだから。
『ふふ、シャル、トーマお兄様、ちゅ!』
私からもしても問題ないだろう。
そう踏んでいたが、後日遊びに来たダミアン様には諌められてしまった。
正しい家族の距離感、難し。
しかしトーマとシャルの泣き落としによって頬へのキスはひっそりと続くことになった。