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強引な王子様


私は目をしばたたかせた。

なぜ婚約を破棄したのかって…?


そりゃ今世は死にたくないから…なんて言えるわけがない。

いやこの場合言ってしまった方がいいのか?

噂が広まって縁談なんて来なくなるかもしれない。


しかし…私は公爵令嬢。

世間体は、ルアシータに直接かかわってくるもの。

この名に、お父様の顔に、泥を塗ることはできない。


「……ミュリー?」

『私はご存知の通り、眠ってしまう病なのです。自分の意思に関係なく、何ヶ月もの間。それも不規則突発的に。もしかしたらいつか眠ったまま死を迎えるかもしれません。それが怖いので、未来の約束はできないと思いました。私は今、今を生きるだけで精一杯なのです。』


破棄を不満に思っているのか、純粋に疑問なのかわからないが、とりあえず同情を引く言葉を並べ連ねたつもりだ。

ダミアン様は興ざめ、とでも言いたげな顔をした。


「それだけの理由で?というか本当にその理由なの?」

『ええ、そうです。ですが少し本音を零すなら、可愛い兄と弟の涙にも負けて、ですかね?』


うふふっと笑って見せれば、ダミアン様も少し笑った。


「僕はむしろ、いつ死んでもいいように未練を作らないようにするのが先決だと思うけれどね。」


笑いながら否定をした。


「怖い、それも大変結構だ。でもね、僕との結婚は悪いものでは無いだろう?それに婚約は婚約だ、覆ることもあるよ。婚約、しておかない?僕は今、第3王子ではなく、ダミアンとして君と話をしているんだ。

…それに君は由緒正しい血筋だ。誰も損はしないよ?」


奇病の公爵令嬢という立場の私はお姫様扱いを受けていた。

ここまで意見をゴリ押しされることはない。

物珍しさに思わず思考が脱線したが、ダミアン様の言うことは分かる。至極もっともだ。

一理ではなく十理くらいある。

王家としてもこちらとしても、どこの成金馬の骨とも知れぬ家との婚約よりも断然安泰だ。

それにここまで熱望されてしまえば公爵家と言えども断れない。

お互いに大切なのはあくまで家柄。

利害の一致で間違いないだろう。


『わかりました、そのお話謹んでお受け致しますわ。』

「……慎まなくていいのだけれど」


ダミアン様は少し残念そうに言う。

私は手元の小さなベルを鳴らした。


『ナナ、紙とペンを』

「お持ち致しました」


なんとも迅速な対応。ナナは日本に住んでいたらニンジャだったのかもしれない。

受け取った紙に一筆したためる。婚約の旨と、フルネームのサイン。ちゃんとフルネームだ。いつもいつも省略するミドルネームまでしっかり書いた。


『こちらをお持ちください。父には私から話をしておきますわ』

「ありがとう、確かに受け取ったよ」


従者にその紙を預け、彼が去っていくのを確認してダミアン様はジャムのクッキーを口にした。

ナナが2人分のカップに新しい紅茶を注ぎ、すっかり冷めてしまったものは下げた。そのまま一礼して下がる。


「これはおいしいな」


口元をほころばせながらダミアン様は言った。

それは嬉しい限りだ、料理した甲斐があった。


『そちらはアプリコットジャムのクッキーですわ。こちらがハニー、こちらがベリー、こちらがプレーン、こちらがチョコチップです。ハニーが1番の自信作で…』

「これはミュリーが作ったものなの!?」


ダミアン様が食い気味で尋ねる。

そうか、こんな片田舎の小娘の作ったものだ。

毒が疑われても仕方がない。先に私が口にするべきだった。


『あのっ、毒なんて入っていません…!』

「すごい、余ったら持ち帰っても構わない?父上にも食べさせたいな。」


目を輝かせて言う王子。

従者が既にそばに控え、縁にレースが施された紙ナプキンを持ってきていた。

私は焦る。とてもじゃない。そんな大層なものでは無い。

王子が来る前に情緒安定、精神安定のためと言いながら料理長と共に作っていた私が恨めしい。


『国王陛下の口に…!?これは私が戯れに作ったものです、そのようなことは…!』

「失礼するね」


全く聞いてない。従者に合図をすれば彼はクッキーを丁寧に詰めていく。余ったらとは何だったのか。

王子は平然と次の話題を放った。


「ミュリーの誕生日は半年後だったかな?」

『ええ、そうです。』

「ならその日は王城でパーティを開こう。そしてそこで僕らのことをお披露目するんだ。いいかな?」


いくない。それはダメだ。

お父様は社交界をとにかく嫌っている。

未だに夜会にも茶会にもなかなか出ない私にとっては、王城でのパーティそれも実質私の誕生日パーティなんてそんなそんな。そんな。

青い顔をする私に構わずにダミアン様は続けて言う。


「噂に任せるのもいいけど変な誤解を招くのも困りものだからね。堂々はっきり言いたいじゃない?」

『お、お父様に、確認をとらなければ…収穫期と重なってお忙しい時期ですし、その日に祝えるかどうか、休みかどうか』

「その日はもともと夜会が開催される予定で、ルアシータ公爵も来ると言っていたよ。予定は大丈夫。あとは君が頷けばいいんだ。」


暗に頷けと言われている気がする。

ここまで周到に用意する必要はあったのか?

私に拒否権はあるのか?

わからない。この人も、状況も、目的もわからない。

冷や汗が背を伝った。


『えっと、私、』

「お嬢様、見てください!こちらチョコレートコスモスと言いまして!本当にチョコレートの匂いがするんですよ!」


突然目の前に花が滑り込んできた。ふんわり甘い香りがする。

庭師だ。助かった。

私は目を輝かせる振りをする。


『まぁ…すてき。秋の花なのに今の時期でも咲くものなのね。』

「品種改良しましたから!」

『うふふ、さすがは我が家の庭師ね。でもダミアン様にご挨拶が先ですわ。めっ、よ?』


和気あいあい喋っていると若干の殺気を感じたので庭師に無礼をやんわり伝える。庭師は手本のようにお辞儀をした。


「すみません、大好きなお嬢様しか見えていませんでした。…お初にお目にかかります、ダミアン様。ルアシータ家庭師です。無礼をお許しください。」


そして私に向き直るとどこからともなく取り出した紙とリボンでラッピングして私の手に押し付けた。

そこでナナが一礼してやって来た。


「ミュリー様、家庭教師の先生がお待ちです。本日はどうなさいますか?」


ダミアン様の方を見ると真顔を一瞬で笑顔に変えた。

え?怖い、真顔で見られていたの?普通なら少しは微笑んだままでは…?


「なら僕は帰ろうかな。ミュリーの勉強を邪魔するわけにはいかないし。」

『そうですか…?お心遣いいただきまして痛み入ります。詳しくはまたお手紙でお話いたしましょう。』


今日はありがとう、と言うとダミアン様は見送りを断り従者を引き連れてさっと帰ってしまった。


直後、稽古を終えたトーマとシャルに大丈夫だったかと聞かれて思わず強引さ横柄さに泣いてしまったのは、ダミアン様には絶対に秘密だ。




❀❀❀❀❀❀


ダミアンside


断られるとは思っていなかった。

これっぽっちも予想していなかった。

婚約を迫られることはあっても、迫ることは初めてだ。


ミュリー嬢、月光のようにやわらかな肌色が印象的なひとだ。

初めてあった時は歳不相応な 隙だらけのあどけない姿が目を引いたが、最近はしっかりしてきた。世辞も話を合わせるのもお手の物だなんて、8歳の子供のなせる技ではない。現に僕は並々ならぬ努力をして今の話術を身につけたのだから。王族だからちゃんとしなければいけない。常に監視の目がある状況下では疲れないわけがない。好きで王子に生まれた訳では無いし、親を選べるのなら絶対に国王なんて選ばない。


とにかく不思議なひとだ。彼女との縁談が持ち上がっていると聞いた時は嬉しかった。断られてしまったが。

1番上の兄に相談すると、王家の人間ならではの方法がある、と教えてくれた。まあ簡単に言うとゴリ押しだ。

上の立場なのだから言うことをきかせることは容易だと悪い顔をしていた。少し気が引けていたが、実際今日自分の思い通りに話は進んだ。結果オーライだ。


クッキーがとても美味しかった。父上になんてあげるものか。1番上の兄には礼の気持ちを込めて1枚だけあげた。

更に手紙までくれるという。なんということだ。今日は記念日だ。


それにしても邪魔くさい侍女と庭師だった。

そいつらだけではない。あの家の者は皆ミュリーを過剰に愛している。

庭師なんて人を殺しそうな目をしていた。あれでは庭師ではなく御庭番だ。

最後だって僕とミュリーを離したかっただけのように思える。

くそっ、心の中で悪態をつきながら僕は空を見上げた。

綺麗な月、ミュリーのようだ。深い青の髪に触れて、形の良い赤い唇に口付けて、その先を経験するのだって絶対に僕だ。

あの義兄弟たちになんてわたさない。


そんな決意を改めて固めながら、僕は半年後は何日後なのかを計算するのだった。



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