大人びた子供たち
夢の中で私は死んだ。
5番目の彼氏に崖から突き落とされた。
クソビッチが!とか叫んでた気がする。
クソビッチに騙されてアヘってたお前の負けだと馬鹿にしながら私は海へ落下したのだ。もしかしたらゴツゴツした岩に頭をぶつけたのかもしれない。
記憶とも呼べる鮮明な夢はもう見ない。
ミュリー・ルアシータ、8歳。
奇病 眠り姫症候群を発症して3年、今ではもう異常な睡眠欲はないけれど、まだ眠るのは怖い。
兄と弟に頼み込み床にひれ伏して3人でベッドに入るくらいには。
しかし今日からは違う。私は決めたのだ。
今世では異性とはあまり関わらず平和に途中退場なんてナシで寿命を全うすると!!!
『私もうひとりで眠れますから!』
暖かな春の昼下がり、お茶の時間を利用して高らかに宣言すると兄と弟はかなり驚いていた。
兄トーマは泣きそうに、弟シャアルは焦りに、それぞれ表情を変える。
「どうして…お兄ちゃんのことが嫌いになったのか…?」
『いいえまさか。お兄様、見くびらないでください。私ももう子供じゃないし、ひとりでだって眠れますわ!』
不意にシャアル…もといシャルが私の左手をとる。
そちらを見れば、彼は上目遣いで私を見つめていた。
「シャルは姉さまがいないと嫌です、怖くて眠れませんよ!」
潤んだ瞳。贔屓目で見ずとも麗しいその整った顔立ちと姉心のせいで思わず決意が揺らぎそうになるがぐっと堪える。
『シャル…もうそろそろ貴方も1歩大人への階段をのぼりましょう。甘えていてはいけないわ。』
「ま、まだ7歳ですよ…?」
『7歳はもう立派なお兄さんよ』
じわり、更に涙を滲ませたがシャルは頷いた。
そのまま俯いてしまった彼をトーマが抱き締める。
安っぽいホームドラマのようだ。
「泣くなシャル!お兄ちゃんが一緒に寝てやるから!」
「いらないよ…俺が欲しいのはミュリーとの同衾という事実なんだから…」
シャルはトーマに何かを言ったようだが私には聞こえなかった。
気になったので話の内容を問うがはぐらかされてしまう。
「そう言えば姉さま、父さまが言ってた婚約者の話ですが…シャルが嫌だって言ったら取り下げてくれましたよ!」
『ほ、ほんとう!?よかったわ、実は婚約なんてしたくなかったの…』
公爵令嬢、それも当主とその妻の子供という立場。
愛人との子である兄弟を継がせるか私が継ぐかはわからないが、とにかくより良い発展のために子供のうちから婚約をすることは常識だ。しかし夢の件もあって私は乗り気ではなかった。
よりにもよってなんと相手はこの国の第3王子。嫌にも程がある。夢の中の私のようなことがあれば段階にもよるが、幽閉、国外追放、最悪死刑かもしれない。怖い。
「えへん、父さまも姉さまの病気の件で心配していましたからね!説得は簡単でした!いいこいいこしてください!」
胸を張るシャルに私は思わず笑みを零した。
『心配してくれてありがとう。まったくシャルは甘えんぼね、よしよし』
頭を撫でると横から金髪が割り込んできた。トーマだ。
「俺だって手伝ったんだ!ミュリーには心から愛する人と結婚して欲しいからな!」
9歳には見えないあまりにも幼稚な行動に少し呆れながらも私は柔らかな金髪を撫でた。
『お兄様も、ありがとうございます。』
家族愛っていいなぁ。と私はぼんやり考える。
夢の中の私はずっとひとりでいた。片親で家に帰っても誰もいない、学校では尻軽認定を受けているため女友達はいない、男との行為に愛はない。
でもそんな寂しい夢はもう見ない。ような気がする。
『お兄様、シャル、大好き』
心からの言葉を口にすると、2人は顔を上げて満面の笑み。
「シャルも姉さまがだいすきです!」
「お兄ちゃんだって大好きだぞ!!」
私も釣られて笑った。
私がふしだらな女にならない限りこの幸せは続くと確信していた。しかし後日、私の完璧な幸せは少しのほころびを見せることになる。
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シャアルside
ミュリー。俺の義姉。天使。
9ヵ月前から昨日まで眠っていた姫。
愛する人。
毎日寝顔を見つめて、トーマと目覚める日をまだかまだかと待っていた。
スキンシップが派手で、ひどい怖がりで、誰にでも優しくて、少しおかしなことを話すこのひとは、眠ってしまうせいで公爵家の令嬢としての教育は足りないものの、とても大人びた子供だった。
年下の俺が大人びたなんて言うのもおかしな話かもしれないが。
トーマと俺は魔力のある兄弟だ。
魔法の使える子供は貴重だから汚い大人たちのいやらしい欲望に晒され続けてきた。公爵家からの援助を受けているのになぜか貧しい家、病気で臥している母親と暮らすにはそれしかないと大人たちは諭した。医者が余分に金をとっていっていたと知るのは随分あとのことだ。
母親は呆気なく死んだ。
俺とトーマは薄汚い狭い研究所をたらい回しにされてモルモットのように実験を受けたが、ある日ルアシータ公爵の家へ引き取られた。
からだをぴかぴかに洗われて、上等な服を着せられ、俺たちは公爵の前へ立った。
威厳のあるひとだった。
「ミュリーには社交界はまだ早い。病が悪化したら敵わんからな。しかし心を養う為にも同年代の子供と遊ぶ場は必要だ。お前達がそう在れ。そして守れ。娘には社会の汚れた部分は必要以上に見せるな。盾となれ。次期当主にはお前らのどちらかを選ぶ。そのどちらかにミュリーをやるかもしれん。あいつは永遠にこの箱庭で生きるのだ。陰謀や悪意に汚れることなく生きて欲しいのだよ。」
会ったばかりの、まだそれぞれ4歳と6歳の俺たちに公爵は言った。
当時は理解できなかった言葉も3年経てばわかる。
とにかく、公爵はミュリーのことが大好きなのだ。その他はどうでもいい。ミュリーさえいれば。
ひたすらピュアで、ホワイトに、ハッピーな生活を届けなければと思った。そうでなければまたあの痛くて苦しくて寒い研究所へ戻らなければいけない。それだけは嫌だ。
しかし俺たちの努力とは裏腹にミュリーは眠りから覚める度に大人びていった。
世の中のすべてを見透かすような目をするようになった。
あの公爵の子ならこの目も頷けるような気もする。
とにかくできることはしなくちゃならない。
笑顔を守らねば。体を守らねば。心を守らねば。
必死になっていたところに幼き日のミュリーに言われた。
『誰かを守ろうとするのはとても美しいことですが、自分よりも優先するのは間違っています。でもどうしてもと言うのなら、私がシャルとトーマを全力で守ります。だから2人は、自分以外の2人をを全力で守ってください。これで妥協です。みんなで間違えば怖くないし、守られていると安心するでしょう?』
まぁたしかに。
トーマもそう思ったと後で聞いた。
庶子にこんなことをいう令嬢、他にいるのだろうか。おもしろい。おかしなことをいうものだ。
だが心地いい。生まれてこの方ここまで安心したことは無かった。いつでも何かに怯えて焦っていた。
ミュリーが守ってくれるなら、どこかで否定していた心が生きていていいと思えてしまう。
自分のために、ミュリーのために。
俺は今日もミュリーを守る。息をする。
(見た目について)
ミュリー
青髪ロング天パ碧眼
トーマ
金短髪橙目
シャル
金短髪碧眼